解決
ハイディさまが月イチで訪れるミンカグの町で張りこんで二週間目、雑貨店主の協力を得て、私たちはハイディさまとの接触に成功した。
久しぶりにお会いしたハイディさまは相変わらずだった。
艷やかなワンレングスの銀髪に、野暮ったいローブをまとっていても隠しきれないスタイルの良さ。
私たちの話を聞いたハイディさまは呆れたように言った。
「肝心なものを差し出さずに特効薬を手に入れたいだと? そんな虫のいい話があるか」
「なにも出さぬとは言ってない。金や宝石ならいくらでも出す」
ウィルフさまがさすが王子の懐を見せた。
「だから頼む、シャンテルを交換条件にしないでくれ。代わりのものならいくらでも」
「……無理だ。特効薬を作る成分に必要だからな」
「成分? まっ、まさかシャンテルを薄切りにしてその薬に入れたのか!? どうりで少し痩せたとは思ったが、まさかそんな残忍な」
バシッとハイディさまのチョップがウィルフさまの頭頂にきまった。
「変なことを抜かすな。特効薬を求める者の『本気の覚悟』が必須成分なんだ。口先だけではない、本気でその身を捧げてでも手に入れたい、という想いが。それがなければ、いかに巧みに魔法を使おうが、求める薬は生まれん」
「そうだったんですか」とわたしは驚いて言った。
初耳だった。ただ、ウィルフさまを救う薬が欲しければ、代わりに身を捧げる必要があると言われただけだった。
「ああ。だからいくら金を積まれようが、本気で身を捧げる覚悟がないなら無理だな。力になれん。用がそれだけなら、私はもう行くが」
「ちょっ」とウィルフさまが制した。
「じゃあ私が。私が身を捧げれば、モーリスを治す特効薬を作れるか?」
「ウィルフさま!?」
「『特効薬を求める者の本気の覚悟』が必要というならば、シャンテルではなく私でも良いはずだな」
「ああ。だが、個人的にお前は要らん。前にも言ったと思うが。それにどうせ口先だけだろう? 一国の王子が、討伐対象だった男を助けるために私の下僕になろうと本気で思うか? シャンテルとも離れることになる。もう二度と離れまいと、シャンテルを取り戻しに来たんだろ。それをまた手放すのか」
ぐぬぬとウィルフさまは唸った。
「確かに、私はシャンテルと二度と離れたくない。だがここでモーリスを見捨てて、冷たい男だとシャンテルに失望されたくない。シャンテルに嫌われたくないんだ。あわよくば、もっと好かれたい。やっぱりウィルフさまはお優しいんですねって、言われたくてたまらんのだ。私個人としては見ず知らずに近い者のことなどどうでもいいんだがな、女神のように優しくて高潔なシャンテルはそうじゃない。己を犠牲にしてでも、憐れなものを救おうとする、まさに女神だ。だったら私が代わりに……」
「あのう」と大きな声がした。
停めてあった幌馬車からヒョコリ顔を出したのはモーリスだった。
よく寝るモーリスは道中ほとんど寝ていた。
「それ、俺じゃ駄目ですか。俺の特効薬、俺が求めて俺が身を捧げる。それじゃ駄目なんですか?」
あっと思った。言われてみればそうだ。
しかしそれでいいかどうかは、ハイディさまが了承するかどうかにかかっている。
モーリスの姿形は半分牛、半分人間。初見では大半の人間がひっと息を呑むだろう。
しかしさすがハイディさま、眉一つ動かさず、モーリスをじっと見ている。
「良い身体と目だ。使えそうだな。お前で良い。私の下で一生下働きする覚悟があるなら」
モーリスの瞳が輝いた。転がるように馬車を出てきて、ハイディさまに跪いた。
「俺で役に立つならなんでも、一生懸命働きます。あっ、でも残してきた母さんの墓が……」
「それは私に任せておけ。丁重に掘り起こして、お前の元に届けよう。魔女よ、良いか?」
ウィルフさまが言い、ハイディさまが頷いた。
「ああ。モーリスの良いようにしろ」
わたしの出番はほとんどなく、話はまとまった。
別れ際にハイディさまが私に言った。
「幸せそうで何よりだ。達者でな」