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隣に引っ越してきた同級生の荷物が、手違いで俺の部屋に届いた

作者: 墨江夢

 ピーンポーン。


 土曜日。突然鳴った玄関チャイムの音で、俺・西門凉(にしかどりょう)は目を覚ます。


 昨晩は遅くまで予備校で勉強に励んでいたから、今日は昼近くまで惰眠を貪っていようと考えていたのに……。

 現在の時刻は、朝の8時。(個人的には)こんな早い時間に訪ねてくるなんて、一体どこの誰だろうか?


 一言文句を言ってやろうとドアを開けると……そこに立っていたのは、引越し業者の兄ちゃんだった。


「おはようございます! ご依頼頂いていた荷物を届けに来ました!」

「……はぁ」


 元気の良い引越し業者とは対照的に、俺はどこか間の抜けた返事をする。


 引越し業者の背後には、山積みになった段ボールが置かれている。言うまでもなく、中には食器やインテリアが詰められているのだろう。


 それにこの引越し業者の爽やかスマイル……彼が正真正銘引越し業者であることは、まず間違いない。


 しかしわからないのは……どうして引越しの荷物が、俺の自宅に届いたのかということだ。


 俺は高校に入学してすぐ一人暮らしを始めた為、この部屋に約2年暮らしている。

 2年前ならともかく、今になって引越しの荷物が届く筈がない。


 もしかして、寝ている間に2年前にタイムスリップしたとか? そういや、そんな設定のアニメを最近観たなぁ。

 などと頭のおかしなことを考えてスマホの画面を確認してみたが、当然そんなSFチックなことが己の身に起こっているわけもなく。……となれば、残された可能性は一つだ。


「あの〜、部屋間違えていませんか?」

「えっ!? でもここ、205号室ですよね?」


 確かに、205号室だ。


三浦(みうら)様の部屋ですのね?」


 うん、違うね。俺は三浦じゃなくて、西門だね。

 予想通り、引越し業者は部屋を間違えていたようだ。


 ……いや、違うな。

 届け先が「205号室の三浦宛」となっているから、間違えたのは依頼人である三浦さんの方か。

 引越し早々自分の部屋番号を間違えるとは、そそっかしいにも程がある。


「ウチ、三浦じゃありませんよ。西門です」

「本当ですか!? それじゃあこの荷物、どこに運べば良いんだろう? 困ったなぁ……」


 ここまで運んだ荷物をどうしようか頭を悩ませている引越し業者に、俺は助け舟を出す。


「もしかしてですけど、隣の部屋じゃないですかね?」


 隣の206号室は今まで空き部屋だったが、大家さんが「入居者が決まった」と言っていた覚えがある。

 この荷物の依頼人が新たな隣人である可能性は、高いと思う。


「そうかもしれませんね。……試しに隣の部屋のチャイムを鳴らしてみますか」


 この場で待っていても、何の解決にもならない。

 引越し業者は、ダメ元で206号室の玄関チャイムを鳴らした。


 チャイムが鳴るなり、中から「はーい」という女性の声がする。


「引越し業者さんですか? お疲れ様です!」


 部屋から出てきた人物を見て、俺は思わず「えっ?」と声を漏らしてしまった。なぜなら……


「三浦……真紀(まき)?」


 越してきた新しい入居者というのは、クラスメイトの三浦真紀だったのだ。


 三浦もまた、俺の姿を見て驚く。


「もしかして、西門くん!? どうしてここに!?」

「どうしても何も、ここに住んでいるからな」

「へー、そうなんだ。でも、どうして引越し業者さんと一緒にいるの? 西門くんも引越し?」

「なわけあるか。お前が宛先間違えたせいだろうがよ」


 俺は三浦に、直筆の依頼票という物的証拠を突き出す。

 物証を見せられて、三浦はようやく自分の非を認めた。


「あっ、本当だ。部屋番号、間違えてる」

「お陰で俺の部屋に、お前の可愛らしい食器やら何やらが並べられるところだったんだぞ?」

「そうだね。私の可愛らしい下着が並べられて、通報されるところだったね」


「アッハッハッハッ」と、三浦は笑い声を上げる。


「いや、笑えねーよ」

「……だよね。それじゃあ西門くん、ごめんなさい」


 小馬鹿にしたような笑みから一転、三浦は真面目な顔付きで、俺に頭を下げてくる。

 そう素直に謝られては、これ以上怒れなくなってしまうではないか。


「……謝る相手は、俺だけじゃないだろ?」

「そうだね。……引越し業者のお兄さんも、ごめんなさい」


 宅配業者は依然として営業スマイルを崩すことなく、「気にしないで下さい」と返す。

 流石は社会人、懐が深い。数年後、果たして俺は彼のようになれているだろうか?

 

 ダンボールを206室内に運び終えた引越し業者は、「ご利用ありがとうございました!」とこの場をあとにする。


 引越し業者に便乗して、俺も立ち去ろうとしたのだが、


「ところで、西門くん」


 三浦に呼び止められてしまった。


「この後、時間ある?」

「時間っていうのは、概念だ。俺がこれから何をするにしても、時間自体は存在するのであって。仮に俺が1秒後に死んだとしよう。それでも、時間という概念は永劫に存在する」

「面倒くさいこと言っているけど、要するに暇ってことだよね?」


 ……はい。そういうことです。


「だったら荷解き、手伝ってくれないかな?」


 それからおよそ3時間、俺は三浦の荷解きを手伝う羽目になった。

 

 賃金は発生しなかったけど、彼女が普段どんな下着を身につけているのか知ることが出来たのは、ある意味収穫と言えなくもなかった。





 ピーンポーン。


 水曜日の夜。突然玄関チャイムの音が鳴る。


 玄関チャイムといえば、忘れちゃいけない日曜日。

 誤って我が家の住所を書かれたが為に、最終的に3時間も荷解きの手伝いをさせられた。

 

 だから今の俺は、玄関チャイムに良い思い出がない。というか、若干恐怖心まで覚えている。


「……居留守でも使おうかな」


 そんな考えも頭をよぎったが、罪のない来訪者を無視するのは流石に失礼だ。

 気乗りはしないけど、俺は玄関ドアを開けた。


「こんにちはー! 宅配便でーす!」


 ドアの前に立っていたのは、宅配業者だった。

 ……どうしよう。嫌な予感がする。


「205号室の三浦さんですね! ご注文頂いていた商品をお届けに伺いました!」


 確かにここは205号室だが、俺は三浦じゃない。ついでに言えば、通販で何か注文した覚えもない。


 宅配業者の抱えている小包を見ると、商品名には「BL大全」と書かれていた。……これは、新手の嫌がらせなのか?


「あの〜、三浦が住んでいるのは隣です」

「え? でもここって、205号室ですよね?」

「三浦が部屋番号を間違えたんですよ。……あっ、その荷物、受け取ります。俺から三浦に届けておくんで」


 俺は宅配業者から小包を受け取る。

 どうせこれから三浦に文句を言いに行くんだ。ついでに荷物を渡せば、宅配業者の手間も省けるだろう。


 宅配業者が去った後で、俺は206号室を訪れる。

 インターホンを鳴らすと、先日のように三浦がすぐに出てきた。


「はーい! ……って、西門くん? 夜に一人暮らしの女の子の家を訪ねるのは、失礼だよ?」


 お前にだけは、失礼などと言われる筋合いはない。


「ん」と、俺は小包を三浦に差し出す。


「お前宛だ。間違って俺のとこに届いたんだよ」

「そうだったの? 宅配業者もうっかりさんだね〜」

「いや、間違えたのはお前だから!」


 しかもこれで2回目だ。再犯だ。


「そっかー、ごめんごめん。……でも、ちゃんと私に届けてくれてありがとう」


 はにかみながらお礼を口にする三浦に、不覚にもドキッとしてしまって。

 だけどそんな心中を悟られたくないから、俺は慌てて視線を三浦から逸らした。


「俺の部屋にあっても困るだけだしな。何だよ、BL大全って?」

「好きなんだよね、ブラックリスト」

「BLって、そっち!?」

 

「一緒に読む?」と誘われたけど、丁重にお断りしておいた。

 ブラックリストにしろボーイズラブにしろ、俺が読むにはいささか刺激が強すぎる。





 ピーンポーン。


 土曜日の深夜。既に就寝していた俺だったが、突然鳴った玄関チャイムの音で目を覚ます。


 時計の針は、もうすぐ「12」の位置で重なろうとしている。

 土曜日の深夜とは言ったが、もう日曜日と言っても誤差の範囲だろう。


 ……ったく、こんな時間に一体どこのどいつだよ? 常識はずれにも程がある。


 また三浦宛の荷物が、間違って俺の部屋に届けられたのか? 一瞬そんな考えも頭をよぎったが、いくら宅配業者でもこんな時間まで仕事をしている筈もない。


 いよいよ来訪者の心当たりがなくなってしまう。

 まぁ誰であれ、ドアを開ければ判明することだ。


 俺が玄関ドアを開けると、そこには……ずぶ濡れの三浦が立っていた。


「……三浦? お前、どうして……?」


「どうしてウチを訪ねてきたのか?」、「どうしてずぶ濡れなのか?」。二つの疑問を、俺は三浦に投げかける。


「…………」


 三浦はどちらの疑問にも答えなかった。


 肩が震えているのは、雨に濡れて寒いからだろうか? それとも――

 泣いているように見えるのは、雨に打たれたせいだろうか? それとも――


 どうしたものかと、俺は頭を軽くかく。


「……部屋、間違えてるぞ」

「そうだね。でも……今日だけは、許してくれないかな?」


 そんな顔でそんなことを頼むのは、ズルいだろう? これでは「帰れ」と追い返すことも出来ない。

 俺は三浦を部屋に上げることにした。


「取り敢えず、シャワーを浴びてこい。濡れたままじゃ風邪引くから」

「……うん」

「シャワーの間、俺はコンビニに行ってるから。何か食べたいものでもあるか?」

「……ううん」


 食べたいものは特にないということか。

 それじゃあ立ち読みでもしに行こうかな。俺が部屋の中にいては、三浦も安心してシャワーを浴びられないだろうし。


 靴を履こうとすると、三浦が俺の服の裾を摘んできた。


「……一人にしないで」

「……」


 俺はもう一度頭をかいた。


 一緒にシャワー浴びるわけにはいかないので、俺は浴室のドアの前にもたれかかる。

 

 シャーっと、シャワーの流れる音が耳に入る。


 このドアの向こうには、三浦がいる。しかも裸で。

 振り返れば半透明のガラスに三浦のシルエットが映っていて、思春期の俺はそれだけで様々な妄想をかき立ててしまう。


 雑念を振り払うように、俺は三浦に尋ねた。


「……それで、何があったんだ?」


 少し間を置いて、シャワーの音がやむ。


「お母さんとね、喧嘩したの。進路のことで、ちょっと揉めちゃって」

「親の期待と自分の希望が食い違うのは、珍しい話じゃないからな。俺も経験がある」


 高校受験の際、俺も両親と進路選択で揉めた。

 と言っても我が家の争点は、俺の一人暮らしを認めるか否かだったが。


「その時、西門くんはどうしたの?」

「どうしたも何も、「ちゃんと勉強するから一人暮らしさせてくれ」と頼んだよ」

「そしたら?」

「両親が折れてくれた。……毎回定期試験で10位以内に入ることを条件にな」


 お陰で勉強漬けの毎日だが、こちらのわがままを聞いて貰っているんだ。俺も努力しなければならない。


「妥協点を見つけたってことか。西門くんは、大人だね」

「お前は違うのか?」

「うん。私は……感情に任せて、お母さんに酷いこと言っちゃった。「大嫌い」って、叫んじゃった」


 母親を大嫌いだなんて、本心でないに決まっている。

 だから三浦は、こんなにも傷付いている。後悔している。


 シャワーを浴び終え、リビングに戻ってきた三浦に、俺は温かいココアを出す。

 

 ココアをひと口啜った後、三浦は俺に尋ねた。


「ねぇ、今夜泊まっていっても良い?」

「いや、それは……。「女の子を部屋に泊めないこと」。これも両親から出された条件なんだ」

「そっか。でも……今夜だけは、その条件を破棄して下さい」

「……部屋を間違えちゃったんだから、仕方ないよな」


 二度あることは三度あるとも言うし、だからこれは不可抗力だ。


 一つ屋根の下で過ごすことを良しとしても、一緒のベッドで眠ることは流石に憚れる。

 ベッドは三浦に譲り、俺はソファーで寝ることにしよう。


 三浦は不満そうだったが、そこは妥協してくれよな?



 


 ピーンポーン。

 数日後の夕方。玄関チャイムの音が鳴る。


 玄関を開けると、そこには郵便配達員が立っていた。


「これなんですが、郵便不着になっておりまして……」


 そう言って郵便配達員が差し出してきたのは、1通の手紙だった。……こんな手紙、出した覚えがないぞ?


 手紙を見ると、宛先が「東京都アメリカ市」になっている。……そりゃあ届かないわけだ。


 こんな頭の悪い住所を恥ずかしげもなく書いたのは、一体どこのどいつだろうか? 

 差出人欄を見るが、そこに名前はなく。代わりに205号室(俺の部屋)の住所が記載されていた。


 もう一度言うが、俺はこんなバカ丸出しの手紙を出していない。

 そうなると、考えられる可能性は一つだ。


「ありがとうございます」と手紙を受け取ると、俺は手紙の封を切る。

 手紙には、たった一言、こう書かれていた。


『好きです』


 この手紙の差出人は、言うまでもなく三浦だ。そして彼女はわざと「東京都アメリカ市」などというありもしない宛先を書いた。


 ()()()()、俺のもとに手紙が戻ってくるように。

 

 さて。

 取り敢えず、誤って届けられた手紙を三浦に返しに行こう。

 

 そして彼女に、言ってやるのだ。

「俺も好きです」、と。

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