もふもふ王子は、公爵令嬢に愛で勝ちたい
「忌憚ない意見を聞かせて欲しい」
王子は、従者でーー諜報員としての経歴を持つ私に、深刻そうな声色で言った。
「私は彼女とは、婚姻するまで清い関係でいたいと思っているんだ」
「清い関係ーーですか」
すでにある意味爛れた関係では?と心で思っても口には出さない、世の中には立てるべき建前というのが存在する。
「だが私はーー彼女が好きだ、出来るだけ彼女の望みを叶えてあげたい、拒否をして傷つけたくない」
流されるままに令嬢の暴走を止められない王子は、現在の状況を拒否をして収まるという甘い認識でいた。
いや拒否したらしたで、狡猾に罠しかけてくると思いますけど?、姿絵の件を思い出すと拒否される前提で策を打ってきてましたよね?。
「その前提でーー聞いて欲しい、彼女に遠乗りをねだられている」
「向かう場所を人払いして、一時的に人を立ち寄れない場所にしてしまってはどうでしょう?、四方を土魔法の壁で囲んで擬似的な個室を作っても良いと思います、王子ならお手のものでしょう」
「人目がなくなれば、彼女を止めるものが存在しないだろう!?」
いや人目が合ってもどうかなぁ?止まるかなぁ?と不安だから、あなた私に相談しているのでは?。
「個室ならば人目がなければ、何があっても人の口には上りません、なければ世間的には清いままです、王子と令嬢の極限ラブが外に漏れていないように」
「私と彼女の極限ラブが……」
「不安ならば、我々従者とメイド達で人の壁を作りましょうか?、王子と令嬢の極限ラブを楽しみにしているので皆喜びますよ」
「たっ楽しみにされているのか!?」
おっと口が滑った。
「令嬢と共にいる時、王子はとても良い顔をされるのでーー王子の喜びは我々支える者達の喜びです」
「……そうか」
取り繕うと王子は嬉しそうに口元を綻ばせた。
普段は頭の良い王子なのに、なんでこの人、令嬢絡みになると知能指数が下がるんだろう?。
もっとも常にキレッキレで周囲にも自分にも厳しく、威圧感を巻き散らかしていた以前よりも、今のほうが断然良い。
皆に愛されている王子を見るのは、密かに護衛の任を持ち見守っていた側からすると特別に感慨深い思いがある。
それがあの公爵の令嬢なのだというのだから、人間関係というものはわからないものだ。
「それか、王子が令嬢にご要望をなされては?」
私の提案に悩んでいる王子に、私は逆転の発想を投げ掛ける。
「王子が令嬢の望みを叶えたいように、きっと令嬢も王子の望みを叶えたいはずです。望みを先に口に出してしまえばそちらが優先されるでしょう?」
「なるほど、一理ある」
目から鱗とばかりに、王子は頷くと先を促した。
「私は、どんな望みを言えば良いと思う?」
「それは王子にしかわかりませんよ、して欲しいことや令嬢にさせて欲しいことはないんですか?」
「……しいて言えば、私の隣で長生きていてくれるだけで」
「遠乗りで望みとして言うには、だいぶ重いですね」
「うーん彼女にさせて欲しいことか……だいぶハレンチではないか?」
それいつもあなたが令嬢のことハレンチだなーって思ってるってことですか?。
「婚約者同士で、ほとんど婚姻も確定してるみたいなものですし、多少ハレンチでも大丈夫ですよ」
「……僕が、大丈夫じゃない!」
そうですね!極限ラブが!いつも大変ですもんね!。
散々考えた末に食後の休憩時間は終わり、王子は自分の執務室に戻っていった。
結論は出ないようだったが、遠乗りの予定日は明日のはずでーー私は王子の背中に合掌を送った。
で、くだんの遠乗りのことである。
城から馬を走らせて一時間ほどの所、王家の管理する森の綺麗な湖の前で二人は早めのランチを楽しんでいた。
保存の魔法がかけられたバスケットの中には、令嬢自ら作ったサンドイッチが入っており、今日のために腕を磨いて作ってきたものらしい。
「お口に合わなかったら残して下さい」
言いながら、手を差し出した王子の手をさらりと交わして、令嬢はサンドイッチを自らの手で王子に食べさせる。
今回の遠乗りの目的はこれか!、いつもの展開に、ランチの準備のテーブルと椅子を用意してからは後ろへ引っ込んでいた多数のメイドと従者が、王子と令嬢の方へ身を乗り出す。
「……美味しい」
恥ずかしそうにしながら、令嬢が口に運んでくるサンドイッチを、差し出されるままに食べ進める王子。
サンドイッチを咀嚼する動きがぎこちない、ちゃんと味を感じているのか疑問に感じるくらい動きが一定だ。
「そう言っていただいて嬉しいです」
令嬢は上品に微笑み、王子に食べさせていたサンドイッチの残りの一欠片を自分の口の中に納めた。
ーーナチュラルに食べかけの物を食べましたね。
固まる王子の前で美味しそうに咀嚼して、飲み込んだ。
「ああーー今まで食べたものの中で一番美味しいです」
うっとりと官能的に唇を舐めて自画自賛にも聞こえる感想を言い、令嬢は新しいサンドイッチを取り出した。
「おかわりたくさんありますから、好きなだけ食べて下さい、残っても保存魔法がかけてあるので大丈夫ですよ、あまったらお父様が食べてくれるそうですし」
公爵に残飯を食べさせると何でもないように囁いて、令嬢は王子にサンドイッチを運ぶ。
その時、すがるような目で王子に見られた気がしたので、私は王子に手を振り合図を送った。
今こそさせて欲しいことを言うべきだ!と。
「僕も、君に食べさせても良いだろうか?」
「えっ王子がですか?」
思ってもいない展開だったのか令嬢は純粋に驚いて顔を赤くした。
それから手に持っていたサンドイッチを王子におずおずと手渡す。
「どっどうぞ」
「いっいただきます」
ぎこちなく王子が口元に差し出してきたサンドイッチを、令嬢は小さな口を広げて食べた。
可愛いらしい顔を綻ばせて、本当に嬉しそうに食べている。
一口は小鳥のようだが、わりと早いペースで王子が持ったサンドイッチは減っていき、再び最後の一欠片になった。
「あっ」
それを、王子もまた食べた。
「……君の気持ちがわかった、自分の手が触れた所を食べられるのは少し恥ずかしいな」
「ええ……ちょっと恥ずかしいですね」
サンドイッチを持っていた自分の手を見て、二人は笑い合った。
和やかな雰囲気に、私は王子と話した作戦の成功を感じとり小さく手を握りしめ。
「ちょっちょっと待って欲しい、ここは人目が……」
「王家の管理する森は、予め人払いすればよほどの緊急でない限り、人目を気にせずにゆっくり出来ると伺いましたが?ーーそして今日は人払いがしてあると」
「彼女に入れ知恵したのは誰だ!」
食事を終え、湖の近くの白詰草の咲く花畑で会話をしていた二人は、いつの間にか令嬢の膝に王子が膝枕をしてもらうという状況になっていた。
美しい風景に楽しい食事、愛しい人がいれば触れたくなるのは当然だ。
そう言わんばかりに、大自然の中で、令嬢の細い指先が王子の顎下を 耳の付け根をやわらかく撫で回し、繊細な動きでーーとにかく大暴れだった。
王子はもうここがどこだか忘れたように、とろんとした目つきで気持ち良さそうに喉を鳴らしている。
あの作戦はどうしたんですか王子!?と一瞬思ったが、きっと今して欲しいことやさせて欲しいことを口にすれば、もっとハレンチになるような気がしたので、私は合図を送ろうとした腕をそっと下げた。
今日も極限なラブが大暴れで、息たえだえの王子が大変そうでしたが、二人とも幸せそうなので良いことだと思いましたまる。