成人の日のドレス選び
窮屈な中で暮らすのも、数年も過ごせば慣れてくる。
いや、慣れるっていうか、上手く息を抜くコツが掴めてくるだけかも知れないけれど。
卒業生であるケイティさんからの支援の他に、クロッケークラブに入ってからは、クラブ先輩達も学校で上手くやるコツやテスト対策を教えてくれたりして、私とマリアンは徐々に学校生活を楽しめるようになっていった。
◇
そして……今年、私たちは16歳になる。
成人の日を迎え……社交界デビューをする年になったのだ。
貴族でないマリアンは社交界デビューは関係ないが、平民の子たちは平民の子たちで、成人の日を祝う盛大なパーティを個人的にするらしい。(みんな爵位がないだけで、この学校に通うのはお金持ちの家の子ばっかりだしね。)
そして成人を過ぎると、貴族の子も平民の子も、婚約やお見合いなんて話が増えて結婚の話が本格的になってくる。
クロッケーのクラブでも、16歳を過ぎた先輩達は、それらの話が(人生かかってるし、当たり前だけど。)一番の感心事だったりするんだよね。
……。
……だけど私は、そういうのは、なんとなく人ごとのように感じていた。
だって、私には昔からパトリックという婚約者がいるからね?……成人しても、特に変化はないもの。
まあ、前世的に言うなら……みんなが普通の高校に行って大学受験で焦り始めた頃に、私は一足お先に頑張って付属校に入学しておいたおかげで、内進受験なんでと余裕かましてる……そんな感じでしょうか。
◇
「はあ……。憂鬱だな。成人のパーティなんかしたくない……。どれも選びたくないや……。」
寮の部屋で、成人のパーティに着るドレスのデザイン見本を見ながら、マリアンが溜息を吐いた。
「ええっ、なんで???……マリアンのお父様が送ってくれたデザイン、みんな最先端の素敵なデザインばっかじゃん。それ、ブランドもんだよね?羨ましいよ。……うちが頼むとこなんて、老舗は分かるけど、どれもクラシカルすぎるんだよ。……私の方が選びたくないよ!」
私も自分の社交界デビュー用のドレスのデザイン集を眺めていたので、思わず語気が強くなってしまった。
どうやら、マリアンのお父様は今話題の高級ブランドのデザイナーさんにドレスのデザインをお願いしたらしく、マリアンの見本帳に描かれているのは、洗練された流行最先端のオシャレなドレスばかりだった。
先ごろは、体のラインが出る少し胸元が開いたセクシーな雰囲気なドレスが流行っている。(とは言え、貴族のお嬢様が着るドレスなんで、セクシーさなんて、そこそこな感じではあるけれど。)
なのに私のドレスのデザインときたら……。
子供の頃から長年のお付き合いをしてきた老舗の仕立て屋さん(デザイン仕立て、ともにおじいちゃんがやってるお店。)にお願いする事になっていて、送られて来たのは、そこはかとなく古臭いというか……品が良過ぎる感じのものばかりだった。
はぁ……と溜息を吐くと、マリアンも顔を顰めてデザイン帳を置いた。
「あのさ、ユーフェミア……そういう事だけじゃないんだよ。」
「ん?どういう事よ……?」
「ドレスもだけど、成人のパーティが気が重すぎるから、選びたくないの。」
「ええっ?!なんで?お祝いのパーティ、楽しみじゃん?綺麗なドレスを来て、みんなにおめでとうって言われて、大人の仲間入り……社交界デビューと似たようなモンでしょ???」
私がそう言うと、マリアンはフルフルと首を横に振る。
「社交界デビューがどんなか私は知らないけど……成人のパーティはね、いわば私のお披露目会なんだよ。楽しいパーティってだけじゃないの。『モラクセラ家には、本日成人した結婚できる女の子がいま〜す。こんな子で〜す。良かったら、結婚のお申し込み、ドシドシお待ちしてま〜す!』みたいな感じの会なのよ!……だから、年頃の男の子たちやその親が、ゾロゾロと私の下見に来るって訳……。」
「う……わぁ。……でもまぁ、社交界デビューも似たようなモンかもね。みんなまとめてのデビューだから、そこまで露骨じゃないけれど、多少はそういう側面もあるかも。婚約者とかない人もいるし……。……マリアンは美人だから、きっとお申し込みが、いっぱい来ると思うよ?!」
「それが嫌なのっ!……あ、別に結婚したくないって訳じゃないんだよ?むしろ、いずれは結婚したいなって思ってる……。でも私、同い年くらいの男の子って、相変わらず苦手じゃない?だから、お見合いが怖いってか……2人きりにされても困るというか……。」
マリアンはそう言って俯く。
確かに……。
マリアンは休みのたびに迎えに来てくれるパトリックにいまだに緊張している……。そして、ほとんどパトリックとは話さずに、嵐のように去って行くのだ……。
「う、うーん……分かるような……。でも、結婚したいなら仕方ないよね?」
「……まあねぇ。でも気は重いよ。……それにさ、見せ物になって値踏みされるのも嫌じゃない?」
「まぁね……。でも、それを言ったら、少し意味は違うけど社交界デビューもだよ?……同い年の気飾った女の子が一同に集まるんだよ?バッチリ比較されるって……。何処そこの誰が可愛かったとか、綺麗だったとかってさ……。貴族たちって、噂話やら人と比べたりするの、大好物だしさ。」
「う、うわぁ……。そ、それも嫌だね……。」
「うん。だからさ、せめてお気に入りのドレスで、とびっきりオシャレして行きたかったんだ。……でも、このドレスじゃあね……。いやさ、モノはいいんだよ?だけどさ、圧倒的にダサいよ……。」
私はクラシカルドレスの見本帳をヒラヒラさせて、溜息を吐いた。マリアンは私の見本帳を覗き込んでから……少し考えるとこう言った。
「……ね、ねえ、ユーフェミア……。良かったらドレス、交換しない?!」
「えっ?!」
思わずマリアンの顔をマジマジと見つめる。
いやいや、私のクラシカルなドレスと超オシャレ最新ドレスを交換って……な、なんで?!?!
「私たちさ、体型も似てるし……ユーフェミアはこっちのドレスに興味あるんでしょ?」
「そ、そうだけど……。マリアンは、こんな古臭い感じのドレス……嫌じゃないの?」
仕立て屋のおじいちゃんがデザインしてくれるドレスは、年配の人たちにウケはバツグンに良いのだが……とにかく古臭いのだ。いい布地を使っているのは分かるが、それを活かすためか、やたらシンプルで布地の面積が大きく、全体的にモッサリな仕上がりになっている。
「まあ……正直、ダサめだとは思う。だけど……なんていうか、こっちのデザインとは違って、守備力高そうなドレスばかりじゃん?……露出が少なくて、ハリのある生地だから体のラインも拾わない、超がつくお上品なデザインばかりだよね?……なんかさぁ、お嫁さん候補って事で、知らない人たちや男の子たちに、顔だけじゃなくて体までジロジロ見られるの……私……耐えられないよ……。」
「あー……なるほどね……。」
私は頷いて、改めてマリアンのデザイン帳を見せてもらう。
言われてみると、流行りのデザインだけあって、胸元も広めに開いているし、体のラインを綺麗に見せるためにフィット感があるデザインが多い……。
マリアンに言わせるなら、これは守備力が低めなデザインだ……。
でも、エロいって程じゃないし……私としては、こっちのイケてるドレスの方がいいけどなぁ……?
「ど、どうかな……ユーフェミア?」
「……いいよ!こっそり成人の日の前日あたりに会って、交換しちゃおう?……当日にドレスが違うって分かったら、怒られるかもだけど、もうどうしようもないから大丈夫じゃない?!」
「本当?!助かる……!……じゃあ、デザイン帳を交換して選ぼう?!」
「うん!……でもさ、仮縫いまで同じような体型を維持しないとだね。……太らないでよ、マリアン。」
私がジロリとマリアンを見つめると、マリアンも私をジロリと見つめかえしてきた。
「いやいや、ユーフェミアこそ気をつけて?」
「あ……一緒に太れば良くない?!」
「天才……!……って、そんな訳あるかっ!!!」
そして私たちは2人でクスクスと笑い……それから、お互いの見本帳からお互いが気にいるドレスを選ぶ事にした。




