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魔法使いの右腕  作者: N.river
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失敗と魔女 第3話

「ってことでその調子で、こっちへも手を貸してもらおうかな」

 正面からあたしを見据えて言った。

 でもそれこそあたしが決めることでしょ。なのに選ぶヒマなんて与えずに「例えばだ」とその人は続けて話す。

「シーのことについて。連絡を取ったSNSに、出会った場所。ぜひとも教えてもらいたいかな」

「……あなた、誰」

 問い返したのは、きっと恩人だからって、あたしはしゃべり過ぎてしまったと気づいたから。

「シーはドラゴンの仲間じゃない」

「言い切るね。理由は?」

「あなたもシーを連れ去る気なら、あたしはいつだってシーの味方よ」

「おやおや。そいつをかばってもいい事はないと思うけどな」

 残念さま。もう口を滑らせたりはしないんだから。

「ご忠告は胸に。名乗らないならあなたこそ」

 あたしは下っ腹へと力を込めていた。

「ポリスを呼ぶわよ」

 とたん「おっと」なんてその人は、飛びのくように立ち上がって両手を挙げる。

「そいつはおっかないな」

 雰囲気を察してロボも壁へ飛びついた。留められていた緊急脱出用の斧を剥ぎ取り、構える。そんなロボへとその人は、ちらり視線もまた投げていた。

「そっちもだ」

 ウインクするなんて、あたしたちはすっかりみくびられてる様子。なおさらあたしは毅然と声を張っていた。

「助けてくださったことにはとても感謝しています。でも世の中、いい人ばかりじゃないって聞いたところなので。大事なお客様の個人情報はこれ以上、どこの誰だか知らない人には話せません。どうぞこのままお引き取りください」

「いやぁ、飲み込みが早いね。さすがボルシェブニキーの卒業生さんだ。なら教えがいがありそうだってことでお嬢さん、ここでもうひとつ耳寄りな話をしておこう」

 なんて厚かましい人なんだろう。

「いいかい。お嬢さんがどれだけ心配しても、もうシーに連絡はつかない。なぜかって。もちろんドラゴンにさらわれたからじゃない。会員だけじゃないのさ。シーは他にもいろいろ嘘をついている。だからこれ以上あれこれ知られたくはない。どうだい。直接会ったお嬢さんなら思い当たるフシがあるんじゃないのかな」

 腹立たしいけどあたしはすぐさまノーと返せなかった。ちょっと普通じゃない暮らしに、一度も見ることのなかった素顔。すっかり同情してしまったドラマのような身の上話に、信じられない研究と才能。初めてシーの家を訪れた時のあれやこれやはとたん、むくむく浮かび上がってくる。

「じゃな、お嬢さん」

 隙をついてピンクのシャツがひるがえされた。敬礼なんて放つとその人は、キャビンを抜け出してゆく。「あっ」とあたしは声を上げるけれど、寝具のせいですぐに身動きが取れない。もがいていれば「ここはわたくしがっ」とロボが斧を握り直していた。

「ア、ちょぉーっ」

 ネットで検索したのかしら。ふりかざす姿も勇ましく、追いかけキャビンを飛び出してく。

「ロボっ」

 見えなくなってしまえば、あたしはキャビンに取り残されていた。静けさの中でもう一度、シーはあの時、あたしたちに本当のことを話したのかしら、って頭の中に巡らせる。

 そうに決まっている。

 口元へ力を込めた。

 魔法が使えないせいで重力を起こせない体はとにかくふわふわ扱いにくい。どうにか寝具の間から抜け出すと、泳ぐように鏡の前へ移動した。爆発している髪を手早くひとつにまとめてシュシュを巻きつけ、これまた魔法が使えないのだから裾がめくれるワンピースなんてとんでもない。脱ぐと、カボチャ色と紫が縦縞になったバルーンパンツ、持ってきておいてよかった、魔技校の体操着に着替えた。

 向かうのはもちろんシーのお屋敷。あの人の、それこそ口から出まかせを確かめて、シーがさらわれた事をポリスに探してもらうんだと思う。

「オーキュ様、賊はこのロボがみごと追い払ってまいりましたっ」

 飛び出して行ったロボが戻って来たのは、ちょうど靴へ足を滑り込ませた時のこと。息なんてしてないはずの肩をハアハア、上下させていたかと思うと、あたしを見て驚いたように跳ね上がった。

「あ、いやっ。いったい何をしておいでなのですかっ」

「今からシーの家へ行くのよ。あの人の言ったことを確かめるわ。はっきりしたならシーがドラゴンに連れ去られたことをポリスに知らせるの」

 とたん投げ捨てられた斧が宙を漂う。ロボはまたもや指を揺らすと神妙な調子でちちち、と舌を鳴らしてみせた。

「おやめください、オー……」

 その指をあたしは掴む。

「シーから何か入ってないか、SNSを確かめてちょうだい」

 ロボの耳へと突っ込んだ。


 朝一番のシャトルに乗れたのはラッキーそのもの。待っている間ロボはザルで最後に送ったメッセージが、まだ読まれてないことをしぶしぶ教えてくれる。

「無事なら返事を下さいって、書き加えておいてちょうだい。それから既読の印がついたらすぐあたしに教えて」

 どうしても目がいってしまうパブリックビジョンでは、幾つかの角度から遠くを飛び行くドラゴンの映像が流されてた。けれどあの人が言う通り、キャスターも目撃者も口をそろえてシーなんていなかったみたいにドラゴンのことばかり声高に話している。遠く引き離されていたあたしも同じ。映像には影さえ映っていなかった。

 やがてお仕事に観光にと訪れた、魔法使いやそうじゃない人たちと一緒にアルテミスシティへ降り立つ。魔法使いたちは今日も目的地を目指して舞い上がり、羨ましいけれど無理ならあたしは他の魔法使いが動かすバスに乗って町へ繰り出した。

「どう?」

 隣に腰掛けるロボへ目をやったのは、シーがSNSのメッセージを読んでくれたかどうかが気になったから。でも船からずっと耳に手をあてがったきりのロボは、きっちり水平に首を振っただけ。

 落ち着かないままバスはやがて昨日、ロボの案内で歩いた道をなぞりだす。覚えのある景色にあたしは目を凝らし、目的地を行き過ぎてしまってはしょうがないのだから手前の駅でバスから降りた。

「急ごう、ロボ」

 呼び寄せ繰り出した足が、小さな重力のせいでスキップするみたいに跳ねる。

「確か、あの角を曲がった所だったわよね」

「そうでございます」

「アリョーカがいてくれるといいのだけど」

 本当は焦っているのに、浮かれたようなその足取りで目指す角を折れた。

「あったっ」

 広いお屋敷を囲う門扉が目に入る。転がりそうになりながら、ふわりふわりとその前へあたしは飛び込んでいった。

「……なに、これ」

 光景に息をのむ。

「これはどういうことで、ございますか……」

 ロボもアゴが抜けんばかりに唖然としている。

 だってないんだもの。あったはずの立派なお屋敷は消えて代わりに、塗装が剥がれて窓も割れた廃墟は、立派な門扉だと思っていた金網のフェンスに囲まれ建っていた。奥からアンドロイドなんて出てくる気配はなくて、あれほど目を引いた緑がハイテクだったポーチも古びた旧式の充電用ステーションに変わっている。「いつでも急速 充電フリー」の看板が、ホコリにまみれて地面から生えた充電ケーブルの傍らで傾き立っていた。

「う、そ」

 もう瞬きもできない。

「あれは魔法だった、っていうの」

 というか、そうとしか考えられないもの。この変わりように大騒ぎしているのもあたしたちだけなら、つまりお屋敷なんてものを見たのもあたしたちだけで、そんなことができるとすれば魔法以外ありはしなかった。

 着けた仮面を嬉しそうに、シーがクルリと一回転する。

 あたしの中からとたん力は抜け落ちて、へなへなというよりふわふわと道端へ座り込んでいった。

「騙され、た……」

 でも確かに個人で植物を持つなんて、お屋敷の中ががらんどうだったってことも、シーは絶対顔を見せてくれず、アンドロイドと二人で子供が暮らしているなんて、思い返せばあの人が言うようにおかしなことだらけというもの。だからって最初から全ては嘘だと疑ってかかるなんてどうかしていて、そもそもあれが魔法だったなんて今でも信じられないほどに仕上がりは完璧だった。それはシーの仮面を仕立てたくらいで満足していたあたしなんかじゃ足元にも及ばない、比べたならドラゴンだってきっと軽々、仕立てられるだろう能力と血の濃さでしかない出来栄えだと振り返る。

 知らぬうちにそんな誰かのお手伝いを、した。

「っていうことはもしかして」

 挙句の果てに辿り着いたのは、こんな事実。

「あたしってザルを襲った犯人の……、共犯っ」

 きゃー、と叫ぶ代わりにぎゅう、と両手で頬を挟み込む。

「だからいいことはないって言ったろ」

 またもや聞こえた声に、そのままの恰好であたしは振り返っていた。

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