婚約者ガチャ
えっ……と……。
パトリックの言葉に、私は目を見開いた。
……いやいやいや、色々とマズいでしょ、それ。
一瞬、ドキッとしてしまった自分を、妄想の自分で殴る。
だって私はさっき『成人していた記憶』を思い出してしまった、中身が大人の子供なのだ。……何も知らなかった今まではともかく、さすがに、12歳の少年と婚約とか、その先を誓うとかは考えられない。
だって私、ショタコンってヤツではありませんから。
いたってノーマルな……ただのイケメン好きなんですから。
少年ならむしろ、おじさまの方がありな感じ。
「ダ、ダメってか……。」
戸惑いながら、そう言うとパトリックが悲痛な顔になる。
えええぇ……。
てかさぁ、パトリック……あ、貴方……私を好きだったの???そっちも、かなりの衝撃なんだけど……???
だって、パトリックはずーっと最高に気が合う遊び相手だった。ほんと、親友って感じで……。だから、パトリックから異性として見られていたなんて、驚きしかないよ。
女の子にしては活発すぎる私と、男の子にしては大人しめのパトリックは、好きな事がとても似ていた。
パトリックは男の子だけど、図鑑やら冒険小説なんかの本が好きで、体を使う激しい外遊びはそこまで……って感じだったし、私も私で室内で遊ぶならお人形遊びよりも、かくれんぼやボードゲーム、本もお伽話よりも図鑑や冒険小説の方が好みだった。
……。
まあ、今の私ってばお人形さんみたいな美少女だから、パトリックが私に惚れちゃうのは仕方ないのかもしれない。(乙女ゲームのヒーローの弟だけの事はあって、パトリックもなかなかの美少年ではあるけれど。)
それに、パトリックは、出会った時から私を婚約者候補だと認識していたみたいだし……。超絶可愛い美少女(私)が自分の未来の嫁だったら……。
うん、うん。……まあ、分かる。
「今すぐって話じゃないぞ?……結婚とかは、少なくとも5、6年後の話なんだ。でも、その頃にはさすがにユーフェミアも、兄貴への気持ちだって薄れるんじゃないか?……だ、だからさ、な?」
パトリックが言い縋る。……随分と必死だ。
つまり……それほどまでに私が大好きなんですね……。
今まで気づいてやれなくてごめん!!!
……ああ、なんて私ってば罪つくりな女なんだろう。
幼いパトリックからこんなに私に思いを寄せられていたのに、まるで物語のヒロインばりの鈍感力を発揮して、彼の兄に思いを寄せていたなんて……!
今まで私はどんだけ、パトリックを苦しめてしまったのだろう。鈍い私は散々パトリックにダスティン様といい感じになれるよう協力させまくっていた。
なのに、パトリックは嫌な顔もせず(呆れた顔はしていたが。)いつも協力的だった……。
だけど……その顔の裏でパトリックは……。
ああっ!!!
なんて健気な男の子なんだい、パトリックゥ………!!!
……。
コホン。
……しかしながら、私が言いたいのは、そういう事ではない。
私が今や中身は大人になっているので、お子様なパトリックはさすがに無理だよって話なのだ。
「パトリック、あのね……パトリックの気持ちは嬉しいのだけど、私ねさっきも言ったように、気持ちが大人になってしまって……。だから、子供のパトリックの事はそんな風には見られないと言うか……。」
これ以上パトリックを傷つけないように、私がやんわりと断りの言葉を口にすると、パトリックはイライラとした様な顔で私を見つめた。
……ん?
「だからさ、今すぐ結婚とか言ってないだろ?5、6年先って今さっき話したよね?……ユーフェミア、ちゃんと俺の話聞いていたのか?」
「え、ああ、そっか……。」
……いやいや、そうではない。
イラつくパトリックに強く言われ、思わず同意してしまったが、そういう話ではなくてね???
話を軌道に戻そうと口を開きかけると、パトリックが真剣な顔で私を見つめた。
「ユーフェミアってさ、よく話の最中にぽけーってなるけど、そういうの良くないんだぞ?人の話はちゃんと聞かないと。……来年からお前は寄宿学校入るんだろ?なら、もっとしっかりしないと……!」
「ち、ちがう!ぽけーっとしてない!大丈夫だもん!……私はね、パトリックが私を好きだったという事実に驚いてただけなの!」
思わずカチンときて言い返す。
確かに昨日までの私は完全なお子様でしたが、今やパトリックにフォローされるような私ではありません。
てか、同い年なのにパトリックって、なんだかいつも私の保護者気取りなんだよね?!お母様みたいなお小言はやめてよね!
「え?ユーフェミア、お前……俺に嫌われてると思っていたのか?!……なんでだ???」
驚いた顔で見つめられるが……。
だから、それも違うって。話をしっかり聞くべきはパトリックもだって!!!
「だーかーらー、違うよ!……パトリックに嫌われてるとかは思ってない。そういう意味じゃなくて……。私の事をパトリックが結婚したいって思うくらい好きだったってのに驚いたの!」
「んんっ?……俺たちは婚約者候補なんだから、結婚できるかどうかだろ?ユーフェミアだって俺の事は嫌いじゃないよな?俺はお前の事、結構好きだぞ?……兄貴の事はもう諦めるしかないし、なら俺とでいいだろ?……大人になったら、俺だって兄貴みたいに格好良くなるんじゃないかって、話だよ。俺ら、似た顔立ちの兄弟だし……。」
「え、えーっと……???」
ん、ん、ん???……あ、あれ???
なんか違う???
パトリックの言う好きって、私の思ってる好きと合ってる?
私が首を傾げると、パトリックも合わせ鏡のように首を傾げた。
「……じゃあさ、逆に聞くけど、ユーフェミアは俺と結婚しなかったら、どうなると思うの?」
「へ……?」
「俺との縁談がまとまらなかった場合、おじ様はユーフェミアに次の相手を探してくる。それはどんなヤツか分からない。それは俺も同じなんだ。……貴族の結婚は家の縁を繋ぐのが目的だ。兄貴みたいに好きになった女性と結婚出来る……なんてのは、滅多にない。あれはお相手が聖女様だから叶った話だ。つまり、俺は……幼馴染で気が合うし、気心の知れているユーフェミアが婚約者になってくれたらラッキーだって、ずっと思ってきたんだけど……?」
目をぱちぱちと瞬かせてると、パトリックも同じように目をぱちぱちとさせている。
「……えっ……と……。……そんなの、考えてなかった。」
「全く、ユーフェミアはお子様だなぁ。……まあ、俺が婚約者候補なのを知らなかったし、仕方ないかも知れないけれど。……でもさ、とっとと俺を選んでおくべきだと思うぞ?断ったら、まるで気が合わなかったり、意地の悪いヤツと夫婦になるかも知れないんだからな?……それ、すげーしんどいと思わないか?」
「た、確かに……。」
優しいお父様の事だ。死ぬほどゴネればパトリックとの話はなくなるだろう。……だけど、だからと言って家のために結婚をしなくて良くなる訳ではないのだ。
多分……これはアレだ。「婚約者ガチャ」ってヤツだ……。自分では選べない。何が来るか分からないドキドキの人生をかけたガチャだ。
パトリックが嫌なら引き直しは可能。
お父様は甘々だから、あと2回くらいは引き直しさせてくれるかも知れない。
……だけど。
パトリックもそれは同じだろうから、やっぱりパトリックが良かった……は通用しない。
う、ううーーーん?!
どうする、私?!?!
パトリックが言ったように、これを断ったら意地悪な人や、話がまるで合わない人と結婚するハメになるかも知れない。……それに、本人はそうでなくとも、その家族とはダメかも知れない。
……その点、パトリックなら安心だ。
小さな頃からお互いの性格はよく知っているし、アウレウス伯爵(怒らせると怖いけどね。)も夫人もすごく良い方で可愛がってくれている。兄は素敵なダスティン様で義理の姉は聖女でお優しいアンジェリカ様。
……いじめられたり、いびられる要素がまるでない。
大人の記憶を取り戻したからこそ、パトリックの言っている利点が、すごく魅力的に思えてくる……。
私はゴクリと唾を飲み、パトリックに言った。
「分かったわ、パトリック。……将来、私たち結婚しましょう。ただ、パトリックには話しておきたい事があるんだけど、いいかしら……?」
しかし、結婚するなら尚の事……パトリックには私が大人の記憶を持ってる事を話さない訳にはいかないよね……?




