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魔法使いの右腕  作者: N.river
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依頼と魔女 第2話

むしろ振り返りそうになって「ダメだよ」と、たしなめられた。

「後悔するのはきっと君の方だから」

 声色は大人ではない。細くてまだ高い男の子のもの。

「ご、ご依頼ありがとうございます。お受けいたしました、わたくしが何でも屋の魔法使い、オーキュ・ハンドレッドとそのアシスタント、ディスポロイドのロボでございます」

 子供だろうと依頼人なんだから、失礼があってはならいとあたしは姿勢を正す。軽くヒザを折って背後の声へお辞儀した。

「えっ、ロボっ」

 隣でディスポロイドが跳ねている。

「オーキュ様、わたくしの好きに名前をつけてもよかったハズではっ……」

 小声で耳打ちしてくるけど、もう時間切れ。名前も知らない誰かさんを一緒に連れて来るなんて、それこそ信用にかかわるってハナシだからこっちで好きに名付けてしまう。

「さっさと決めないからよ」

 返したところで再び背から声は投げ込まれてた。

「来てくれてありがとう。やっぱり魔法使いは信用できる人たちなんだね。安心したよ。きっと子供だから相手にしてくれないと思ってたんだ。そう、僕が依頼をお願いしたかさぶた。本当の名前はシー・アッサライクム。君と違って魔法を持たない人間だ」

 声色とちぐはぐなほど大人びた口ぶりが本当に十三歳なのかしら、って見えていないあたしをなおさら勘繰らせる。

「お褒めいただき光栄です。ですが何も特別なことではございません。わたしたち魔法使いはみなこのような者ばかりです。どうぞご安心を」

「なんて完璧なんだ!」

 上がった賞賛の声にはニンマリするしかない。どうにか押さえつけてあたしは大事な話に取り掛かった。

「それではアッサライクム様」

「僕のことはシーでいいよ。シーと呼んで」

「では、シー。早速ご依頼についてお伺いしたいのですが、お顔を拝見しながらお話させていただいてもかまわないでしょうか」

 と、ドアの開く音はして、新品のアンドロイドはあたしたちの前へ回り込んで来た。片手には匂いで分かるカモミールティーとカップの乗ったお盆があり、もう片方の腕で器用に携えてきたテーブルを広げる。やっぱり庭の植物は本物なんじゃないかしら。テーブルの上、カップへ注がれてゆくカモミールティーに注意を奪われて、再びシーに呼び戻されていた。

「それは諦めてくれないかな。僕は誰にも顔を見られたくないんだ。アリョーカ」

 新品のアンドロイドへ呼びかける。

「ありがとう。ここはもう十分だよ、休んでおいで」

「アリョーカ!……。何とセンスにあふれたお名前」

 衝撃的だったらしいロボの背筋は伸び上がって、目もくれずアリョーカは静かに「はい」と部屋を出て行く。見えなくなったところでシーは声の調子を戻していた。

「だから君たちにお願いしたいことがあって」

 それは切実な思いが滲む響き。

「僕を会場へ連れて行って欲しい」

「かい、じょう?」

「僕にはどうしても会いたい人がいる。君の魔法でこの顔を隠して、連れて行ってもらいたいんだ」

 もちろんロボはお茶なんて飲めないから、注がれたカモミールティーのカップはひとつきり。手にして口へと運びながら、ボディーガードってそういう意味だったのね、後に続く話へあたしは耳を傾けた。

 それはまだシーが幼かった頃、遭った事故で顔に大怪我を負ってしまったことから始まってる。おかげで醜くなった姿を見られたくないと、ご両親に用意してもらった月のこの家へ地球から引っ越して来たというものだった。

 ここでの暮らしはアリョーカと二人きり。時間ならたくさんある。使ってシーは好きな事を好きなだけ学び続けている様子で、庭の植物たちもそうしてシーが造ったものだということだった。だからあれらは酸素を出さない。遺伝子操作済の鑑賞物。それもこれも、どれも全てシーの話はあたしにとって驚きの連続だった。

 そうした知識と研究は次世代サイエンチスト協会が毎年開く「ジュニアサイエンス杯」にエントリーできるほどで、シーも来年、ポーチの植物で初めてエントリーするつもりなのだと話す。そしてシーが会いたいという人も、そのサイエンス杯に関わる人だということだった。どうやら今年の優勝者らしい。

「名前はジュナー・タイソン。僕より四つ年上。とにかくすばらしい才能の持ち主で、僕の、いや協会員みんなの憧れの人なんだ。普段は地球住まいだから僕こそお目にかかれる機会はないはずだったのだけど、あさってのサイエンス杯授賞式はアルテミスシティで開かれることになってる。彼女がここへやって来るんだ。だからどうしても会場に行きたい。行って彼女をこの目で見たいんだ」

 それは月へ来て、初めて外へ出たいと思えた出来事だ、と言うシーの顔こそ見えていなかったけれど、声の調子でどれほど興奮しているかがうかがえた。しかも授賞式に参加すれば握手できる可能性だってあるとのことで、そんなことが起きたら来年は僕が優勝できるような気さえしてる、とシーは声を高くしてる。

 確かに憧れの人が数ブロック先までやって来るというのだから、黙って見過ごせやしないと思えた。その一念発起はあたしにだってお屋敷でアンドロイド相手に勉強ばかりしているより、ずっと良い事のように思えてならない。そのためにあたしが魔法を使えば、おばあちゃんだって喜んでくれるに違いなかった。

 おごらない、うぬぼれない、ひねくれない。

 人助けのために魔法はある。

 言葉がここぞとばかり胸のドラムを打ち鳴らす。がぜんあたしのヤル気を燃え上がらせた。


「おお、オーキュ様。アリョーカはアフトワズ社の最新式のようでございますよ」

 授賞式があるあさっての朝、シーの家で魔法仕立ての仮面をかぶせ、一緒に会場へ向かう。シーと約束をかわし、あたしはお屋敷を後にした。

「永久保証が付いた一生モノの高価なアンドロイドでございます。あのお屋敷といい、ご用意できるご両親様はよほどのお金持ちなのでございますねぇ」

 帰り道、耳をくるくる回しながらレンズ目のピントをしきりに合わせなおすロボは、ネットサーフィンに一生懸命な様子。

「あたしは魔法を。シーは明晰な頭脳と裕福なご両親を。違う誰かは素敵な声に器用な指先を。人は何かひとつくらい秀でたものを持っているものよ」

 魔法使いが走らせるバスとすれ違いながら、あたしはロボへ「あなたはどうなの」と問いかけてやる。

「もちろんわたくしにはオーキュ様をお世話する、という飛びぬけて熱い思いがございます」

 得意げなロボへ肩をすくめた。

 さあ、これで十万ユーダラは取り付けたけれど、そのぶんあさってまで船をレンタルしたうえにオービタルステーションの利用も延長ってことになったから、やっぱり贅沢は禁物ということであたしはシャトルステーション近くでタコスを買って、船のキャビンで食べることを考える。

「それにしてもそんなに酷い傷なのかしら。結局、顔を見ることはできなかったわ」

 無理強いはできなかったし、それさえ飲み込めばシーはとてもいい子だった。 

「でしたらわたくしのように鉄兜をおかぶりになればよろしいのに」

 ようやく耳から手を下ろしたロボも言う。

「まさか。憧れの人に会いに行くのにそんな不細工、出来やしないわよ」

「ブ、ブサ、イクっ……」

 とたんカタカタ震え始めたロボは調子が悪そう。

「ともかく久しぶりの空間の造り込みだわ。どんな顔に仕立てようかしら。サイズも手頃だからうんと完成度を高めたいところよね」

 思い出して胸、ときめかせるのは昨日、眺めた先輩のビーチ。スキのないディテールを見習いたいわと過らせたところで、そうだ、とあたしは目を見開いていた。

「ロボ。ジュナー女史のことを片っ端から調べてちょうだい」

「は。わたくしがオーキュ様のために調べる、のでございますか? ブサイクとおっしゃったオーキュ様のために?」

 なによ、世話するとか言っていたくせに。

「そうよ。女史はどんな顔が好みなのかを突き止めて、シーの仮面の参考にするの」

 提案がロボを伸び上がらせる。

「おおっ、それは好感度抜群でございます。きっかけに恋の花が咲くやもしれません。さすがオーキュ様っ」

 決まれば恋のメロディーなんかを口ずさみながら耳を回すロボは、今日一番、張り切っているみたいだった。かと思えばビクリと震えて、恐る恐る振り返りもする。

「オーキュ様……」

「どうしたの」

「今しがた入金の確認が取れたのでございますが」

「シーね。早いこと」

「はい。ですが入金は、三十万ユーダラが記載されてございます」

 あたしは耳を疑った。

「さっ、三十万っ?」

 それって約束の三倍じゃない。

 あたしは思わず叫んだ口を、道端だったなら慌てて覆う。ままに目をさらにして周りを見渡し、誰もこちらを見ていないなら放つ咳払いで魔法使いらしさを取り戻した。ひとたびそこからロボへ鋭い視線を投げかける。

「この依頼を引き受けたあなた、偉いわ。今日のベッドはホテルに決定よっ」

 もちろんそのあと「ひゃっほー」なんて飛び跳ねたりしてないはずだけど、そこんところは定かじゃない。

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