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魔法使いの右腕  作者: N.river
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あたしと右腕の魔法 第3話

 運転席にダブルイが見えはじめる。仮面が融けたその顔はハップがパソコンで見せてくれた写真そのもの。隣にはタイソン女史の姿もあった。ままにあたしたちの前へ突っ込んできたカートは、ダブルイが大きく切ったハンドルで後輪を滑らせそれきりバターみたいに溶けて崩れると、乗っていたダブルイとタイソン女史を放りだすようその場へ降ろした。降ろしてあたしと変わらぬ背丈のドラゴンへ姿を変える。

「やあ、ボクだよ」

 分かるかな、って顔をするのは、たぶんあたしをからかっているから。だとして、ふざけないで、なんて取り乱すことなくあたしも堂々、答えてあげる。

「ダブルイ・アフトワブ。事故で魔法をなくしたアフトワブ社の御曹司さんね。もう知ってるわ」

「やっぱり。アリョーから盗み取るなんて思ったよりやるじゃないか」

 タブルイの目がロボをとらえた。

「みっ、見くびらないで頂きたく思いますよ。それくらいのこと、朝飯前なのでございますっ。そのうちポリスも気づくことでございますっ」

 武者震いかしら。突き返すロボは体中からカタカタと音を鳴らしてる。

「へえ、それって心配してくれるってことかい。けど遠慮しておこうかな。アリョーカはちゃんとあの後、ボクの所へ帰ってきたんだ。そして今はもう鉄クズになってる」

「なんと、アリョーカ……」

「代わりなんていくらでもいるさ。さあ」

 ダブルイが手を突き出した。

「約束のものを渡してもらおうか」

 もう一方の手でタイソン女史を掴んで引き寄せる。なら背でドラゴンも口を開くと、あたしたちへ吠えて迫った。

「これはアフトワブ社がマイクロマシン・ジェネレーターを実現したくて、あなたにやらせていることなの?」

 それはどうしても確かめておきたかった事実。突き付けたとたんダブルイの面持ちは一転していた。

「論文が盗用だって気づいてるのに、父さんはこのままそうっとしておこうと言ったんだっ。資金に資材を出して研究させてあげたのはウチの会社なのに、ちゃんと使えばボクだって魔法を取り戻せるって知っているのにさっ」

 やっぱり。

 あたしの中からそのとき全ての迷いは消え去る。

「じゃあ全部、あなたが勝手にやったことなのね」

「呪文も一緒に持って帰れば父さんだってきっと考えが変わるよ。ボクだってみじめな思いをしながら月なんかで、じっとしていなくてよくなるんだ」

 つまり完成を望んでいないダブルイのお父様は、研究がもたらす魔法使いたちの不遇に気づいているんだわって過る。つまり隠したのはタイソン女史のおじい様やあたしのおばあちゃんだけじゃなくて、後押ししていたはずのアフトワブ社もまた。

「あなたは自分のことばかり考え過ぎてる」

 だけじゃなくて今さら、おや、って思うのは、あたしらしくていつものこと。

「どうしてあなたのお父様が目をつむったのか、考えたことはなかったの。だいたい今、使ってる魔法はいったいどこから」

 そう、ダブルイはもう魔法が使えない。もしかするとまだ他に魔法使いの仲間がいるかもしれず、ダブルイはその人にそそのかされているだけなのかもしれないと勘繰った。けれどダブルイは、ふん、なんて鼻を鳴らす。

「キミの魔法じゃないか」

 言葉にあたしは息をのんだ。

「仮面はそのためにもお願いしたんだよ。キミがかけた仮面の魔法は、まとっていたマイクロマシン・ジェネレーターにも吹き込まれてる」

 振り返らないで。

 ちゃんとあのとき確かめていたら。

 後悔なんて使い物にならない。

「本当にマイクロマシン・ジェネレーターは優秀だね。だってあれっぽっちの魔法でまだこれだけ動いているんだからさ」

 つまりザルで暴れたドラゴンは、あたしの魔法ってことだった。

 騙されたせいだとしても、それが事実。

「アフトワブ社はマイクロマシン・ジェネレーターを完全な状態で商品にするんだ。呪文を作った魔法使いには専属になってもらう。いやだなんて言うはずないよ。だってこの世にあふれる魔法の全てに代わる魔法を使う、たった一人の魔法使いにだってなれるんだから。ビリオンマルキュール級なんて話にならない。最高だろ」

 喜々とするダブルイはそう信じきっている。

「父さんは他の魔法使いを心配しているのかもしれないよ。なら言うさ。じゃあボクのことはどうなんだよ。ボクならよくて、以外は心配だなんて不公平だ。みんな同じになればいい。同じが当然だろっ」

 同時にダブルイは気づいた様子で、はっと我に返りもする。あたしへとじっとり目を凝らしていった。

「もしかしてもう君はその呪文を知っているの。組んだ魔法使いは連れて来てなさそうだし。サインは本当に見つけたんだろうね」

 面持ちに、隣にその魔法そのものが立っているなんて夢にも思っていないんだろうと思う。そしてそんなお馬鹿さんには「魔法使い」とは何者なのか、お手本を見せてあげるほかなさそうだった。

「さあ、どうかしら。やっぱり騙されるなんてお子様よね」

 あたしは、みんなとの打ち合わせにちょっとだけ変更を加えることにする。

「あんなに高い所から散り散りになったノートの切れ端よ。見つかるわけないじゃない。残念さま」

 見る間にダブルイが表情を吊り上げていった。

「嘘だ」

「呪文のことは諦めなさい。あなたは魔法に振り回されてる。使われてるだけ。そんなじゃ上等な呪文も宝の持ち腐れ」

「呼び出してボクをハメたんだな」

 なんて、まあまあ頭の回転はいい方かしら。

「分かり切ったことよ」

 さあ、ここから。

「あなたには謝らなきゃならない人がたくさんいるんだから」

 魔法は使えないけれど魔法よ働いて。働いてサバサンドみたいにあたしにも、うまく行くってみんなの気持ちを変えさせて。

「ロボっ、タイソン女史を頼んだわよっ」

 あたしは声を張り上げた。聞いて、えっ、って間合いでロボが振り返る。タイソン女史を盾にダブルイは腰を落として身構え、あたしの魔法だっていうのに生意気そのもの、前へドラゴンは立ち塞がる。名残惜しくはあるけれど、憎たらしいあたしの最後の魔法もここまで。

「せぇん、ぱーいっ」

 見据えて声を張り上げた。

「お願いっ、しまぁっす」

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