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コードネーム・ナインの正体  作者: おふとあさひ
4/10

甲賀流集団

 解体工事中の、かつての大型スーパーは、サウナのように蒸し暑い。

 朝から熱中症危険警報が発令されたこの日、山月は、カールと接触したグループの一人、カイトを追っていた。しかし、気付かれたのか、カイトは突然走り出し、ここに入った。


(どこに行った? 上の階か? 柱の陰か?)


 玉ベエがいたなら、ここで放して捜索させるところだが、アジトに潜入させたあの日以来、戻ってこない。


 山月は、目を閉じ、聴覚に神経を集中させる。


 カチカチ……。かすかに聴こえる、軽くて高い打音。

(右か)


 視線を向けた時、石ころが転がってきた。石は、山月に届く前に、猛烈な勢いで、煙を噴き出す。


(煙幕!?)

 視界を遮る煙の向こうで、黒い影が動く。


「逃がすかっ!」


 山月はダーツの矢を放った。矢の先には、神経を一時的に麻痺させる毒が塗ってある。


 コツッと、矢は命中し、崩れるように、影がその場に倒れた。


「ゴホッ、ゴホッ」

 山月は、充満する煙を、手で払いながら、仕留めたカイトに近づく。


「こ、これはっ!?」


 山月がカイトだと思って手をかけたのは、マネキンだった。カイトの服を着たマネキンに、ダーツが刺さっている。


「変わり身の術……」


 そんな言葉が漏れるや否や、首が締まり、冷たいものが頬に当たった。

 山月は、背後から首に腕を巻かれて絞められていた。


「キサマは誰だ? なぜ、オレを追う?」


 カイトの声に、山月は唾を飲んだ。頬に当たっているのは、カマのようである。


 相田から指示を受けて以来、ミカサに捜させて、三日目、ようやく見つけたのが、カイトだった。

 さらって、優位な立場に立ってから、交渉しようとしたのが、正反対の状況になってしまっている。


「ひゃぁっ!」

 カマの先端が、頬に突き刺さり、山月は思わず声を上げた。


「言わないなら、言うまで傷つける」

 ドスの良く効いた、低音ボイスは、カイトが本気であることを物語っている。



「じゃじゃあん……じゃ、じゃあじゃん……じゃ、じゃあん……」


 頭上から、声が聴こえてきた。歌声は、コンクリートで反響している。

 山月は、首を固められて動かせないでいたが、(まなこ)をカッと見開いて、見上げる。


「じゃ、じゃあん……」


 ヒュッと、何かが、目の前に降り立つ。しかし、音はしなかった。



「じゃあぁぁぁん。オレ様、参上」


 忍びの黒装束のような、上下とも黒で固めた九が、腕を組んで立っていた。

「オレの登場テーマ曲、どうだった? いい感じだったでしょ?」

 九は、場の空気もわからないのか、にっこり笑っている。


「ふふっ」

 山月は、体から力が抜け、そのせいで、首の締まりも緩む。


「山月くん、大丈夫? 助けてあげようか?」


 お願いします、と、山月が頷くと、九は、胸の手を合わせて指を組み、人差し指を立てる。

 印のポーズである。

 そして、ブツブツと呪文を唱え始めた。


 カイトは、山月を解放し、何も言わず、立ち上がった。

 カマの柄には、鎖がついており、そちらを持って、カマを振り回す。

 ビュンビュンと風を切る音が鳴る。


「鎖ガマ? そんな旧式の武器で、オレ《《たち》》に挑むつもり?」


 九が、三人になっていた。

 山月は、何度も瞬きして確認したが、やはり、九は三人いて、それぞれが、異なる動きをしている。


(分身の術だ)


 カイトは、何度も鎖ガマを振り投げたが、九に当たらない。

 それどころか、分身たちの誰かが、時折、カイトの背後に回っては、ぺしぺしとカイトの後頭部を叩いていた。


「くそっ」と、カイトは、鎖ガマを腰に戻して、駆け出し、吹き抜けから見える二階フロアへと、跳んだ。


「逃げるの?」

「逃がさんっ」

「ちょっと、待ってよ」


 三人の九が、カイトを追った。


 山月は、動かないエスカレーターを駆けあがり、九の後を追いかけたが、すっかり見失ってしまった。

 九であれば、カイトを逃がすようなヘマはしないはず。ただ、山月が心配しているのは、九がやりすぎやしないかということである。


 カイトや九の気配を感じることも出来ず、山月は、ただヤマ勘を働かせて、かつてのショッピングモールを走り回った。


「ぎ、ぎやあぁぁああっ!」


 上のフロアから、悲鳴が聴こえた。すぐに反応して、駆けあがると、暗がりの中に、人影がある。


「き、九か? やりすぎるなよ、九!」


 目を凝らしつつ近づくと、九の足元に、カイトらしき人間が倒れていた。


「九?」

 分身の術をやめたのか、九は一人。ただ、手元に、もう一つ頭がある。


「ああ、山月くん。こいつ、なんなの? こいつも忍者? なんか、すばしっこかったんだけど」


 よく見ると、九は右手に鎖ガマを持ち、左手でカイトの頭を握っていた。首から下は、九の足元に転がっている。


「き、き、九っ! な、なんで殺した!? 殺す必要なかっただろっ!? な、な、なんで……」


 山月は、力が抜けてしまい、膝を折って、その場に座り込んでしまった。


「山月くん、なんで、この忍者に切りつけられてたの? 二人の間に何があったんだ?」

 九は、山月の動揺にお構いなく、知りたいことを訊く。

 一方の山月は、九のこと――残虐な光景――を、まともに見られなかった。


「キミの方から、何か仕掛けたんだろ? 忍びの者が、こんな真昼間から、あんなことをするはずがない」


 山月は、どこまで話すか迷う。全て話してしまっては、丸蔵の死の真相を知られてしまう。


「余計な駆け引きは無しだよ。こちらを見てよ、山月くん。何を仕掛けたのか、本当のことを教えてくれよ」


 山月は、九を見ない。カイトの生首を見たくないこともあるが、心を読まれてしまうことも避けたかった。

「こいつは、甲賀流忍者だろ? 相田さんの周りを嗅ぎまわっているという。相田さんからの指示か? どんな、命令を受けたんだい?」


 九は、甲賀忍者が、相田の周囲を嗅ぎまわっていることを知っていた。

 山月は、そもそも九がどこまで情報を持っているか知らない。隠しすぎては、墓穴を掘りそうな気がして、質問には答えることにした。


「ああ、そいつは、甲賀の者だ。相田さんから、交渉するように指示された」


「交渉?」

「ああ、交渉だ。相田さんの周りを嗅ぎまわるのを止めろという交渉だ。こちらの申し出を飲めば、それなりの金を渡す用意もある」


 九の息遣いが荒くなった。ひゅうひゅうと、怒気を帯びた呼吸音が耳に入ってくる。

「キミだけに、そんな、ミッションが与えられたのか? なぜ、オレが外されたんだ?」


「さあ? 私には、わからんね」

 言いながら、山月は思った。

(よく考えたら、丸蔵さんうんぬんの話が無くても、九は、交渉事には、不向きそうだから、指示されなかっただろうな)


 視界の端で、九がしゃがみ、もぞもぞと死体をいじっている。

「何をしている?」

「復活再生の術だよ。キミの交渉相手を、殺してしまったじゃないか……」

 見ると、九が、カイトの頭を、ぐいぐいと胴体に押し当てていた。

「ど、ど、ど、どうしよう? バレたら、相田さんに怒られちゃうよ。ちゃんと、生き返るかな? やべえな」


(復活再生の術……)


 山月は、聞いたことがなかった。きっと、そんなものは無い。


「そんな忍術あるのか?」


「ねえよ。今から創り出すんだよ」


 やっぱり無かった。


「私は、死体を埋めるのに、付き合わないからな。自分で、処理してくれよ。どっかの山中に、穴は掘ってあるんだろ?」

「そ、そんな……助けてやったのに……」

「殺せとまでは、言っていない。やりすぎだ……いや、いかれすぎだよ、九」


 山月は、きっぱりと言い切って、踵を返した。ただ、心臓はバクついている。

(やっぱり、九は、危険すぎる)

 同じ特務警官でなければ、近づくことすら避ける人種だ。山月に対しては、多少の敬意を持って接してくれているから、なんとか関係は成り立っているが……。

 きっと、ダーツゲームで勝利したことが、功を奏したのだろう。




 はるか南の海上で発達した台風の影響なのか、東京都心は、朝から風が強く、激しい雨も降り注いでいた。

 山月は、傘が飛ばされないように、傘の柄を、肩と首の間にしっかりと挟む。

 スマートフォンの地図アプリで示されている場所は、この辺りのはずである。けれども、辺りにそれらしい建物は無かった。


「入力した住所を間違えたのかな……」


 ジーンズのポケットに入っているメモ紙を出し、開けようとすると「おう、彰斗(あきと)か?」と、声を掛けられた。


 短パンにサンダル姿の百地流星(ももちりゅうせい)は、オンボロアパートの前に立っていた。


「りゅ、流星!? そ、そこが、流星んちなの?」


 山月は、いとこである百地流星が、まさかこんなアパートに住んでいるとは想像すらしていなかった。

 流星は、大学生の時、伊賀の上忍御三家である百地家に婿養子に入った。その縁もあってか、忍者の研究に没頭し、今では、帝都大学の准教になっている。


「もっと、いい所に住んでいると思ってたか? それは、オレが上忍だから? それとも、天下の帝都大学の准教だから?」


「あ。い、いや……その……。その、どっちも」

 山月は、頭を掻いてアパートのヒサシの下に入り、傘を閉じる。


「上忍とは名ばかりで、今や、そっちからの収入は全く無いんだよ。しかも、ずっと単身赴任だからな。住むとこなんて、なんでもいいんだよ。さ、中に入れよ」


 屈託の無い流星の笑顔に誘われるまま、山月は、中に入る。


 山月が招き入れられた流星の部屋は、意外に片付いていて、小綺麗だった。


「で、突然連絡を寄こしてきて、一体、何を訊きたいんだ、彰斗(あきと)?」

 流星は、黒縁眼鏡の角をクイっと持ち上げた。


「じ、実は……。甲賀流の忍者について、色々教えてほしくて……」

「甲賀? そっちに、興味があるのか?」


 貸してもらったタオルで、髪を拭いていた山月は、今、現存する甲賀流忍者について、流星に質問する。これまでの経緯も、話せる範囲で説明した。


「甲賀の忍者ね……。確かに、一部、動きのある集団がいるな」


 流星が言うには、かつて、甲賀五十三家と呼ばれた上忍の中で、伴家(ばんけ)だけは、現在も忍者の生業を続けているらしい。


「伴家? そいつらが、警視庁を嗅ぎまわっているってこと?」

「たぶん、そうだろうな。現在の頭領は……」

 流星は、取材したノートを見ながら、パソコンを操作して、モニタに、調べた情報を映し出す。


『甲賀五十三家の筆頭、伴家(ばんけ)の末裔、伴兼尋(ばんかねひろ)

 自らを、天忍日命(あまのおしひのみこと)の生まれ変わりだと公言し、他家の下忍も含め、甲賀流忍者を束ね、“国家的憂慮を取り除き、甲賀古士(こうかこし)の復興を期す”と宣言し、活動中』


「伴? 聞いたことがないなぁ」

 モニタに並んだ文字を見ても、山月はピンとこなかった。


「この伴兼尋(ばんかねひろ)っていう頭領は、いったい、今、いくつくらいなの?」

「たしか、彰斗(あきと)と同じくらいの年齢じゃなかったかな……」

 流星は、スマートフォンを操り、「いや、彰斗より、五つ、年下だな」と、感心するように頷いた。思ったより若い年齢であったのだろう。


 てっきり、ザキさんと呼ばれていた執事風の中年男が、主犯格だと思っていたが、どうやら違うらしい。

「交渉するにしても、まずは、その伴ちゃんってヤツを捜し出すことから、始めないといけないのか……。大変だな、こりゃ」


 山月は、しばらく、流星と幼い頃に遊んだ思い出話をしたあと、御礼を言って、部屋を出る。


「そういえば、流星は、服部家のことは、知ってるの?」

 ヒサシの下で、傘を広げながら、見送りに出てきた流星に訊く。


「服部家? 服部丸蔵さんのことか? 何年か前から、行方不明になってるよね」

 流星は丸蔵のことを知っていたが、殺されたことまでは、知らないらしい。


「じゃあ、丸蔵さんのご子息のことは、知ってる? 服部九のことだけど」


「九? 誰だ、それ? 丸蔵さんは、お子さんには恵まれなかったはずだよ。養子をとったとも聞いたことがない」


「あ、ああ、そうなんだ……。ありがとう、教えてくれて」


 山月は、傘を差し、土砂降りの雨の中を歩き出した。




 渋谷の交差点から、坂を上がる途中にあるファミリーレストランで、山月は、九と昼食を摂った。


 山月が食後のアイスコーヒーを飲んでいると、店員が空いた食器を下げる。

「九、それ、サラダから、取り出したのか? 小学生みたいだな」

 九の前にだけ、皿が残されていた。その上に、キュウリの輪切りが積まれている。

「キュウリは、嫌いなんだ。この世から、無くなればいいと思ってるよ」


 九は、その皿をすみに避け、あいたスペースに、膨らんだエコバッグを二つ、並べた。


「なに、コレ?」

 山月が不思議に思って触れると、持ち手が垂れ、札束が覗く。

「ざっと、五千万円はあるはずだよ。昨日指示されたミッションさ。さっき、終わった」

 九は、ちゅうちゅうと、メロンソーダを吸い上げる。


「えっ? 昨日から、どんなミッションをやってたんだ?」

「投資詐欺事件の首謀者への特刑だよ。隠している財産を奪ってきた。被害者に、少しでも還元してやろうって、相田さんからの指示さ」


 山月は、もう一度、エコバッグに触れて、中を見た。万札の札束が詰まっている。

 どうやら、九は、盗みを働いてきたらしい。犯人は、現行法では、追えない所に、詐欺で得た金を隠していたのだろう。


「それで、山月くんは、昨日、何してたの? 甲賀集団との交渉はできたのかい?」


「いや、まだ……。それどころか、交渉相手のリーダーがどこにいるのかさえ、わかってない。なあ、九。九は、知らないか? 伴兼尋(ばんかねひろ)ってヤツなんだけど」


「なに? そのバン、ナンチャラって、誰?」

伴兼尋(ばんかねひろ)。甲賀で有名な伴家の、今の頭領らしいんだけど」


「へえ、そうなんだ。それで? そんなのオレが知ってるとでも思う。ひょっとして、オレが、情報ツウにでも、見えてた?」


「いや、全然、見えてない。ちょっと、聞いてみただけだ」

 ストローをつまんでグラスの中の氷を、カラカラと回した。


 山月は、質問をしてしまったことを反省した。無駄な時間を使ってしまった。

 伊賀の上忍なら、少しは甲賀の情報も入ってきているのかもしれない、と淡い期待を抱いてしまった。魔が差したと言っていい。

 九の面構えは、全く理知的ではない。というか、むしろ、馬鹿面だ。


「いやいや、隠すなよ、山月くん。キミは、見る目があるよ。正解かもしれない」

「は?」

「実は、隠してたけど、オレは、その世界では、情報屋九ちゃんって呼ばれている」

 馬鹿面が、不揃いの歯を見せて、下品に笑った。


「なんだよ、どの世界で呼ばれてるんだよ。じゃあ、教えてくれよ。伴は、どんな人物なんだ?」


「奴は、めっちゃ強い。神がかり的に強い。奴と戦っても、キミでは勝てない」


「ザックリした情報だな。本当かよ、その情報。でも、伴とは戦うつもりないから、大丈夫だよ。交渉するだけだ」

 山月は、肩を落とした。

 やはり、九は、少し抜けている。

 ひょっとしたら、九がこんなふうだから、丸蔵は、九の存在を世間に隠したのかもしれない。とても家督を継げないと。

 それなら、流星が九の情報を知らなかったこととも辻褄が合う。


「交渉しやすい相手かどうか、知りたかったんだけどな……」

「そんなのは知らん」

 九は、堂々と答えて、緑色の炭酸を飲み干した。


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