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孤独な新婚さん

 カチャ……カチャ……。


 無言の空間にかすかなカトラリーの音だけが響く。


 カチャ……カチャ……。


 ……。


 ……。


 私は今……結婚祝いの豪華なディナーをアーサー様と2人無言で食べている。


 このディナーは、結婚したものの式も披露宴もしばらく出来ないからとアーサー様が気を利かせて用意してくれた、それはそれは豪華なディナーで、結婚を祝う意味でか、あらゆる料理にハートの飾りが付いている。


 それを……何故かアーサー様と食べている。


 いや、何故かって事はない。


 パトリックが帰っちゃって、このハート満載ウエディングディナーを1人で食べさせるのは流石に可哀想だと思ってくれたのだろう、お優しいアーサー様はこうして付き合ってくれているのだ……。


 私とアーサー様の真ん中には、ミニウエディングケーキまでもが置かれており、それには私とパトリックの名前と共にハッピーウエディングなんて書かれている。


 あはは。

 まるでハッピーではないんですが。


 もうさ、アーサー様とケーキ入刀しちゃおっかな。

 このハッピーの文字あたりにグサァと。


 はぁ……。非常にむなしい。


 アーサー様も非常に気まずいのか、粛々と食事を続けている。


 カチャ……カチャ……。


 ……あ!


 ふと見ると、アーサー様は付け合わせのハートのニンジンを真っ二つに切って食べている!


 怨みがましく見つめると、ハッとなったアーサー様が、慌ててスパークリングワイン(ロゼ)を呷るように飲んだ。


 そのワインにもハート柄に切り抜いたフルーツが入っている。「気をつけてお飲みくださいね」と、目で訴えると、アーサー様は目を見開き、グラスをそっとテーブルに戻した。


 ……。


 なんでこんな事になってるんだろ……。


 まあさ、パトリック、帰っちゃったし、仕方ないのは分かるよ。一人で食べるよりマシなのもね……?


 だけどなんだか、ジワッと涙が滲んできてしまうんだけど?

 ファイトだ、私。大人でしょ、泣いちゃダメだ。


 パトリックが、パトリックがぁ……!!!

 あいつがお子様すぎるだけなんだよ……っ!!!


 私は膝にかけたナプキンを、ギリギリッと握った。


「……ユウちゃん……その……。物理のテストはしょうがないよ……。」


 無言に耐えかねたらしく、アーサー様が口を開いた。


「はぁ……?」


 思わず、アーサー様を睨みつける。


 八つ当たりかも知れないが、ここは私を励ますべきであって、パトリックを庇うのは違うと思うの。


「ユウちゃん……口、開けたまんまで睨まないでよ。……僕もさ、アルカエラ校だったからさ、分かるんだ。物理のヘリコ先生はすっごい難問を出す事で有名だからね。実力が拮抗していたら物理を制する者が首席になるってのは、アルカエラ校あるあるで……。」


「新婚の奥さんよりも、首席なんですか?」


「いやいや、知らない、知らないよ!僕はパトリック君の気持ちなんか分からないからね?!……ただ、物理のテストは大事なんだよねって、そういう話だよ。……結婚の話はさ、急に決まったんだから、仕方ないんじゃないかな?」


 ……仕方ない……。


 その言葉に、ボロッと涙が落ちた。


 浮かれていて気付かなかったけど……そういえば私、パトリックに好きとかっては言われてない。


 お互い誠実に仲良くやっていこうってはなったけど……それって、結婚したら、当たり前っちゃー当たり前の事じゃないか……。


 つまり、パトリックは……別に恋愛的な意味で私が好きではないの……かも。


 私はパトリック好きだから、勝手にパトリックもそうだって思っていたけど……パトリックに、そういう好きな気持ちは……ないのかも知れない。


 ……。


 たとえば、私だってアーサー様とは最近はずっと一緒にいるから仲良くしている。

 好きか嫌いかで言ったら、絶対に好きだけど、恋してはいない。

 もし、あのままアーサー様と婚約して、結婚したら……恋愛的な好きではないけれど、アーサー様とは仲良くやっていきたいと思っただろうし、アーサー様を悲しませるような不誠実な事だってしたくないと思うだろう。


 つまり……パトリックもそういう事なのでは?


 それに気づくと私の涙を堰き止めていたスーパー堤防は、呆気なく決壊してしまった。


「うっ、うう。うわーーーん!!!……ヒクッ。グスッ。」


「えっ?!ええっ?!と、突然泣かないでよ、ユウちゃん!!!」


「だっ、だっでぇ……。うっ。うぐっ。アーザーざまぁがぁ……ひくっ。し、仕方なぐっでぇ……言っだぁ……!」


「違う、違うって!……今のはパトリック君がユウちゃんと仕方なく結婚したとかって意味じゃなく、急に結婚が決まったから、予定があるのは仕方ないねって話だよ!……泣くなよぉ。……泣き方までニコラスにソックリすぎて引くんだけど……。」


 アーサー様の言葉に、涙が一瞬止まった。

 兄さま、アーサー様の前で泣くんかい……。


 人前で泣くなんて、兄さまには男のプライドってモンが……まあ、ないか。……ないな、それが兄さまだもの。


「ユウちゃん、明後日だよ!……明後日は、僕が1日いないから、パトリック君と過ごしてもらう事になる。そしたらゆっくりお話できるだろ?……それに夜!夜も泊まってもらわなきゃなんだよね?その日は僕、遅くまで帰れないから。……だからさぁ、泣かないの。寂しかったよね?気持ちはわかるよ。」


 アーサー様は隣までやってくると、手慣れた感じで背中を撫でて励ましてくれた。


 これ……兄さまにも、よくやっているのだろうか?


「ざみじがっだですゔ……。ううっ、ヒクッ。……アーザーざまぁ!わだじ、ぞじだら、明後日の夜ばバドリッグどぉ、絶対に励みまずゔ……!」


 くそぉ……パトリックめ。

 ならば体から落としてやる……!


 兄さまからはGOが出ていますし、夫婦なんで何も問題もありません。そもそも、16歳の男の子なんて、やりたい盛りに決まってます。


 だから私が、大人の魅力でパトリックを誘惑して……ヨシ!!!


「え?!……えっと……。……ま、まあ……進捗……期待してるよ……。」


 お上品なアーサー様は引き攣った笑顔でそう言った。




 ◇




 そして、待ちに待った「明後日」がやって来た。


 ……が。


 いくら中身が大人とはいえ、前世も男性経験がゼロだった私に……パトリックを誘惑するなんて事は、非常に難しく……今私たちは、大人しく一緒に学校の課題に各々で取り組んでいる。


 え?……大人の魅力を出すんじゃなかったのかって?

 えーっと……それって何処で買えますかね?


 あー、Amaz○nですかぁー。

 残念!!!この世界にAmaz○nはないんですよー。


 ……。


 話を戻そう。


 パトリックにアーサー様とは普段は何をしていたの?と聞かれて、学校に行けないから課題をしていたんだと話すと、じゃあ勉強しようか……という話になったのだ。


 パトリックも私の護衛の為に学校を休んだから、課題が出ているんだって。


 で……お勉強会が始まったのだが……。


 あ、あれ???


 なんかコレ、アーサー様とのお勉強会の方が、はるかにイチャついてなかったかい……???


 アーサー様とのお勉強スタイルは横に並んで座って、隣で説明してもらいながら課題を進めていくという『ドキドキ放課後に先輩とお勉強デート』なスタイルだ。分からないところは質問したりできるし、アーサー様も「理解できてるかな?」って聞いてくれたりするし、お茶を飲みながらの、非常にリラックスした雰囲気でもあった。


 しかしながら、パトリックは私の正面に座り、黙々と自分の課題をこなしている。

 言うなればこれは、『図書館の学習室でテスト前のガチなお勉強会』スタイルである。

 もちろん図書館スタイルなので、私語・飲食は禁止だ。


 チラリとパトリックを見つめると、難しい顔で課題を見つめた後に分厚い教科書を取り出し、調べ始めた。

 しばらく教科書を見つめ考え込むと「あっ。」と小さな声を上げて、問題をカリカリと解き始める。


 ……。


 えっと……。まるで、話しかけられる雰囲気がないんですが……?!邪魔をするなと、空気までもが言っていますよね?!


 ……。


 これをいい雰囲気に持ってくとか……どうするんだい?!誰か教えて、エロい人……!


 いやいや、冷静になろう私。


 とにかく今は邪魔してはダメだ。……アーサー様とは休憩を挟みながらお勉強していたし、学校だって休み時間はあるのだから、パトリックだって休憩しようと言ってくるはず。


 そしたらその時にスキンシップなんかして……「肩凝っちゃった。」とか、「パトリック手、疲れてない?マッサージしようか?」とか、そういう小さな触れ合いをしつつ、夜へのムードを高めてく……!


 そうと決まれば、私も課題に集中しよう!


 私はペンを握り直した。






誤字報告ありがとうございます。

いつも助かっています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 先生、お得意の " 安定の勘違い " ですね ♪ ある意味一番楽しい時間です。 ・・・ 御堪能あそばせ ・・・ いきなり行く所まで行ってしまったら 勿体無いですよ ユーフェミアさん …
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