おばあちゃんと魔女 第4話
「来るんなら前もって連絡のひとつくらい入れてよね」
「ご、めんなさい」
頭を下げる。
「だから魔法使いなんて気の利かない、粗野でアナログなのは大嫌いなんだよ」
って、そこまで言わなくてもいいと思うんだけど。
お届け先のベルを鳴らして出てきたのはあたしよりもずっと背の低い、襟元に蝶ネクタイなんて結んだ坊やだった。誇らしげと見せつけて、さっきから倒れそうなくらいにあたしの前でふんぞり返ってる。
「玄関に置いて行かれたら、さすがにボクが困ることくらいはわかってるよね」
小ばかにしたような薄目も遠回しな口ぶりも、いったいどこで覚えたのかしら。
「え、ええと、ではどちらへお運びすればよろしいでしょうか」
呆気に取られてどうにか返せば、瞼の向こうで目玉だけを滑らせ坊やは家の裏手を示してみせた。
「あっち」
うん。なんだかだんだん腹が立ってきたわ。
知らず坊やは大げさなくらい肩をすくめ、ほとほとよわったと首を振る。
「ああ、ボクの閃きの節操のなさにはコマッチャウね。あ、追加料金は払わないよ」
付け加えられてあたしは完全に腹が立ってることを自覚した。
「いいえ、突然お伺いしましたお詫びにサービスさせていただきます」
ともかく浮かせた真鍮コイルを慎重に滑らせる。家と家の間を回り込み、裏手へと運び込んだ。そこにあったのは犬小屋、じゃないと思う。とにかくブリキの物置みたいな小屋は建っていて、指示されるまま前へ真鍮コイルを下した。
「気になるだろうから教えてあげるけど」
なんて、いつだれが気になる、なんて言ったのよ。送り状へ一生懸命、サインしながら切り出す坊やは話を聞いてほしい様子。
「これはボクの研究室だよ。でも何をしているかは超秘密。盗みに来る悪い奴らからボクのアイディアを守らないといけないからね。わかる?」
ちらり、視線なんて投げよこされて、あたしはもう「はぁ」としか出てこなくなる。そんなあたしへ書き終えた送り状を差し出す坊やは「魔法なんてオッペケペーだね。そのうち科学が世界を制するんだ」と言うと、べー、と舌を突き出してみせた。
「わけ、わかんないっ」
きっとご両親が教材に、是が非でも実験材料にとは言ってやらない、荷物を取り寄せたに決まってる。でもこんなに早く手にすることができたのは魔法のおかげに違いなくて、そうじゃなくても日々は魔法に助けられているはずなのに、あの態度はいったいぜんたい何なんだろう。
「何がおっぺけぺーの、べー、よ」
急いでいるから地上を行かず、再び滑る空であたしも、べー、と舌を突き出した。せいせいしたらやっぱり世間知らずのお子様よね、なんて気分こそおさまってくる。
夕刻を過ぎた泡のドームは絞られてゆく照明に透明さを取り戻してゆくと、その向こうに広がる宇宙を透かし始めた。やがて宇宙はそのまま「夜」になって、包み込まれた町は明かりを灯し足元に一面に広がる。
つまり規則正しい生活をする魔法使いこそ仕事じまいの時間。証拠に辺りを飛ぶ魔法使いの姿はすっかり減って、操る乗り物もまばらと見かけなくなっている。
「こっちであっているのかな。あっているよね……」
様子があたしを不安にさせた。
ついに一人きりになったなら、空を滑りながらアルテミスシティの地図の上へおばあちゃんの手紙を重ね合わせてみる。向かう方向に間違いはなかった。気持ちを奮い立たせる。とにかく「鍵」が示すとおり町を端へとあたしは飛んだ。やがて人影どころか町並みさえもが途切れ、ドームの床も丸見えになる。泡が大気だけを包むがらんどうの中を、それでもあたしは移動し続けた。
と、果てに見えるものは現れる。泡のドームが透明なせいで、まるで剥き出しの月面にぽつんとたっているような具合だった。なんだろう、とあたしは地図を読むけれど、観光する場所でもなければ拡張中の町のはずれは地図にまだ書かれておらずさっぱり分からない。
あたしはむむむ、と眉を寄せる。
建物みたい。
ふわり、その前へ降り立った。
頑なとシャッターが閉ざされている。その不愛想さからも、武骨な造りからも倉庫のようで、窓もなければ人気もない沈んだ気配が辺りには漂っていた。
「あ……」
と、動いたのは「鍵」。
そのときほんの少し右へと振れる。
どうしようかしら。
迷うのは何だか自分が不審者っぽいせいだと思う。つまりこんなときこそ礼儀が大事ということよね。信頼される魔法使いでいるためにもあたしは、恐る恐る中へ呼びかけてみた。
「こん、ばんはぁ」
耳を澄ませる。
やっぱり返事はない。
辺りを見回していた。
お邪魔します。
唱えたのは心の中で。「鍵」が示す方へと、倉庫の壁に沿って歩き始める。足取りは小さな重力のせいですでにふわりふわり、と忍び足のようで、従い「鍵」もあたしの手元でひと所を指し続けるとじわりじわり、左へ回転をし始めた。
つまり建物の中なんだわ。
察したその時のこと。
「ん?」
カタカタと「鍵」が震え始める。震えは見る間に大きくなって、やにわに手紙を強く引っ張る。
「わっ」
離せばなくしてしまうのだから、あたしは咄嗟に手紙を握りしめていた。
「わああああっ」
手紙ごと「鍵」に引かれて地面を滑る。
倉庫の角をきゅん、と「鍵」は曲がってみせた。飛び出したのは倉庫の裏手で、倉庫は「コ」の字と中央を窪ませ建っている。そうしてできた広場には、月面さえ掘って作られた深い穴があいていて、埋めて鉄クズが山と放り込まれていた。降り積もらせたに違いない真上には、ベルトコンベアが倉庫の壁から突き出している。
「……ス、スクラップ、工場?」
そこで突如と「鍵」は動きを止めていた。もちろん止まり切れないあたしは吹き飛ばされて掴んだ手紙にぶら下がる。
「うはっ」
もう「鍵」は何も指していない。ただ手紙の上で立ち上がる。立ってカチカチ、次第にガチャガチャとだった。差し込む場所に刻み込まれたギザの形を組み替え始める。動きは見る間に早くなって、勢いに風は起きていた。目で追えないほどカギの変形が早くなったなら、風もいっそう強く吹き荒れる。「鍵」を覆うと竜巻になり、手紙の上に一本、立った。その凄まじさにあたしの髪も服も千切れそうにはためく。
なぶられて倉庫もガタピシ音を立て、あたしはついに手紙から手を離してた。けれど手紙は、竜巻はその場に浮き続け、浮いて渦巻く風の力でガラクタの山の中から鉄クズを吸い上げ始める。
「う、そっ」
「鍵」へ向かい飛ぶ鉄クズは、まるで磁石にでも引き寄せられているよう。
ゴン、ガン、キン。
見る間に「鍵」も鉄クズの塊へと肥え太ってゆく。あたしの頭上には吸い上げられるまま渦巻く鉄クズの銀河ができあがって、見上げてあたしは目を疑った。
「これって、もしかして」
もちろん本物なんて見たことないもの。見たのはマギ校の教科書に載った写真でだけで、だから余計に似てるとしか思えなくなる。
「命の扉を開く魔法じゃあ……」
使えば代わりに魔法使いが命を落とす、それは死者を蘇らせる魔法。だから絶対に使ってはならない発声禁止の魔法。
ならいったい誰が蘇ろうとしているのか。浮かぶ姿なんてひとつしかない。
瞬間手紙からカッ、と光は放たれてた。