あたしと右腕の魔法 最終話
やっぱり。
見つかってしまったと言わんばかり、バス停の向こうへたちまち頭を引っ込め逃げ出すなんて、ちょっとやり過ぎなんじゃないの。あたしは弱い重力の中、ホップ、ステップ、ジャンプで通せんぼ。前へ飛び込んでやる。
「よかった。ここにいたのね、ロボ」
否や、わあわあ言って必死に顔を隠そうとするロボは、絶対何かを勘違いしてるみたい。
「何してるの、あなた」
あたしの目も白くなる。
「じゅっ、呪文が見つかってしまっては、大変でございますからっ。ですがロボはオーキュ様のことも心配で、ついぃっ」
ほらね。
「なんだ、そんなこと。もう大丈夫よ」
「へ」
教えてあげればもがくみたいだったロボの動きはピタリ、止まる。
「呪文も組んだ魔法使いも見つからなかったし、これからも見つからない。アフトワブ社の社長さんもそうしたいみたいだし。だから知ってるのは……」
「ここにいる三人と、お嬢さんにロボだけだ」
言いかけたところで、あしは振り返った。そこにはアッシュとハップ、先輩が立っている。
「オーキュ様がポリスステーションにおられる間、色々とお世話になっておりました」
「愉快なロボットさんね。祖母がとても喜んでたわ」
なにがあったのか知らないけれど、ロボの肩に手を添えて微笑む先輩はもう家族写真か何かを見ているみたい。
「そんなこんなでほら、色々エキサイティング過ぎたから呪文のことなんて忘れてしまいそうよね」
ままに「フフフ」と笑った先輩は、やっぱり「魔法使いはお人好し」の代表に違いない。フン、ってその隣でハップも盛大に鼻から息を抜いている。
「魔法使いも魔法も、ボクが興味なんて持つわけないだろ」
「企業側に搾取するつもりがないなら、こっちはそれで十分だ」
アッシュもアッシュでいつの間にかダブルイのお父様、つまりアフトワブ社の社長さんと話をつけたみたい。
「ではわたくしはまたオーキュ様と一緒にいても大丈夫なのでございますか?」
最後にロボが恐る恐る確かめていた。
どうしてこういう所は頭の巡りが悪いんだろう。あたしはちょっとムッとして、それから答えてあげることにする。
「もちろん。決まってるでしょ。あなたはおばあちゃんが残してくれた、あたしの大事な右腕なんだから」
その魔法は使えないけれど、そばにいてくれる限りあたしに魔法をかけ続けてくれるような気がしてならない。
甘えん坊のあたしへ。
それじゃ。
ってみんなに手を振りかけて、思い出せたのは今さらとても大事なことだった。
「あああっ」
あがる声を止められない。
「ど、どうされました、オーキュ様」
けど、そのための魔法はもうあたしにはなくて。
「たいっ、へんっ。ここまで乗ってきたレンタル船、どうしようっ」
オービタルステーションに停泊させたままだ。
「地球へはご両親と帰るのかしら」
「はい」
たずねる先輩へあたしは眉をさげ、口元へ指を立てた先輩は少し考えを巡らせ宙を見上げる。
「わたしには無理だけど、代りに地球へ飛ばせる魔法使いなら紹介できると思うわよ」
すぐさまあたしはお願いします、って頭を下げた。ならさっそく探して先輩は呪文を唱えながら離れていった。
「まさかまだ魔法は戻ってないのか?」
入れ替わりで口を開いたのはアッシュ。どうしようもないあたしはその顔へ、肩をすくめて返すことにする。
「たぶんもう。今はあなたよりないかもね」
「とんだ初仕事になったな」
「あなたに言われたくないわよ」
そりゃそうだ、ってアッシュはバツ悪そうに頭を掻いた。止めて藪から棒にこう切り出しもする。
「だったらどうかな」
どう、って?
意味が分からないあたしの首は傾くばかり。
「責任がある。だから、その、一緒にどうかな」
目をぱちくりさせた。
「調査員の見習いから初めてみるっていうのも、どうかってことさ」
「あたしが?」
とたん「あ、思い出した」なんて声を上げたハップが、ロボを引っ張り歩き出す。
「細かい雇用条件は急だから提示できるものがない。まあ出来高制ってところだから、実入りは自分の技量次第ってところかな。それに」
言いかけたところで口ごもる。何だろう、ってあたしはさらに首をかしげ、ちぐはぐな互いの間を不意に冷たい風は吹き抜けていった。運ばれてふわふわと、それは空から落ちてくる。
「あ……」
そういえば管理員さんが教えてくれていたっけ。
気づいてアッシュも空を仰ぎ見る。
「雪?」
「すごい、降ってきた」
なんて素敵な、これも「魔法」。
「おいおい、世の中とんでもないな。月に雪が降るのかよ」
驚くハップとロボの声も離れたところから聞こえてくる。知らせて駆け戻ってきたのは船を地球まで運んでくれる知人を見つけた先輩と同時で、無事お願いすることができたあたしはパパとママのことを思い出してた。あんまり待たせてまた心配させるのも、ほどほどにしておかないといけない。
「考えておく。もらった名刺で連絡するかも」
アッシュへ返した。
そうか、なんて歯切れの悪いアッシュはどこか不満そう。
「あれ、アッシュ、フラれたの?」
ぐふふふ、と笑うハップは不気味で、その脳天めがけアッシュの拳は落とされる。
「いろいろありがとう。先輩も本当にお世話に、いえ、ご迷惑おかけしました」
光景にもれる笑いをおさめてあたしは頭を下げた。
「ロボ、行くわよ」
上げてきびすを返す。けれど初めて見る雪にご執心なロボは聞いていないみたい。
「あ、お待ちください、オーキュ様ぁっ」
遅れてあたしの後を追いかけてた。
あれ、そういえば。
連れてふわふわ歩くほどに感じるのは、おっちょこちょいなあたしの勘違いなんかじゃないと思う。だってあたしはもう、新しい魔法を使えているんじゃないかしら。月へ向かったあの日より、あたしもみんなも笑ってる。
もっと磨くにはこの道を、これから右腕と一緒に歩くんだろうと想像してみた。
「もうロボ、何をもたもたしてるのよ。月においてっちゃうわよ」
なんといってもおばあちゃんこそ、そんなあたしへ微笑みかけてくれている。
「ご冗談を。お待ちください、オーキュ様ぁっ」
おしまい




