深夜のチョコレートは悲劇?の始まり
それから、私とマリアンとトリスタン様の3人はレストランで、たわいない話をしながら、食事をとった。
結局、アーサー様は戻ってこなかった。
……誤解……ちゃんと解けたんだよ……ね?
……。
なんだか、マリアンとトリスタン様は良い感じになっていたらしく、別れるのを名残りおしそうにしていたが、マリアンのお父様が「いやぁ、今日はありがとうございました〜!お疲れ様でーす!」と割り込んで来て、トリスタン様を追い返すように帰らせてしまった。
だからさぁ、おじさま?
マリアンをお嫁さんに出す覚悟……なさすぎじゃない?!それ?!
だけどマリアンは「では、また。」と言って帰ったトリスタン様の言葉に、「ユーフェミア、聞いた?!『また』って言って下さったわ!!!」と興奮気味だった。
なんだか……上手くいくんじゃないかなぁ、コレ。
◇
浮かれ気味のマリアンと別れ、私は自分の部屋へと戻る。シャワーを浴び、パジャマに着替えるとベッドにダイブした。
「……なんか、疲れたな……。」
そう呟いて、天井をぽけーっと眺めていると、コンコンと部屋のドアがノックされた。
……浮かれて眠れない、マリアンかな?
なんだか私は今夜も眠れなさそうだし……付き合ってやろうかな?
私は跳ね起きると「はーい」と間抜けな返事をして、ドアに向かい、確認もせずにドアを開けた。
「ルームサービスです。」
銀色のクーロッシュをカートに乗せ、ホテルマンがそこには立っていた。
……あ、あれ?
こんな人……いたっけ???
私が滞在しているフロアは、エグゼクティブフロアにある。
この部屋はスウィートルームではないのだが、それと同じ階にあり、そこに滞在する人のお世話や警護なんかをする人が泊まるようにと作られている部屋の一つをお借りしているのだ。
それゆえ、このフロアに出入りするホテルの従業員さんも特別な人たちだ。多国語に堪能で、エグゼクティブな人たちの扱いに慣れた、選りすぐりの従業員さんたちが担当する事になっているので、やって来るのはいつも同じメンバーだったはず……?
「あの……頼んでいませんが?……それに、今夜の勤務予定はシゲラさんでしたよね?」
ローテーションだと、確かそのはず……。
「シゲラは体調を崩しまして、急遽私が代わったのです。……こちらはマリアンお嬢様からの差し入れですよ。『お見合いについて来てくれて、ありがとう。』との事で、お預かりしました。」
そう言うと、カートを押して部屋に入ろうとする。
だけど何となく嫌な予感がして、私はそれを阻んだ。
「あの、それ……ここで受け取ります。今ちょっと散らかっているんで、部屋に入らないで欲しいので……。」
「……。そうですか。では、こちらを。」
ホテルマンはそう言うとクーロッシュが載った皿を私に手渡し、一礼すると……カートを押して戻っていった。
◇
なんだかちょっと気味が悪い気がして、部屋にしっかりと鍵をかける。
そして部屋のテーブルに皿を置き、「えいっ!」とクーロッシュを取ると……。
中には私とマリアンが愛する老舗洋菓子店(兄さまが送ってくれるクッキーのお店!)のチョコレートが入っていた。
「なんだ。本当にマリアンからか……。」
きっと疲れているだろう私に、私が大好きな店のチョコレートを贈ってくれたのだろう。
ホテルのルームサービスに、この店のチョコレートはないのだから。
ソファーに座り、一粒口に放り込むと、ブワッと洋酒の香りが口いっぱいに広がった。
「うわっ、なにこれ……めっちゃお酒、きいてる……!でもうまっ……。」
今世の私はあまりお酒に強くはないが、お菓子に入っているお酒に酔うほどではない。
「なんか飲みたい気分だったし、ちょうどいいかも……。マリアン、気が利くじゃん。」
私はそんな事を言いながら、チョコレートをどんどん口に放り込んでいった……。
◇
……。
……。
……。
……あ、れ……?
パチリと目を開けると、眩しいくらいの朝の光が部屋に溢れていた。
「……チョコ食べながら……寝ちゃった……?」
ソファーでチョコを食べていた記憶が最後だった私は、慌てて体を起こしたが……。
???
「あ、あれ???……ソファーじゃない……?」
私が横たわっていたのは、ベッドだった。
だけど……私がいたホテルの部屋のベッドではない。
ご立派な天蓋が付いた、とても広い……まるでお城にある王様用って感じのベッド(本物は見たことないので、あくまで推測だけど。)で、私は首をかしげる。
「……夢かな、これ……?」
頬をつねってみると……普通に痛い。
だけど、前に大怪我した夢を見た時も痛かったから……痛いだけじゃ、夢でないとは言い切れない。
そもそも、チョコレートを食べて寝落ちして……知らない部屋に瞬間移動するなんて、夢以外にない気がする。
のそのそとベッドから降りて、見回すと……やっぱりここは、ものすごく広くて豪華な……知らないお部屋だ。
ガラン……としていて、人気がない。
……うん、やっぱりコレは夢だ。
夢って……必要な人以外は出てこないもんね……。
一番近くにあったドアに向かい、それを開けようとするが、鍵がかかっているのか開かなかった。
……。
やっぱり夢……。
だから、この先には行けないんだ……?
じゃあ、窓から外でも見てようかな……と光溢れる窓へ近付いてみると、さっきの開かなかったドアがガチャリと開いた。
「おはよう。起きてたんだ。……気分はどう?」
そう言って、部屋に入って来たのは……。
アーサー様?!?!
「……え?夢にアーサー様が出てきた。昨日、会ったからかな?」
私が驚いてそう呟くと、アーサー様はクスクスと笑った。
「夢じゃないよ。ユウちゃんは、ちゃんと起きてるよ。」
「……?!でも私、ホテルの部屋にいたはずで……ここは一体……?アーサー様はなんで居るんですか?」
訳がわからずそう言うと、アーサー様は私を窓際にあるソファーセットに座らせ、自分はその正面に座った。
「昨日の夜、僕がユーフェミアちゃんを連れて来たからね。……ここは僕の棲家だよ。」
「???……連れて来た?……なんで???……棲家……?ここって、アーサー様のお家なんですか?」
「んー……。正確には僕の家ではないかな。……ユウちゃんに睡眠薬入りのチョコレートを食べさせて連れて来たのは、大人しく僕のお嫁さんになってもらおうと思って……だね。」
「……え???」
まるで、アーサー様の言っている意味がわからない。
言葉はわかるんだけど……頭には疑問符しか浮かんでこない。
てか、あのチョコ、アーサー様の差し金だったんだ???
「昨日、パトリック君と話し合って、選手交代というかで……僕がユウちゃんの婚約者になる事になったんだ。」
「……は?」
「もちろん、君のお家ともパトリック君のお家とも話はついてる。」
アーサー様はそう言うと、笑いながら長い足を組み替えた。
「アーサー様……冗談……ですよ、ね?」
「冗談ではないよ。」
「でっ、でも……アーサー様は結婚、興味ないかもって……?それに、私の事が好きな訳でもありませんよね?!」
「ユウちゃん。……貴族の結婚って、そういうもんだろ?」
諭すようにそう言われ……混乱した頭が冷えていく……。
……そうだ。
パトリックと私だって、好き同士だから婚約していたって訳じゃない。親に決められたからで……。
それが、昨日の夜、パトリックからアーサー様に変わった……。きっと、それだけなのだ。
「パトリックが……私を要らないと……邪魔だと、アーサー様に言ったの……ですか。」
色々と邪推してしまい、思わずそう呟くと、アーサー様はゆるゆると首を横に振った。
「パトリック君はそんな事は言わないだろ?」
「……。」
じゃあ、なんだというのだろう……?
私が要らなくないなら、婚約者はパトリックのまんまなはずだ。
……分からない、分からないよ、パトリック……。
俯くと涙が溢れそうになって、私は慌てて瞬きを数回繰り返した。
「寝ている間に急に連れて来たから、混乱してるよね……。ごめんね?」
申し訳なさそうにそう言われて、パトリックの事しか考えていなかった私はハッとなった。
そうだよ。婚約者が変わった事もだけど、何で急にアーサー様は私をアーサー様の棲家?とやらに寝ている間に連れて来たんだろう?
マリアンだって、急に私が部屋から消えたら心配するはず!
「あ、あの、マリアンには……。」
「ああ、それも連絡してある。部屋の鍵を開けてくれたのは、マリアンちゃんのお父様だし。」
「そう……ですか。」
「ユウちゃんをここに連れて来た理由は一つ。……ユウちゃんは、僕のお嫁さんになるには身分が少し足らないので、早々に花嫁修行をしてもらいたかったから……なんだよね?」
身分が……足らない?
花嫁……修行……???
その言葉に、私は乙女ゲームのアーサー様の立ち位置を思い出した。
……。
そうだ。
アーサー様は……現在の国王の……末の弟で……。
公爵様……だったんでした!!!




