社交界デビューは波乱含み
とうとう成人の日がやってきた!
この世界での成人の日は、サマーホリデーの真っ最中にある。
なので成人する子たちは、貴族なら社交界デビューの夜会に向けて、平民なら成人の日のパーティに向けて、休みに入るなり準備の仕上げが始まるのだ。
ドレスの発注や仮縫いなんかは、サマーホリデーよりも前に済ませているけれど、最終調整もあるし、(成長期でもあるしね。)貴族の子たちは夜会のダンスの練習なんかもあるから、結構忙しい。平民の子たちもパーティの細かな打ち合わせなんかがあるらしい。
ちなみに、平民の子たちの成人のパーティは昼間に行われる。……これは、同日に行なうので、社交界デビューの夜会と時間が被るのを防ぎ、貴族の人にも来てもらう為だそうで、かつ何件も回れるよう出入りが自由なパーティなんだって。……そんな訳で夜会に来る頃には、ヘロヘロになっている婚活中の貴族もいるのだとか。
私もせっかくなので「マリアンの成人パーティに行きたい!」と言ってみたけど、両親に却下されてしまった。
……女の子は準備に時間がかかるから、流石にダメだって……。
ちぇ、残念……。
そんな私は朝っぱらからゴリゴリと磨かれたり、パックやらトリートメントやら……とにかくやたらと塗り付けられたあと、念入りに化粧と髪を整えられて……マリアンと前日にコッソリ交換したドレスを身につけた。
もちろん、メイドの驚きぶりは凄かった。
だって全く違うドレスが出て来たのだ。何度もドレスを見ては、ポカンとなるを数回繰り返し……悲鳴を上げてお母様を呼びに行ってしまった。
そして……私は着付けの間じゅう、ずーーーっとお母様のお小言を喰らう事になった。
まあ……最後にお母様がボソッと、「まあ、そのドレスの方がオシャレだと思いますけどね……。」と言っていたので、お母様もあのドレスはダサいと思っていたのかも……。
ちなみに、執事が慌ててマリアンの家に「うちのお嬢様がマリアン様とドレスを交換してしまい申し訳ございません!」と謝りに行ってくれたそうだ……。
でも、あちらもあちらで(マリアンのお父様はマリアンを溺愛していて超がつく親バカなので。)、「マリアンに仕立てたドレスは少し大人っぽすぎるのでは?と思っていたので、こちらの方でむしろ良かったと思っていました……。そちらこそ、うちのドレスで大丈夫なのでしょうか?」とか言っていたらしい。
……。
ま、大人たちはちょっと混乱させちゃいましたが、結果オーライですよね?!
◇
「うわ!パトリックが大人だ……。タキシードなんか着てる。……パトリックの正装は半ズボンかと思ってたよ。」
婚約者である私をエスコートする為に迎えに来てくれたパトリックを見つめ、私は思わずそう言ってしまった。
キッチリと髪を整え、正装を身に纏ったパトリックは……どう見ても素敵な大人の男性にしか見えなくて……。『カッコいいね』とか『素敵だね』なんて、なんだか恥ずかしくて言えなかった。
「はぁ?!それ、いつの話だよ?!半ズボンなんか、何年も履いてないだろ?!……成人なんだぞ、大人は当たり前だろ。……ユーフェミアこそ……な……なんだよ、そのドレス……。」
ん???
パトリックには元々のドレスを見せていなかったから、ドレスが違うって驚くはずはないんだけどな?
「素敵でしょ!」
「す、素敵……か?」
混乱した顔でそう呟くと、パトリックは私を上から下まで見つめて……固まった。
……あ、あれ???
「パトリックはもしかして、このドレス……好みじゃない?」
「……。好みじゃなくはないかもしれないような気もしないではない。」
「?!?!……はぁ?なにそれ、どっちよ?!」
「いや……その……。……寒くないのか?!こ、この辺とか……。」
パトリックはそう言うと、私の開いている襟元をジェスチャーで訴える。
「真夏だし、別に寒くはないよ。」
「いや、寒い!……何か羽織るべきだ。……すまない、何か羽織りものを用意してくれ。」
パトリックはサラッと私の言葉を無視して、我が家のメイドに言いつける。
メイドは頷くと、そそくさとストールやらボレロを持って来た。
「え。嫌だっ!……せっかくの大人っぽいドレスなのに、こんなの着たり付けたりしたら、ドレスが隠れちゃうじゃない!」
「いやいや、お前、中身が大人なんだろ?なら、わざわざ大人っぽい格好なんかする必要ないだろ?!……マジで風邪ひく。」
ストールの方を掴んだパトリックが無理矢理にそれを私に巻き付けようとして、揉み合いになる。
「寒くない!私、丈夫だもん!それに、中身に外見を近づけたいのよっ……!大人っぽくって、カッコいいでしょ、このドレス!」
「カッコ良くてもダメだっ!……こんな格好はよろしくないっ!みんなにジロジロ見られちゃうんだぞ……!」
「大歓迎だよ!むしろ見てって感じだよ?!今夜の主役は私がひとりじめだよっ……!」
「だから、それが嫌なんだって!……大人なら、婚約者が嫌がってる事は素直に止めろよ!」
その言葉に私はピタリと手を止めた。
いきなり抵抗が止んだので、パトリックはキョトンと私を見つめる。
「あ。……リック。もしや……ヤキモチ?」
「!!!……ヤ、ヤキモチというか……。自分の将来の奥さんがみんなにジロジロと見られるの、気分悪いだろ?俺、嫌なんだよ。大切なミアが他の奴らからエロい目で見られたりするの……。」
「リック……!」
……どうしよう。
拗ねたようにそう言うパトリックが、なんだか可愛すぎる……!
分かる、分かります。
このドレス、可愛いのにセクシーで、みんなの視線を釘付けにしちゃう感じですもんね!
そりゃあ、婚約者としても幼馴染としても、なんだかハラハラしてしまいますよね?!
「とにかく、何か羽織れよ。……目のやり場に困る。胸元が空きすぎなんだよ……。」
「……リックもエロい目でつい見ちゃうから?」
揶揄うようにそう言うと、パトリックが再び固まった。
「……ミア……マジで怒るぞ?」
耳まで真っ赤になって、唸るようにそう言ったパトリックは……やっぱり可愛いと思う!!!
◇
憧れていたのに、社交界デビューの夜会はわりと退屈だった。
ヤキモチ妬いちゃう系の可愛い幼馴染で婚約者の為に、大人な私は結局はボレロを羽織ってしまったし、会場には私なんかよりもっと露出が激しくて体のラインをバッチリ見せるドレスを身につけた同い年とは思えないセクシーで大人っぽい子たちが沢山いて(流行の型のドレスだしね。)注目を集めており……残念ながら私は埋もれてしまった。
婚約者がいない子たちは、ダンスに誘ったり誘われたりして浮き立っていたけど、私とパトリックはそれも関係なくて、いつものように一緒に踊って、疲れたしもういいよねってなって、サッサと壁際に下がってしまった。
それに……慣れないヒールが地味に痛い。
「ミア、疲れたのか?」
成人のお祝いとして出ているワインをチビチビと飲みつつ、顔を顰めていると、パトリックが気遣わしげにそう聞いてきた。
……やっと飲酒が解禁の年齢になったが、どうやら今世の私はあまりお酒に強くないらしい。飲み込んだ途端、胸がカッっと熱くなったので、そういう事なんだと思う。実に惜しい……。
「靴、なんか痛くて。それに私、あまりお酒は得意じゃないみたいだから、ガッカリきてる……。」
「そんな高いヒール履くからだぞ?」
「でも、大人っぽくてカッコいいじゃん……。」
「ミアは中身は大人なんだろ?なら『ぽく』しなくていいじゃんかよ。……それと、酒は弱い奴は飲むと気持ち悪くなるらしいから、そろそろやめとけ。……よし、帰るか。」
パトリックはそう言うと私からグラスを取り上げて、クッと飲み干した。
どうやらパトリックはイケる口らしい。……非常に羨ましい……。
「うん、挨拶回りも終わったし、少し早いけど帰ろっか。……それにしても、いいなぁ。リックは飲めるタイプなんだね?人生得してるよ、それ。」
「そんなモンか?」
「そんなモンだよ!中身は大人の私が言うんだから間違いないよ!」
そんな話をしながら、パトリックに促されて出口へと向かう。
帰宅するには少し早めの気もするが、お酒も飲めないし、そこまで楽しくもないし、ヒールも痛いし……もう、こんなもんで良いだろう。
パトリックも学校のお友達(ライバルだっけ?)に冷やかしの目で見られていて、ちょっと嫌そうにしてた。
どうやらパトリックの学年は婚約者持ちの子が少ないらしく、興味本位でどんなもんなのかと私達を不躾に見てくるのだ。その度にパトリックが私を背後に隠してイライラしていた。……分かる、思春期だものね。
……?
ん???
会場を出る瞬間、誰かにジッと見られているような気がして振り返る。
「ミア、どうした???」
「なんか、誰かに見られているような気がして……。」
パトリックも振り返って、同じように会場の方を見つめたが……。
「誰も見てないぞ?」
「……だよねぇ。」
明るく賑わう会場から、こちらの薄暗い廊下を見ている人は誰もいない。
少しだけ気味が悪い気もしたが、私とパトリックはなんて事のない話をしながら出口に向かって、また歩き始めた。




