精神年齢の求め方
「精神年齢なんて、単純に生きた年齢だけでは言えないんじゃないか?……内面に関してはさ、大人っぽい子供もいるし、子供みたいな大人だっているだろ?」
パトリックにそう言われ、私は頷くしかなかった。
た、確かに……それは、そうかも……。
「じゃあ私……精神年齢は28歳くらいなのかも?」
「いやぁ……。どーかなぁ……?」
意味ありげにそう言われて、ムッとするとパトリックはクスクスと笑い出す。
「ちなみに、いちいち顔に出るのは精神年齢が低いって事らしい。」
……。
私は自分のふくらましかけた頬を、とりあえず揉んでリラックスさせてみる。
いかんいかん、怒っては駄目だ。
「それと……ユーフェミアが前世の記憶を思い出したってのは、本当なのかも知れないけど……。」
パトリックは静かな口調でそう言いながら、私を再び見つめて続ける。
「だけどさぁ、……その記憶って、なんだと思っている?」
「え……?……なにって……???記憶は記憶じゃないの???」
パトリックの言いたい事がよく分からず、単純にそう答えると、パトリックは呆れたような溜息を吐いて、私の額を指でつついた。
「ユーフェミア……。もう少し深く考えて答えろよ……。考えなしってのは、精神年齢の低さのうちだぞ?」
「……なにそれっ!」
「あれー?……せっかくリラックスさせた頬が膨らんできたぞ?大人はここは我慢じゃないか?!」
「う、ううう……っ!」
膨らまないよう、自分で自分の頬を押さえてパトリックを睨むと、プッと吹き出された。
……な、なにがおかしいのよ!!!
「……やっぱり、あんまりお前、前世とやらを思い出したのに変わってないぞ?」
「そ、そんな事ないもん!バッチリ記憶は戻りましたぁ!」
「うーん、だからさぁ、それなんだよな……。ちょっと言わせてもらうな?……前世とやらのユーフェミアだった人物と、今のユーフェミアって、本当に同じ人物か?」
「……は???」
「そーだなぁ、……じゃあ容姿はいまと同じだったか?」
「それは違うよ???」
前世は日本人だもの、黒目黒髪でしたし……こんな美少女ではありませんでした。
乙女ゲームのチビッコお邪魔キャラの私は、そりゃ可愛い顔をしてますからね?……だからこそ、プレイヤーをムカつかせて、イライラさせる良いスパイスになるんじゃない……。
「じゃあ、前世のお前と、必ず同じ選択をするのか?」
「え……と……?」
ど、どうかな……?
すでにユーフェミアとして育ってきてるし、その記憶がなくなった訳じゃないから、必ずとは言えないかも……?
たとえば、食べ物の好みは変わってると思う。
日本人だった頃は食べた事もなかったし、食べてみたいとも思わなかったけど、今の私の大好物はウサギ肉のパイだ。逆に今となっては、生魚とか食べるの、ちょっと嫌な気がする。
「必ずとは言えないかも……?」
「そうか。……そうなるとさ、ユーフェミアの前世の記憶って、すっごくボリュームがある、ある人物の伝記を読んで知ったってのと……そう、変わるか???」
「え、ええっ……?で、でも???」
「だってさ、前世とは考え方なんかが変わってるんだろ?……だとしたら、それって、すでにお前か……?」
?!?!
あ、あれ?……そ、そう言われると、何だかよく分からなくなってきた……。
「だ、だけどさ、知識があるって違うじゃない?たとえば、こうしたら駄目だったとか、上手く行ったなって経験則から予測して、より良い方を選べるようになったりさ……?」
「じゃあ、ユーフェミアは最適だと思う方が、すごく嫌な選択肢だとして、そっちを簡単に選べるのか?」
「そ、それは……分からない……けど。」
「さっきも、怒らないって自分に言い聞かせたけど出来なかったよな……?」
「……。」
も、もしかして、前世の知識の記憶があるからって、それを今の私が正しく使ったり、前世で大人だった時みたいに振る舞う事が出来るとは限らない?
こうすべきって頭では分かっていても……そう出来ない???
あ、あれ???
視線を彷徨わせてからパトリックを見つめると、パトリックはニンマリと笑った。
「知っているって事と、実際に自分が出来る事は違うんだ。……つまり、ユーフェミアはやっぱりお子様だから大丈夫なんだよ。……ま、俺とはお似合いって事だ。」
……そ、そうなんだろうか???
◇
なんとなく……パトリックに言いくるめられた感じで……私たちの婚約は、その数ヶ月後には正式なものになってしまった。
ううう……本当に、これで良いのだろーか???
私、やっぱり心は大人だと思うんだけど?!
なのに子供と婚約しちゃうとかさ……これ、倫理的に大丈夫なの?!
……。
「……はぁ、なんか流された感がすごい。あと罪悪感も。」
「そうか?」
婚約を記念したちょっとした会食の後で、私はパトリックと二人きりにされてしまっていた。……いわゆる、後は若いお二人で状態だ。
まあ、大人たちはそれを口実にして向こうでお酒を飲んでいるとも言えるけれども……。
サロンのテーブルに突っ伏しながら嘆くと、パトリックはのんびりとお茶を飲みながら答えた。
「パトリックはさぁ、なんか思うところはない訳?!私、中身はおばさんだよ?!」
「またそれかよ……。ユーフェミアには俺と結婚するメリットを伝えたよな?それに中身が大人だって言うなら、むしろ割り切れよ。」
「……。」
確かに……。
「考えすぎなんだよ、気楽にいこう。結婚だってだいぶ先の話だろ?」
「……うーん……そ、そうだけど……。」
「それに……。俺の家もユーフェミアの家も聖騎士の家系だ。聖女様は我が家に嫁いだし、下手な奴に聖女様を利用されない為にも、俺らが結婚相手として相応しいってのも、分かるだろ?」
聖騎士かぁ……。
パトリックの家は水の聖騎士の家系だが、私の家は風の聖騎士の家系なんだよね……。(あんなんだが、ニコラス兄さまはアンジェリカ様の風の聖騎士をやってるし……。)
私は、乙女ゲームの事をボンヤリと思い出していた。
◇
終わってしまったとはいえ、ここは乙女ゲーム『聖女と約束の騎士』の世界だ。
このゲームは、育成ゲーム的な乙女ゲームで、ある日突然、聖女の神託が降りた普通の女の子(普通とかいいつつ、性格の良い可憐な乙女。ま、乙女ゲームあるあるですね。)が聖騎士と呼ばれる四人の騎士に守られつつ、聖女としての心得を教えてもらいながら、立派な聖女となって行くってのが、メインのストーリーだ。
この世界には、各国に聖女様がおり、その聖女様が立派であればあるほど、天候や気候が安定し、大地に恵みをもたらすとされている。だから、聖女に選ばれたら聖騎士の指導の元で、しっかりと学ぶ必要があるのだ。
火の聖騎士は聖女としての力を高め、
水の騎士は聖女としての知を高め、
土の聖騎士は聖女としての心を高めて、
風の聖騎士は聖女としての魅力を高める……そうだ。
ま、簡単に言うと、火の聖騎士は体育の先生で、水の聖騎士が座学全般の先生、土の聖騎士は道徳や倫理の先生で、風の聖騎士はマナーや教養の先生……とでも言えばいいのかな……?
立派な聖女とは全ての精霊の加護と、光の精霊の加護を受けた状態であり、ゲームの中ではそれぞれの聖騎士から学ぶ事によって、加護のパラメータが上がっていくって仕組みになっている。
そして、聖女にはライバルがいる。
それが闇の加護を受けたもう一人の聖女だ。(闇の聖女だからって、悪者って訳ではない。あくまでライバルだ。光溢れる昼も必要だけど、ゆっくり休める闇の夜だって大切でしょ?)
あちらにもそれぞれ別の聖騎士が付いていて、どちらか一方が正式な聖女として選ばれる事になる。
正式な聖女として選ばれなかった場合は、どんなにヒーローとの好感度が高くても、ヒロインは一人寂しく田舎に帰る事になる。
つまり、ダスティン様エンドを迎えたって事は、アンジェリカ様は正式な聖女様になったって事なんだよね……。
聖女様は信仰の対象でもあり、多くの民衆から憧れられ、崇められている存在なのだ。王族か、下手したらそれ以上に大切で高貴な存在とされている。だから聖騎士たちが常にお守りしているのだ。
つまり、それを狙って近づいてくる人たちもいっぱいいる訳で……。
「ま、この先、ユーフェミアに言い寄ってくる男ってのは、聖女様やお前の兄上である聖騎士ニコラス様を利用しようとしてるヤツかも知れないって事だ。……早い段階で、ボンヤリなお前にしっかりした婚約者として俺を宛てがっておくのは、とても正しい。ユーフェミアは顔が良ければフラフラっとなりそうだしな……。」
「ちょ、ちょっと……私、大人だし、フラフラなんかしないよ?!……人を見る目はあるもん!」
「どーかなぁ……?」
「パトリックこそ、お子様じゃん!……自分こそその辺どーなのよ!美人が来たらフラフラしそうじゃん!」
私がそう反論すると、パトリックは満面の笑顔で答えた。
「安心しろ、俺はユーフェミア一筋だからな!浮気なんて有り得ないぞ?」
……。
なんなんでしょうね、この自信。お子様だからこそ……なんですかね?