はじめての休暇
私が出した手紙に、パトリックからの返事はすぐに来た。それによると、パトリックは学校に友達はいないらしい。
「ええっ、パト様なんで?!」
私の隣で手紙を覗き込んでいたマリアンが悲痛な声をあげる。……マリアンはいつの間にかパトリックをパト様と呼ぶようになっており、こうしてパトリックから来る手紙を覗き見るのを趣味にしているのだ。
ま、覗かれて困る内容もないし、やたら厳しいのに平坦で退屈な学校暮らしでは、貴重な話題のタネだったりもするから、それは別に構わないんだけど……。
しかし、パトリックって……そんなに人見知りなタイプでしたっけ???
何度かお友達づくりのお茶会に一緒に行ったけど、パトリックは卒なくみんなと話していた印象しかない。
むしろ、ド緊張して固まる私を余裕でフォローして、会話の輪に入るよう上手く取り計らってくれていた気が……。
不思議に思いつつ手紙を読み進めていって、はふぁ……となる。
「聞いてよ、マリアン。……パトリックにいるのは、お友達ではなくて、自分と高め合うライバルらしいよ?」
「ひえっ。さすがアルカエラ校生。……意識高すぎだわ。さすが、パト様〜!」
「私たちとは違うね……?むしろこうしてベッドの下に隠れてお菓子を貪ってるって……。」
「高め合うってより、低め合う関係だよね……?」
顔を見合わせて、クスクスと笑い合う。
……ベッドの下は私とマリアンの憩いの場になりつつある。
どうやら、兄さまのお見合相手だった人がこの学校の卒業生だったそうで、会話のタネにと私の話をしたら、この厳しい寮生活の攻略法を色々と伝授してくれたそうなのだ。
クッキーを本に見せかけて送ってくれたのも、彼女のアドバイスによるものだったらしい!
そんな訳で兄さまは、色々と甘いお菓子をコッソリ送ってくれたり、消灯時間後にベッドの下で楽しめるようにと懐中電灯を送ってくれたりと、なにかと手厚い支援をしてくれているのだ。
ありがとう……兄さま。
もう、その方と結婚しちゃって?!
それはさておき……。
「ねえ、マリアン。もうすぐウインターホリデーだね?マリアンの家も王都なんでしょ?……一緒の汽車で帰らない?」
「お、いいね!……私ね、一番早い汽車で帰るつもりなんだ。もうさ、休みになったらとっとと帰りたくって。ユーフェミアも、それでいい?」
「奇遇だね、私もだよ!私の計画ではね、荷造りは前の日までに終わらせておいて、それを教室に持って行くの。で、終業の鐘が鳴ったと同時に駅に向かって走り出す……って、どうかな?」
「……。ユーフェミア……そこまではちょいと……。荷物は寮に置いておいて、取りに行くくらいはしよう?そこまで目立つと、また目をつけられるよ……?」
引き気味にマリアンにそう言われ、さすがにちょびっと凹む。一刻も早くここから自由な我が家に帰りたいんですけど……やっぱりダメですかね???
◇
「ユーフェミア!」
王都に着いて汽車から降りるなり、声をかけられて振り返ると、パトリックが手を上げながら走り寄ってくる。
「パトリック!……お迎えに来てくれたんだ?!」
「うん。ユーフェミアに早く会いたかったから……。荷物、それか?……持つぞ。」
パトリックはそう言うと、私の引きずっていたトランクを軽々と持ち上げてくれる。
「ありがとう。重かったから助かるぅ。」
「どうせユーフェミアの事だから、下らないものをゴチャゴチャと詰め込んで来たんだろ?……って、ユーフェミア、そちらの方は?」
笑いながらそう言うと、パトリックは私の後ろにいたマリアンに気付き、視線を送った。
おおっと、再会を喜んでる場合ではありませんでしたね。
「こちらね、マリアン。……手紙に書いたでしょ?学校で出来たお友達で、ルームメイトなの。マリアンの家も王都だから、一緒に帰ってきたんだ。……マリアン、こちらがパトリックだよ。」
私が2人を紹介すると、マリアンが恥ずかしそうにおずおずと自己紹介をはじめた。
「は、はじめまして、パトリック様……。私、マリアン・モラクセラといいます。学校ではユーフェミさんと仲良くさせて貰ってまして……。」
パトリックはマリアンを見つめると、臆する事なくニッコリ笑う。
マリアンはビクッとすると、顔を真っ赤にさせて、引き攣った笑みを浮かべながら、心許なげに私のジャケットの端を掴んだ。
意外に人見知りなマリアン……なんか可愛い……。
「はじめまして、マリアンさん。ユーフェミアの婚約者のパトリック・アウレウスです。マリアンさんの荷物もお持ちますよ。……お迎えはどちらですか?」
「え、あ……。ロ、ロータリーに……家の……車が……。」
「じゃあ、行きましょう。きっとマリアンさんのご家族も首を長くしてお待ちでしょう。あ……。モラクセラって……もしかして、モラクセラ・ホテルズ・グループの、モラクセラ???」
「あ……。は、はい……。わ、私っ、や、宿屋の娘なんです……。す、すみません……。ド庶民で……すみません……。」
パトリックが思わずプッと吹き出すと、マリアンは真っ青になって、私の背中にしがみついた。
確かにホテルは宿屋っていうけど……マリアンのお家が経営しているホテルは、超がつく高級ホテルだ。それを国内の主要都市にいくつも経営している訳で……。
まあ、ちょっと笑える程の卑下ぶりだよね。
「そんな緊張しないで欲しいな。なんか、笑ってごめんね?」
パトリックは優しくそう言うと、マリアンの荷物も持ち上げて歩き始めた。
『ちょ、ちょっと、ユーフェミア!生パト様、ヤバいくらい格好いいんだけどっ!!!……なにあれ、ヤバい、ヤバすぎて語彙力が死んだ!……はあ、あんな素敵な婚約者いたら、1秒でも早く家に戻りたくなるユーフェミアの気持ちわかるわぁ……。いいなぁ、私、お父様にお見合い相手はイケメンに限る!って言っとこ。……それにしてもパト様ってば、ほんと眼福だわぁ……後ろ姿も素敵よねぇ……。よくさ、小説なんかだと、男性のお尻がセクシーとか言うじゃない?……ねえねえ、パト様のお尻、もう少し短いジャケットなら、セクシーかどうか確認できると思わない?ユーフェミアはどう思う?』
マリアンがコソッとだけど、ノンブレスで耳打ちしてくる。
『いやいや、マリアン、パトリックの尻なんかどーでもいいって……。……てかさ、そんだけベラベラしゃべれるのに、なんでさっきは固まっちゃう訳?』
『いやいや、無理、無理だから。イケメンは無理なの!照れるの!恥ずかしすぎて死ぬのよ!……あんな顔が出会い頭にあったら心臓に悪すぎる……!ああっ、そうだ、やっぱりお父様に、お見合い相手はイケメンは不可って言おう。私、長生きしたい系だし!』
『マリアン、まだお見合いなんかないでしょ?とりあえず落ち着こう?』
『いや無理、落ち着くとか無理だから!……てか、平気な方がおかしいよ!ユーフェミアだって、イケメン好きって言ってたじゃん?!なのに、なんなのその余裕……。やっぱり婚約者だから?婚約者の余裕?いや、私への優越感???……羨ましっ!!!』
『ち、違うよ。パトリックはパトリックなの!小さな頃から知ってるし、顔立ちが良いとは思うけれど、なんかこう「ウワァ!!!」っとくる感じはないんだよ。私だって野生のイケメンに遭遇したら混乱するって……!』
『じゃあ、落ち着け言うな!』
パトリックの後ろを、2人でコソコソ話をしながら歩いて行くと、すぐに駅のロータリーまで着いてしまった。
ロータリーの端には黒塗りの高級車が止まっていた。
「あっ!あれ、うちの店の車だ!支配人さんがお迎えに来てくれてるみたい!お父様だったらご挨拶させようと思ってたけど、残念だ……。……パト様、お荷物ありがとうございます!……ユーフェミア!また新学期ね!!!」
マリアンはそう言うと、パトリックから荷物を受け取り、車に向かって走って行ってしまった。
……。
……。
「マリアンさんて、なんかユーフェミアと似た雰囲気の子だね。……なんか意気投合するのわかるよ。」
「そ、そうかな?」
「うん。嵐が去っていったみたい……。さ、俺らも車に行こうぜ。」
パトリックはそう言うと、空いたもう片方の手を差し伸ばした。
「ん?……もしかして、また私が転ぶと思って手を貸してくれるの?」
「違うぞ。……俺が転ばないように手を貸して欲しいんだ。」
「なるほど。しょーがないなぁ。」
そう言って久しぶりに握ったパトリックの手は……。
「???」
「……どうかしたか?」
「パトリックの手って……こんなだったっけ?」
「はぁ???……何か変か?」
「変……では……ない???……かな???」
何度かパトリックの顔と手を交互に眺めていると、パトリックが溜息を吐いた。
「じゃあ、変なのはユーフェミアだ。別に俺の手は荒れてないし、汚くもないはずだ。……ほら、行くぞ。」
パトリックの手をニギニギとしていた私の手を、パトリックは有無を言わせずに握り込んで、そのまま車へと歩き始める。
……。
違うんだよ……。
パトリックの手って……いつの間に、あんなに大きくガッシリになってたの?って、驚いていたんだよ……。