シャミヘン地方の旧天文台
ノステア王国南部、シャミヘン地方。再開発が進む地方である。
その小高い丘にある、今は使われていない古い天文台に、魔物が棲みついているそうだ。
邪魔な魔物さえいなければ、古い天文台を建て直して再利用したいと考えているらしい。
「そこで私たちの出番というわけだな。その魔物を討伐すればよいのだな。腕の立つ者なら再開発チームにもおるだろうに。その魔物はよほど厄介なのか?」
話を聞いたウィルフさまが言った。
「そうみたいですね。その魔物は半分牛、半分人間の牛男のようで。巨体で怪力な上に素早く、再開発チームの武力班は再起不能。多くが療養中ということです」
「大勢が再起不能……そんな恐ろしい現場に、シャンテルを向かわせるわけにはいかんな」
ウィルフさまは悩ましい顔をした。
「しかし二人で任務に当たることが、親父からの条件……私たちが真実の愛で結ばれていると証明し、結婚するための。だがそんな危険な場所にシャンテルを……無理だ。置いていく……? シャミヘン地方への出征となれば、短くとも3ヶ月ほどか……あー、無理! シャンテルとまた離れるなんて。やっと会えたのに! ようやく会えて、また離れ離れだなんて、気が狂ってしまいそうだ。だよな、別に親父に認められなくても、私たちはちゃんと愛し合っているわけだし、なにもこんな任務」
「ウィルフさま」
思考回路と口が直結しているウィルフさまの名を呼んだ。
「大丈夫です。わたしも一緒に行きます。一度引き受けたことを、やってみる前から投げ出すなど、恥ずかしいことはできません」
「シャンテル。やばいまた惚れた。私の最愛は本当に勇敢でかっこいいな。君の言うとおりだな、ここで逃げては名がすたる。どんな危険な場でも必ず君を守り抜くと、ここに誓おう」
ウィルフさまは目をキラキラさせて、わたしの両手を取って握った。
ちなみにこの場はわたしたち二人きりではない。
シャンティがジト目でこちらを見ているのと、クライグが生暖かい微笑で見守っているのが、視界の端にうつる。
「あの、ところで。その天文台の牛男は、丘から下りてきて町を襲ったりは?」
場の空気を変えるため、気になった点をクライグに尋ねた。
「それはないようですね」
「普段は丘の上の古い天文台で大人しくしていると。こちらが行かなければ被害も出ないのなら、そっとしておくことはできないんでしょうか。別の場所に新たな天文台を設けることは」
えっと言ってクライグは困惑顔をした。
「それは分かりませんが、危険な魔物がすぐ近くに棲んでいることは周辺に知れ渡っております。夜も眠れない者もいるとか。地域住民の安心のため、危険は排除しておくのが最善かと。実際に大怪我を負った者もおりますし」
クライグの言い分もよく理解できた。
確かにそうなんだろう。
けど魔物側にしてみれば、大人しく平和に暮らしていたところに突然敵が押し寄せてきて、棲家を奪おうとしたのだ。抵抗して当然だ。
その結果、大勢の人間が傷ついてしまったことは痛ましく、相手を恐れて憎むべきだということも分かる。
「シャンテル、君は優しいからな。大丈夫だ、全部私がなんとかする。君はなにも心配するな」
ウィルフさまが漠然としたことを言い、優しい顔をした。
ああこの適当さと大らかさと、なんとかなる精神。好きだ。具体的なことが提示されていなくても、大丈夫な気がしてくる。
「はい。とりあえず会ってみないとですね」
「魔物にか?」
「はい。半分人間の牛男、というからには、話ができる相手かもしれません」
「まさか。話して分かる相手なら魔物とは言わん」