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聞いていられなかった。
くるりと踵を返すと、第三王子が立っていたのでぎょっとした。
化粧室から聞こえてくる声に全神経を集中していたため、すぐ後ろの気配に気づかなかったのだ。
目を丸くしひっと息を呑んだわたしを、メルヴィンさまはにやついた目で見た。
「探したよ。婚約発表パーティーに、主役が離席してちゃ盛り上がらないじゃん」
「申し訳ございません」
どうして探しにきたのがメルヴィンさまなのか疑問に思ったが、お礼を述べた。
「わざわざありがとうございます」
一緒に歩き出したメルヴィンさまはいつものニヤニヤ笑いを浮かべたまま、
「いいよ、礼なんて。俺も口実見つけて抜け出してきたかったんだよね。社交めんどいじゃん」
と言い放った。
しかしわたしの知る限り、メルヴィンさまはウィルフさまよりずっと上手く人をあしらうことができる方で、社交場は得意な域だと思っていた。
「気疲れされますよね」
「ていうか。今日はウィルフを持ち上げる会みたいなもんでしょ。当然だけど、みんながウィルフウィルフで、嫌気が差すよ」
びっくりした。そうかもしれないが、それをわたし相手に口にするなんて。
兄弟揃って正直すぎるのは、もしかして血筋なのだろうか。
返事に窮するわたしに構わず、メルヴィンさまは言葉を続けた。
「つい先日、付き合っている女の子にも言われたんだよね。あ、付き合っている女の子は5人いるんだけど、そのうちの1人と、ちょっと言い合いしちゃって。ウィルフの下位互換に成り下がったって言われちゃってさ。王子に向かって、その暴言。信じられる? かっとして思わず平手打ちしちゃったよね」
急にそんなことを言われて、なんと返していいのか分からないが、これだけは言える。
「その女性は大変失礼極まりないですが、暴言に暴力で応戦なさるのは宜しくないかと」
「うん、分かってる。つい手が出ちゃったけどすぐに平謝りして、謝罪の品を贈ったよ。それで向こうも超ご機嫌。新作のドレス、高かったからね」
感嘆にも似た相づちが口をついて出た。
価値観や考え方はやはり人それぞれなのだなと。わたしには理解不能だ。
ぶたれても高級品でご機嫌取りされたら許せるとか。交際相手に弟の下位互換だと言えるのもすごいし、そんなことを言われてもまだ付き合っている第三王子も寛容といえば寛容。いやそもそも5人と付き合ってるってなに?
思考がぐるぐるしてしまう。
「あ、誤解しないでよ。俺、めったに怒らないんだよ。ウィルフの下って言われたのがめっちゃ腹立ったってハナシ。人ってさ、まったく見当違いなことを言われても、腹立たないじゃん。かっとしたってことは、痛いとこ突かれたんだなーって。あいつ病気が治って、痩せて背が伸びて、俺より見た目良くなって。シャンテルちゃんに見合う男になるんだーって、馬鹿みたいに毎日鍛錬に勤しんで、本当に強くなって。最近じゃ真面目に仕事もするし、社交もこなすようになってさ」
ぐるぐるしていた思考がピタリと止まり、メルヴィンさまの言葉に釘付けになった。
「勘弁してほしいよね。あいつより上だって、優越感持って見下してきたのに。いい男になっちゃって悔しいよ。それもこれも全部シャンテルちゃんのせい。だから、他の女に何言われようが、シャンテルちゃんは自信持ってればいいよ」
あっと気づいた。
化粧室から響いてきた貴族令嬢たちの会話。メルヴィンさまも聞いていたんだ。
それでわたしを励ますために、わざわざこの話を。
「ありがとうございます」