精霊の泉でプロポーズ
「あ!そうだ!俺、いいとこ連れてってやるよ。庭の奥に綺麗な泉があるんだ!光ってるんだぞ?……ずっと見せてやりたいと思っていたんだ。……でも、夜しか光らないし、なかなか難しくてさ!」
パトリックの家の庭の……光ってる……泉???
ああ!
あった、ありましたね!
乙女ゲームの中で、ダスティン様ルートのハッピーエンドが確定すると、ヒロインである聖女様にダスティン様がプロポーズするのが、アウレウス家が水の聖騎士たる所以でもある『水の精霊の泉』だ。
水の精霊の集う泉は、アウレウス家が代々守ってきた聖なる場所でもあり、蛍のように光る精霊たちが集うスチルはそれはそれは幻想的でロマンチックで……。
……くうっ!!!
私の知らないところで、ダスティン様はアンジェリカ様にそんなロマンチックなプロポーズをしたんですか……!
なんですか、それ……羨ましすぎる……!!!
……。
この際さ、年齢的に当て馬になっちゃうのは仕方ないとしよう。
でも、ならさ……せめて、ダスティン様ファンとして、そういったスチルになるようなシーンだけでも、覗き見とかしたかったんだけど?!……リアルスチル集めしたかった!!!
私は、美麗だったスチルを思い出し、地団駄を踏みたい気持ちになった。
だってさ、全て終わってるのだ!
つまり……全部……見逃してる!!!
覗き見すら不可!
……。
だからさぁ、神様!
タイミングって言葉知ってる???
全部終わってから転生者だ、乙女ゲームだって分かったところで、なんの役にも立たないですけどーーー?!
だけど……。
「……行きたい!てか行く!!!」
せめてそれならば、聖地巡礼だけでもしてやろうと心に決めた私は、血走った目でパトリックに詰め寄った。
「なんか、すごい気迫なんだけど……?!」
「それ見たら、少しは元気出そうな気がするんだもん!」
「よし、じゃあ行こうか!」
パトリックは笑いながら、手を差し出す。
「……ん?」
「手を貸してやるんだよ!……ユーフェミアは転ぶからさ!」
「なっ、何で私が転ぶって前提なのよ!」
「だってさ、ユーフェミアって……鈍臭いだろ!」
パトリックは笑いながらそう言うと私の手を握り、薄暗い庭の奥へと踏み出し……すぐにパトリックの方が、ガクッとコケた。
パトリック……?!
「えええ……。パトリックだって、鈍臭いじゃん。私が手を握っててあげたから、今の転ばずに済んだんだよ?……感謝しなさいよね?」
「あははは。……俺、カッコ悪いや!ありがとな、ユーフェミア!」
「どういたしまして。」
笑うパトリックの手を、ギュッと握ると、パトリックは嬉しそうに目を細めた。
まったく……これだからお子様はっ……!
◇
「うわあぁぁ!!!すっごい綺麗!!!神秘的な所だねぇ……!!!」
庭の奥にある精霊の泉にやってきた私は、あまりにも美しい光景に、思わずそう叫んでしまった。
乙女ゲームのスチルなんかより数倍すごいんですけど?!さすが、リアルとでも言うべきか……解像度が半端ない……!
スチルでは、沢山の蛍が飛び回っているような感じに描かれていたが、実際は、それよりも大量の精霊が泉や私たちの周りに集い、それはまるで光の波に飲まれたかのようだ。
……ちなみに、精霊ってのは思念体だそうで、捕まえたりする事は出来ないし、絵本に描かれる妖精みたいに人の形をしていたりする訳ではない。
でも、ちゃーんと意志があるから、嫌われるような事をすると(たとえば泉を汚したりね?)スーッと消えてしまうんだって……。
「な、すっごく綺麗だろ?……元気出たか?!」
「うん。すごい!……元気出た!連れて来てくれてありがとね、パトリック。……すごく綺麗な場所を見せてくれたんだよって、後でみんなに自慢しちゃおっと!」
私がそう言うと、パトリックがバッと私の肩を掴んだ。
ん???
「そ、それは……。ちょっとダメだ……。」
「え?……ダメ?……なんで???」
「だってここは、アウレウス伯爵家の奴以外が踏み込んではダメな、とても神聖な場所なんだ。……だから、ユーフェミアをここに連れて来たって事は、一応ヒミツな?」
パトリックの爆弾発言に、私は思わず固まってしまった。
え……?!
じゃあ……コ、コレ……ヤバいヤツでは???
だって、パトリックのお父様……アウレウス伯爵は、怒るとすっごく怖いのだ。パトリックと悪戯して、雷を落とされたのは一度や二度じゃない……。
あ!伯爵様を怒鳴らせるような悪戯をするなよ……ってのは、この際聞き流して欲しい。
「じゃあ、私なんか連れて来ちゃダメじゃない!コレさ、バレたらおじ様に怒られちゃうんじゃない?!」
「で、でも……元気出して欲しかったし、ユーフェミアはギリセーフな気もするから、思い切って連れて来たんだ。お前って……家族みたいなモンだし……。」
「な、なにそれ……私が、ダスティン様に妹みたく思われてるから?」
非常にムカつくけど、披露宴もそんな感じで特別に招待されたんでしたっけね……!
改めてそう言われると、なんだかカチンときて、ムッとしてしまう。
「いや……それは違うぞ?……あ、あのさ……。あの……。」
パトリックはそこまで言いかけると、急に黙って俯いてしまった。
「んんっ?なーに???どーしたの?パトリック?」
顔を覗き込んでみると、パトリックはすごく悩ましい顔をして考え込んでいた。
???
「……あ、あのさ、俺の親父と、ユーフェミアんとこのおじ様は、昔から俺たちを結婚させる気なんだ。俺たちさ……実は、遊び相手じゃなくて……婚約者候補なんだよ。」
「へっ……?!……う、嘘っ?!」
パ、パトリックが婚約者候補?!?!
「嘘じゃない。俺は初めてユーフェミアに会った日に、両親からそう説明されてる。」
「わ、私は、そんな説明されてないよ?!」
そう反論すると、パトリックは私をジットリと睨んだ。
「そりゃあ、そうだ。……最初、両親は俺たちの相性を確認してから正式にって話してた。ほら、あまりに性格が合わないと、不仲で苦労するだろうからって。……だけど顔あわせ早々、お前は兄貴に一目惚れしたって騒ぎ始めて……。」
あー……。
そ、そんな記憶、ありますね……。
みんな微妙な顔をしてたけど、その時の私は運命の出会いに夢中でした。……7歳やそこらだったし、前世の記憶もありませんでしたし……えーっと……その……。
「だけど、ユーフェミアは兄貴に惚れた!って騒ぎつつも、俺とも仲良く遊んでいたろ?」
「それは……まあ。私も遊びたい盛りでしたし?……ダスティン様は『弟と仲良くしてやってね?』とか言って、すぐに外してしまったし、遊んでくれる感じはゼロだったもの、そうなるわよね。」
「うん。だから、この話は無くならなかったんだ。兄貴も全く相手にしていないし、そのうちお前も諦めるだろうからって……。……でもユーフェミア、どんなにあしらわれても、めげずに兄貴を追いかけてたろ……?だから……知らされてなかったんだよ……。」
「そ、そうなんだ……。」
だから、ダスティン様はすごく可愛がってはくれているのに、何となーく距離があったのか……。
うん。
……それはそうなるよね。私が子供だってだけじゃなく、弟の婚約者候補でもあったんだもの……。
いくらおねだりしたって、お花ひとつ贈ってくれない訳だわ……。妹だと思っているなら、お花くらい良いじゃない?!って、ちょっと思っていたんだよね?
兄さまなんか激チョロなのにさぁ……。
私が肺の奥底から溜息を吐き出したと同時くらいに、パトリックが口が開いた。
「なあ、ユーフェミア。……俺、大人になって、格好良くなる。だからさ……俺じゃダメか?……正式な婚約者になって、将来、俺と結婚して欲しい……!」
……。
真剣な顔でそう言ったパトリックの言葉に、私は思わず息を呑んだ。