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コードネーム・ナインの正体  作者: おふとあさひ
3/10

黒い疑惑

 渋谷の繁華街から、細い裏道をしばらく行くと、再開発に取り残されたようなブロックの一画に、その雑居ビルがあった。


「玉ベエ、部屋の様子を頼んだぞ」


 山月は、マイク付き小型カメラを玉ベエに括り付け、隣のビルに設置された自販機の陰から放った。

 昨日、カールが立ち寄っていた部屋は、このビルの三階にある。


 山月が、スマートフォンをタップすると、部屋の様子が映し出された。

 三人の男たちが、パソコンや書類をダンボールに詰め込んでいる。


「ザキさん、なんだよ。今日中に、ここを引き払うって、なかなか急だな」

「しょうがないだろ。ブツブツ言ってないで、早く手を動かせ、カイト。十中八九、ここがバレたって話だぞ」

「そんなこと言われなくても、ザキさんよりは、働いてるぜ。なぁ、サム。俺たち、若いからなぁ」


 男たちの会話も、鮮明に聴きとれた。


(こいつら、アジトを引き払おうとしているのか……)


 山月は、カールを尾行した報告を、まだしていない。

 おそらく今頃、カールが星谷に襲われたことを、九が相田に報告しているに違いない。九のミッションは、カールの護衛だったのだから。


 山月に与えられたカールの行動を監視するミッションについては、もう少し調べないと、報告書を作成することができなかった。


(いったい、昨日、ここでカールは何を話してたんだ?)


 玉ベエに取り付けたカメラが、男のうちの一人の顔を捉えた。ザキさんと呼ばれる、その男の顔には見覚えがある。

(執事風の男……ここまで、カールを車で連れてきた男だ)


「昨日、カールが襲われた。やったのは、星谷だ。やはり、星谷が関わっていたんだ。《《ナイン》》は、あいつが隠していた可能性が高い」

 執事風の男――ザキはそう言って、舌打ちをした。


「やっぱり、星谷でしたか……。で、カールは? カールは大丈夫だったの?」

「ああ、一命は取り留めて、今頃……」


 その時、山月は、ザキと目が合った。スマートフォン越しにでも、威圧されるほど眼力がある。山月の背筋に、冷たいものが走った。

(まずい!)

 その瞬間、カイトとサムと呼ばれていた若い男たちの動きが止まった。山月は、目を疑う。フリーズしたのではない。ザキの姿だけが、パッと消えてしまっている。


 自販機の陰でスマートフォンを握りしめたまま、山月は凍り付いた。


 スマートフォンの画面が真っ暗になり、音声も聴こえなくなっていた。


(玉ベエが捕まえられた!?)


 山月は、信じられないでいた。常人に捕まえられるような玉ベエではない。

(訓練された者でないと、玉ベエの動きを目で追うことすら難しいはずなのに……)


 自販機の陰から覗くと、三階にあるやつらのアジトのドアが開いた。

 カイトとサムが出てくる。


 山月としては、玉ベエが戻ってくるのを待ちたかったが、仕方なく、その場を去った。

(ザキとかいう男……何者だ?)



 新宿裏通りにあるバー”JーBEAM”は、はじめて相田に呼び出された時の、あのバーである。

 山月がカールの動向調査結果を報告したいと連絡すると、相田に、このバーを指定された。


「カールが会っていた日本人グループのアジトが、渋谷にあったんだな。そこで、おそらく、コードネーム・ナインに関する話をしていて、星谷の存在も、以前から知っていたようだと……」


 相田は、カウンターテーブルに、山月の報告書を置く。

「よくここまで、調べてくれたな、山月。ご苦労」

 相田は、スコッチの入ったロックグラスを傾ける。


「警視総監、私は、何も知らなくて、色々と質問させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


 相田はそれには答えず、質問で返す。


「山月……。ひょっとして、キミも、忍者か?」


 山月は、鼻息が荒くなった。答えに迷う。


「初めて、特務警官の役職を作ったのは、九の親父、服部丸蔵(まるぞう)を任官させるためだったんだ」


 相田は、山月を尻目で見つつ、語り出した。


「丸蔵は、本物の忍者でね。令和になった現代でも、戦国の世と変わらず、スパイ活動で生計を立てていたんだ」


 山月は、耳を疑った。

 法治国家の今の日本でも、戦国以来の家業を引き継ぐ忍者がいるとは、にわかには信じられない。


「戦国の世で、伊賀モノが、どうやって生計を立てていたかは、知ってるよな?」


 山月は、胸の動悸を抑え、冷静を装って返す。


「ええ。普段は農業しながら、有事の際に武将や殿様に呼ばれて、諜報活動をして、お金をもらっていたんですよね?」

「そうだ、その通り。そんな生き方を続けていたんだ……伊賀も、《《甲賀も》》」


「こ、甲賀もですか!?」

 思わず聞き返していた。


「そうなんだよ。私が先に気付いたのは、甲賀の方の忍者だった。我々の周りを探っていた。雇い主は、分からないし、捕まえることも出来なかった。だから、伊賀モノの丸蔵を探し出して、味方につけたんだ。対抗するためにね」


 山月の脳裏に、ザキの顔が浮かんだ。玉ベエを捕まえる動きの速さは尋常ではなかった。

 あれが、甲賀流忍術ということなら、納得できる。


「話しを戻すが、キミは、忍者か? もし、甲賀流ということなら、解任しないといけない」

「な、なぜ……。なぜ、わ、私が、忍者だと疑われるのですか?」


 相田は、カウンターに置かれた報告書を、指でつついた。


「アジトの中の様子が詳しく描かれ過ぎている。会話の内容まで、わかるはずがない。昨日分かったばかりのアジトに、盗聴器など、設置する時間も無かったはずなのに」


 山月は、口ごもり、目を逸らす。


「動物でも、使ったのか? 《《口寄せの術》》だな? ねずみかなんかを訓練して、調べさせたな?」


「ど、どうして……わ、わ……わ、わかるのですか?」


「実は、初めて、キミと九を会わせた日のことで、九から、報告があったんだよ。キミが現れる前、この店の中を偵察するネズミが入ってきたと」


 あの日のことを思い出す。玉ベエは、店に客はいないと報告してきた。

 九は、玉ベエを察知して、《《隠れ身の術》》を使ったのだ。


「それで、どうなんだ? はっきりしたまえ。キミは、伊賀か? 甲賀か?」


 山月は、カウンター席から立ち上がり、一歩飛び退いて、片膝をつく。


「わ、わ、わ、私は、伊賀の者です」


 相田の冷たい視線が、山月に注がれる。

「ほ、ほ、本当です!」


「なぜだ。なぜ、今まで、言わなかった?」

「す、す、すみません」と、床に着くほど頭を下げる。


「わ、私の家系……山月家は、伊賀モノと言っても、末端なんです。まともな伝承も出来ていなくて、忍者を名乗るのもおこがましいほどで……。服部家のような、頭領とは、名声も実力も比べ物になりませんので……」


 相田は、ロックグラスを空け、コースターに戻す。


「服部家のことは、知っているのか?」


「いえ、知りません。昔と違って、交流は全くありませんので。恥ずかしながら、服部丸蔵さんのことも、服部九のことも、存じませんでした」


「そんなもんなのか……。今どきだな、忍者の里も」


「その丸蔵さんは、今は、どこにおられるんですか? 引退されたんですか?」


 相田のギロリとした目が、山月に向けられる。


「いや、この世にはいない。亡くなったよ。残念ながら」

「じゅ、殉職ですか? に……任務中に……亡くなられたのですか?」

「いや……、というか……、それは、微妙かな……」

「ど、どういうことですか?」


「丸蔵は、ある大きなミッションを成功させてね。その後、長期休暇に入ったんだけど、その間に、行方不明になって、死んだんだ」


「こ、殺されたんですか?」


「ああ、九からは、そう聞いてる。九が現れた日のことは、今でも、鮮明に覚えているよ。丸蔵の骨壺を抱えて、私の前に現れたんだ」


 相田は、新しいロックグラスに口をつけ、一呼吸おいてから続ける。


「伊賀モノの風習で、葬儀は、近親者だけで行い、近所にも親しい友人にも、死去した事実さえ伝えないらしいな。九は、丸蔵の火葬後に、私のところに現れたんだ。仇を討ちたいと」


 相田は、遠い目をして当時の記憶を呼び覚ましているようだった。


 九から、丸蔵が死んだと聞かされた時、にわかには信じられなかった。


 その、つい数日前、丸蔵の元気な姿を見ている。

 成田空港で会っているのだ――


 丸蔵は、米国(アメリカ)での特別任務を成し遂げて、帰国した。


 相田は、とても成功できるとは思っていなかったが、金次第で、やると言った丸蔵に対し、都心のタワマンが買えるくらいの成功報酬を約束して、特別任務を任せてみた。


 そして、丸蔵は、やってくれた。


「異国の地のミッションで、少々、疲れましたので、しばし、おいとまをいただけますか?」


 成田に出迎えた時、もっと、明るく、爽快な表情で丸蔵が現れると思っていたのに違った。ただ、表情は冴えなかったが、病的までとは言えず、むしろ、体力的には、なんの消耗もしていないように見えた。


「わかった。今回は、本当によく、やってくれた。あとは、星谷に任せようと思うので、丸蔵はゆっくり休んでくれ」


 そんな会話をしてから、一週間も経たないうちに、丸蔵は殺された――


 話を聞いていた山月は、握っていたおしぼりを置いて、体ごと相田の方に向ける。


「丸蔵さんは、なぜ……誰に殺されたのですか?」

「わからない……。いや、わからなかったと言った方が、正しいかな。当時は、わからなかったんだ。でも、さっき、キミの報告でわかった。甲賀流の集団に()られたんだ、きっと。カール・シンプソンから、依頼を受けたんだ」

「ど、どういうことですか?」


「丸蔵のアメリカでのミッションは、コードネーム・ナインを盗んでこいというものだったんだよ」


 山月は、自分の書いた報告書を思い返す。


『アジトの中で、星谷が《《ナイン》》を隠していたのではないかという会話が交わされた』


 カールと甲賀流集団は、ナインを探していた。ナインが何なのかはわからないが、星谷の隠していたナインが、丸蔵から引き継がれたものだとしたら、話は繋がる。


「CIAはナインが盗まれたことを、怒ってるんだよ。CIA(あいつら)が厳重に守っていたのに、いとも簡単に盗まれて、面目丸つぶれだからな。甲賀集団に依頼して、丸蔵に拷問でもかけたんだろ。それでも、口を割らないから、殺したに違いない」


 山月は、胸の前に小さく手を挙げた。どうしても、知りたいことがある。


「そ、それで、コードネーム・ナインって、なんなんでしょうか?」


 相田は、ロックグラスに口をつけながら、横目で山月を見た。

 口を真一文字に噤んだ山月は、真剣な眼差しを相田に向けている。


「おい、山月」


 相田はそう言って、体を回し、山月と正面で向き合う。

 自然と、二人の目が合った。

 どこまで信頼できる男なのか、相田は山月を見定めようとしているようだった。


 山月は、動かなかった。教えてくれるまで、待つことに決めている。

 そのまま、数分経った時、ようやく相田が口を開いた。


「なぜだ、山月。なぜ、読心術を使わない? お前なら、目を合わせれば、私の心を読めただろう? コードネーム・ナインの情報も得られたかもしれないのに」


 確かに山月は、読心術を使えた。しかし、この時、忠義を第一に置く山月に、その選択肢は無かった。

「そんなこと、思いつきもしませんでした」


「ふふふ、おもしろいな。いいだろう。教えてあげよう。コードネーム・ナインというのはな……」



 コードネーム・ナイン――四肢の指が、それぞれ九本ずつある生物。


 2031年7月6日未明。神奈川県秦野市三廻部(はだのしみくるべ)鍋割山(なべわりやま)のふもと、勘七の沢に、未確認飛行物体が墜落した。

 付近に、未知の生物が倒れていたが、まだ生きているらしかったので、消防のヘリコプターで救急搬送される。


 連絡を受け、一度は受け入れを決めた国立の総合医療病院だったが、運ばれてきた生物の容姿に驚愕し、治療法も分からないため、一転拒否し、政府経由で自衛隊に預けられた。

 応急処置後には、国の戦略的研究機関JSRA(ジェイスラ)に託され、国家機密扱いで、詳しく調べられることになる。


 JSRA(ジェイスラ)は、その生命体を、コードネーム・ナインと名付けた。


 警備は、警視庁警視総監である相田の直下に特別編成された部隊が担当した。


 数日後、どこから情報が洩れたのか、JSRA(ジェイスラ)は、アメリカの地球外生命体研究所からナインの共同研究を申し入れられる。


 その日までに、JSRA(ジェイスラ)は、ナインに特殊な能力があることを見つけていた。


 政府経由で、圧力をかけられ、JSRA(ジェイスラ)は、共同研究を受け入れざるを得なかった。

 ただし、主導権は、JSRA(ジェイスラ)側にあり、研究も日本国内で行うことを条件として飲ませた。


 数週間の共同研究で、さらにナインの詳細が明らかになる。

 ナインの生活する快適な温度は、5℃と、かなり低温なこと。

 ナインは、感情を持ち、人間と同じように喜怒哀楽があること。

 ナインの脳波を解析することで、意思疎通が出来ること。

 そして、これは、ナインの個性なのかもしれないが、楽観的で、ユーモアにあふれていること。


 研究に停滞感が出始めた頃、アメリカ側の提案で、横須賀米軍基地にあるという、最先端の蛍光X線解析装置で生命体の組成を調べることになった。


 しかし、その計画が実行される日、基地までナインを運んできた警視庁の警備部隊とJSRA(ジェイスラ)のメンバーは、唖然とする。


 米軍基地内で行われるため日本人は、誰も立ち入れないというのだ。

 もはや、未知の生物であるナインを預けるしかなかった。


 そして、ナインは、基地から消えた。



「軍の輸送機で、本土に輸送したとしか考えられない。関係者の間では、その事件を黒い疑惑と呼んでいる。ナインを先に盗んだのは、アメリカの奴らなんだ。本当に、卑怯な奴らだよ」


 相田が言うには、ナインが国家機密として取り扱われることが決まった時、JSRA(ジェイスラ)の警備を担当した部隊は、相田自らが人選したらしい。

 その周りを嗅ぎまわっていたのが、甲賀の忍者だったとのこと。


「きっと、ナインの存在を嗅ぎつけて、アメリカにリークしたのは、甲賀集団なのだろう」


 相田は、自分の部隊の失態により、情報が洩れ、警備も失敗したことを痛恨の極みと思っているようで、これまで見たことの無いほどの、苦々しい表情をした。


「私は、甲賀が憎い……。しかし、表立ってCIAと事を構えたくない。国際問題に発展しかねない……」


「では、甲賀集団に買収工作でもかけますか?」


 戦国時代さながらの忍者家業を生業にしているのであれば、金で動くはずである。より多くの俸給を出した者に仕えるのは当たり前で、例えその指示が、元の主人を裏切ることになっても、まるで意に介さない。


 それが、職業としての忍者の習わしである。


 相田の口の端が、少し上がった。我が意を得たりという、満足げな顔である。


「もし、それができるのなら、やってくれるか、山月。ただし、お前一人で」

「えっ? 私だけで、ですか? 九は?」


「あいつは、甲賀に父親を殺されている。それを知ったら、奴らを壊滅しようとして、手がつけられなくなる。今回のミッションからは、外す」


 山月は、九の性格を思い返す。確かに、甲賀集団の全員を殺して、山の中に埋めてしまうことは、想像に難くない。

 一方で、本物の忍者集団に、山月のようなエセ忍者が、一人で乗り込んでいって、交渉などできるのだろうかという不安がよぎる。


「甲賀と交渉し、この件から手を引かせてくれ。山月、頼む」


 バーのドアが開いて、カップルと思しき男女が入ってきた。一緒に吹き込んできたのは、湿気をたっぷりと含んだ不快な風。


 相田が山月に頭を下げたのは、初めてだった。それほど、相田の思いが強いということだろう。

 山月は、決意する。


 ただ、頬に当たる生暖かい風が、なぜか、山月を不安にさせた。


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