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狭い部屋との別れ

作者: さゆり

おととい、3年半住んだマンションの部屋を引き払った。


1LDKにしては家賃が高かったけれど、コンシェルジュがいたり共有のPCスペースやキッズスペースがマンション内にあったりと便利だった。特にPCスペースがあるのは在宅勤務にはとても助かった。


子どもが生まれて「さすがに狭い」と思い引っ越しを計画。

母に息子を見てもらったり抱っこ紐をしたまま内見すること十数件。ようやく新居が決まった。


新しい街は子育て世代が多くて、駅前にはお店がいっぱい、ショッピングモールなんて2つもある。

大好きな本屋さんも映画館も歩いていける距離だし、治安も良さそう。便利で住みやすそうだな、と思う。


でも、寂しい。寂しくてたまらない。

引き払った1LDKには思い出がありすぎる。結婚が決まって、一緒に決めた最初の新居だった。

嬉しいことも悲しいことも、たくさんの初めてが詰まっていたのだ。


友だちが遊びにきてくれて、ご飯を食べてお酒を飲んだ。

仕事が終わらなくて徹夜した夜、気づいたら床で寝たまま朝を迎えた。

コロナ以降は海外旅行が恋しくて、狭いキッチンでたくさんの多国籍料理を作った。

妊娠に喜び、体の不調に嘆き、ソファに横たわっては夫にひたすら背中をさすってもらった。


息子が泣きやまない夜、夫と交代で抱っこして部屋中を歩き回った。

狭い、狭いあの部屋で。


50平米にも満たない部屋だった。でも、2人の生活が確かにそこにはあった。


部屋に意思があるとするならば、私たちは決して最良の住人では無かったと言うだろう。

掃除をサボったこともあったし、最後の方なんて狭いねぇ、引っ越したいねぇとぶつぶつ文句も言っていた。だが狭い部屋のおかげでいつも隣に夫がいたし(喧嘩しても仲直りが早い)、マンションの綺麗な設備のおかげで寒い季節でもロビーに入ると心がホッとした。旅行から戻っても「帰ってきたなー」としみじみ思えた。


小さくても愛おしい自分たちの「家」だった。



一転して、新しい家はまだどこかよそよそしい。


家も私たちも互いに様子を伺っているような気がする。

新しい住人(30代男女と0歳)のことをどう思っているのだろう。

うるさくなるだろうな、と訝しんでいるだろうか。


今の家は築年数が古く、以前のマンションのような立派な設備はない。だが部屋数は多く、リノベーションした室内はピカピカだ。広いのに家賃が高すぎないところと、家の前に桜並木があるところが気に入っている。


部屋の隅に転がる段ボールを片付け、家具やお気に入りのものを少しずつ揃えていこう。そして今までのように部屋中を生活で満たしていくのだ。


いくつか季節が過ぎる頃、生活は思い出に変わるだろう。

その頃にはきっと、ここは私たちの大切な「家」になる。


3年半もの間私たちの暮らしを守ってくれた家よ、ありがとう。

これからもあそこが誰かの大切な居場所になりますように。

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