話し合い
「シャンテル!」
わたしを見つけ、瞬時に顔を輝かせたウィルフさまだったが、次の瞬間には気まずそうな表情を浮かべた。
「どうかしたか?」
「ウィルフさまのご友人が倒れられたと聞いて、様子を伺いに……。シャンティの助けが必要そうでしたら、呼んでまいります」
「ああ、いや。少し休めば良くなるそうだ。医者に診せた。さあ、戻ろう。私たち抜きでも場は盛り上がっているが、さすがに2人揃っていないのではな」
「そうですね……」
件の伯爵令嬢について色々聞きたかったが、それには触れてくれるなと言わんばかりのウィルフさまは、わたしの手を取り足を早めた。
それに今は婚約披露パーティーの最中だ。ここで揉めごとに発展してもいけない。
わたしは時を待った。
そしてようやく二人きりになれたとき、ウィルフさまに話があると伝えた。
今夜は王城に泊まりで、来賓用の豪華な客室を貸し与えられている。
身の回りの世話をしてくれるメイドもいたが、席を外してもらい、ウィルフさまを招いた。
ノックがして扉を開くと、妙に緊張した面持ちのウィルフさまが立っていて、こちらまで緊張した。
幼い頃から見てきたウィルフさま。体型が変わっても中身は変わらない、よく知っていて慣れ親しんでいると思っていたウィルフさまが、突然知らない男性のように感じた。
もう見上げなくてはいけない目線。ポヨンポヨンではなく、ガチっと鍛えられた男らしい肩。スラリと伸びた両腕を下げて、どこか申し訳なさそうな顔でわたしを見ている。
どうしてそんな顔をしているの?
やっぱり件の伯爵令嬢と何かあったのか。
慣れ親しんだウィルフさまではない男性と対峙した瞬間、覚悟を決めなくてはと腹を括った。
もっと好きな女性ができた、君との婚約は破棄したい。そんな風に言われるかもしれない。
「どうぞ、お入りください」
「ああ。お邪魔する」
ソファーへ腰をおろしたウィルフさまに、メイドが用意していってくれた紅茶を淹れた。
「今日はお疲れさまでした」
「君こそ。朝早くから夜まで大変だったのに、こうして2人の時間を取ってくれるなんて。嬉しいよ、ありがとう。愛してるよ」
紅茶の湯気越しに、さらっと愛の言葉を口にしたウィルフさまに面食らった。
「ご友人のご令嬢。医務室へ運ばれたとき、ウィルフさまが抱きかかえていったと聞きましたが」
「ん? ああ、私に向かって倒れこんできたからそのまま受け止めて、の流れでな」
「そのあと医務室で何かありませんでしたか? そのご令嬢と」
「えっ! なんで君がそれを……」
かまをかけたら、あっさりと白状したウィルフさまはやっぱり超素直だ。
「なんとなく、そのような噂を耳にしたので。その伯爵家のご令嬢は、ウィルフさまに好意を持っているそうですね。2人きりの機会をねらって、想いの丈を打ち明けられた、とかではないですか?」
ウィルフさまの大きな瞳がさらに大きく見開かれた。図星ですと顔に書いてある、分かりやすい。
「君はやっぱりすごいな。何でもお見通しの天才だな。もちろん、その先もお見通しだろう?」
うろたえたウィルフさまはすぐに余裕を取り戻して、逆に問いかけた。まさかの開き直り。
愉悦の色さえ浮かべ、第三王子のニヤニヤ笑いを彷彿させた。なんてことだ、やっぱり兄弟は似るところがあるのか。
「わたしとの婚約を破棄して、その方を選びたいとおっしゃるのでしょう。貴族のご令嬢でずいぶん美しい方だそうですし、貴族学院で一緒に過ごされた時間もあって、わたしよりもずっとウィルフさまに相応しいのでしょう」
でも、と語気を強めた。
「でも、わたしのほうがずっとウィルフさまを愛しています。想う気持ちは誰にも負けません。それだけは自信があります」
泣きそうなのをぐっとこらえて、きっと顔を上げてウィルフさまの目を見た。
翡翠色の美しい瞳から、大粒の涙がぼろっとこぼれ落ちる瞬間を目にした。ウィルフさまは泣いた。
「私も、私もシャンテルが好きでたまらない。あ、あ愛してるって、シャンテルが、ハッキリ言ってくれた。う、嬉しくて、死にそうだ……ううっ、こんなに嬉しいなんて」
ボロボロ泣くウィルフさまに唖然とした。
「えっ、あの、その伯爵令嬢は」
「誤解だ。確かに今日、愛の告白はされたが、もちろん断った。私にはシャンテルがいる。というか、シャンテルがいなかろうが、シャンテルしか勝たん。分かるだろう」
涙を拭うと、泣き濡れた瞳でまっすぐにわたしを見つめ、ウィルフさまが言った。
「頼むから知っててくれ。そして忘れないでくれ。いつ何時でも、私はシャンテルが一番だと。当然分かってると思ってたよ」
「でもだって、ウィルフさま……」
「なんだ?」
「最近、全然構ってくれなくて。確かに、わたしへの愛情表現を控えて、他の人へ優しくしてほしいと言いましたけど、度が過ぎませんか。わたししそっちのけで、他の方ばかり……正直、寂しかったです」
「シャンテル……それは、ヤキモチか?」
「いえ、ただの不満です」
「シャンテルうぅーーー! 好きだ!!」
ウィルフさまはいきり立ってわたしに飛びつこうとしたが、熱い紅茶の危険性を察知して、いそいそとソファーテーブルを遠ざけた。
それから一拍おいて、わたしをそっと抱きしめた。ウィルフさまの成長がうかがえる、優しい抱きしめ方だった。
「好きだ。もう好きなだけ言ってもいいか? 言えなくて辛かった。我慢の限界。好きだ好きだ好きだシャンテル、大好きだ。可愛くて賢くて強くて、優しくて、ヤキモチやいてくれるのも好きだ。全部好きだ」
溺愛の海に溺れそうになる。凝り固まっていた疑心が甘く溶かされる。だけどまた新たな不安がじんわり芽生えた。
「でも今は、再会して日が経っていないですから。想い出も美化されて、神格化している面もあるかもしれません。実際長く一緒にいたら、嫌いな面も出てくるかもしれませんね。そうなったら全部好きだなんて無理ですよ」
自分でもとことん可愛げがない性格だと自覚している。いま言わなくてもいいことだ。せっかく盛り上がっている空気に水を差す。
でも、あまりにも手放しで何もかも好きだと言われると、逆に不安になる。
「そうかな。シャンテルにどんな面があっても、愛する自信はあるがな。嫌な面もあるのが人間だしな。それも愛しいと思うよ」
ウィルフさまはそう言って優しく笑った。
ああ、やっぱり好きだ。この朗らかさ、明るさ、前向きさ。わたしにないものを補ってくれる人。わたしの愛しい王子さま。
見つめ合って、自然に唇を重ねた。想像よりもずっと柔らかい感触がして、胸がどくりと高鳴った。きゅうっと締めつけられるような切なさと苦しさ、それを上回る幸福感。
ああ、キュンキュンするってこういうことか。