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斎月千早の受難なる日常

  プロローグ


 自分が他人と、いわゆるフツウの人間と違う事に気が付いたのは幼稚園の頃くらいだろうか。自分の視ているモノは他人には視えていない、他人には聴こえないモノを自分は聴いている。そのようなコトを周りの皆に話しても信じてもらえず、不思議ちゃん・嘘吐き・笑いものにされた。同級生だけでなく教師も信じてはくれないし、一緒に笑っていた。

 代々の拝み屋の家系。祈祷などを担ってきた家系。明治以前は、社寺の管理を担っていた。明治以降、戦後は、その様な事から離れていたが、地元の神社を管理を引き受けていた。でも、本来は『古いモノ』を護って来ている存在だった。それは今もソレは護っている。その歴史を継いで護っているのが祖母・焔だった。自分の唯一の理解者であり師でもある。

幼い頃の思い出に良いモノなんてない。母も姉も、古臭い独特の家系を嫌って家を出た。

それも、もう昔の話。

今は家系の事も、自分の宿命も受け入れている。そして、それを活かせるような職業を選んだ。少し違うけど。

カミ・モノと人間との橋渡し。それが、探し求めているカタチ。そして、家系に受け継がれてきたコト。


 私、斎月千早が、その話を聞いたのは博士号を取り民俗学者として歩き始めた頃だった。

各地に伝えられている、その土地ならではの信仰や風習などの文化伝承を調べてまとめる。ソレを『学問』として論文を書き発表する。幾つかの賞を貰っている。でも、ソレは『表』の論文。本当の論文は『学術的』ではタブーとされているモノを論文として記録の為に残すモノとして。いわゆる『裏』の論文である。そちらの論文は既に百近い本数を書いている。つまり、それだけ経験しているのだ。

また、神職の資格を取っているが、それは現代神道で仕方が無いから。私の家系は、古神道より古いのかもしれない。

いつのまにか民俗学の若手として、有名になっていた。望んではいないが結果的に、そうなってしまっていた。背後には、秋葉教授がいるからだろう。秋場教授は民俗学界の表裏で名を知らない程の人物だ。謎の多い人物。今は教授の助手として大学、編集部、実家の神事を抱え、あちらこちらする日々が続いていた。


   エピソード1


 梅雨も終わりに近づき蒸し暑く不快な日。

何時ものように講義の後片付けを終えて帰ろうとしていた時だった、秋葉教授から、最近ネットで話題の新しい心霊スポットを夏休みになったら調べに行かないかと言われた。

たちまち嫌な予感に襲われる。教授の思い付き提案は、ろくな事が無い。聞こえないふりをしても無駄な事は解っているが。自分のゼミ生を一緒に連れて行くと言う。おそらくすでに、ゼミ生に話を付け決めているのだ。

悪い予感は、よく当たる。溜息を吐いた私に教授は、件の心霊スポットの資料の束を押し付けてた。百枚程のプリント。余程行きたいのだろう。ネットの情報をプリントアウトしたもの。細かく分類してある。そうとう行きたいのか、気になっているのだろう。パラパラとプリントを見る。

―最新の心霊スポット。キレイな廃墟。

とある。SNSや動画サイトでは、新しい心霊スポットや廃墟探しが流行っているらしいが。

民俗学系のフィールドワークの半分は、教授の趣味や思い付き。それに付き合わされて散々な目に―自分で探っていた時も同じ様に死にかけたり。そのようなコトばかりだ。

教授の資料によると、その心霊スポットというのは廃病院。田舎まではいかないが、最寄駅から離れている田畑の広がる平野の中にある丘、そこに建っている。バブル期に建てられたという、リゾート系病院。金持ち向けの病院というものらしい。当時のパンフレットによれば

『静かな土地で寛ぎながら療養・人間ドック、体質改善は』

高級リゾートホテル並みのサービスと部屋をご用意。と、当時の院内室内の写真が載っている。バブル時代の悪趣味なデザイン。その当時の最先端医療、美容整形。海外の先端医療まで行っていたようだ。当時のマスコミのネタとして、ワイドショーや週刊誌などで持て囃されていた。一応、普通の保険診療も地元の人相手に行っていたようだが、そちらは資料が無い。別の資料には「地元民の反対」とあったから無いのか。その様なものは、静かな田舎からすれば地元の人間からすれば煩いのだろう。自分達の利益にはならないし。といった感じか。そこそこ繁盛していたが、バブル崩壊で一時閉鎖になったが、暫くして老人ホームとして再開。高齢化が問題化していたので需要があり持ち直していたが、十数年前に閉鎖され経営破綻。そのまま放置状態だという。私有地でマイナーな土地にも関わらず、廃墟マニアは嗅ぎ付けるのが早く『キレイな廃墟』

としてサイトやSNSにあがっている。写真を見る限り、古びているが手入れはされている感じの外観。管理されているのを感じる。廃墟には幾つかタイプがあると思う。管理されていて手入れされている、管理されてはいるが放置されている・まったく管理も手入れもされていないもの。フィールドワーク中に何度か遭遇している。廃墟系は嫌いじゃあないけど、研究対象ではない。それに、視える時があるし存在を感じる時もある。それを研究対象にすれば話が違ってくるが。それに、廃墟というものの写真には、視える人が視ると写っているから。そこから、心霊スポットに変化していくのだろうか?

だけど、廃病院の写真を見ても何も写ってはいないし何も感じない。心霊スポットになる条件も無いのに、ネットで新しい心霊スポットになっているのが謎である。廃病院であるということがネタなのか。

少し気になったのは地図。廃病院のある丘の周りに水路が囲む様にある。神社もある様だけど妙な感じ。むしろ、『土地』に興味があるが。

「教授。ここ心霊スポットでは無いですよ。本物の心霊スポットなら資料だけで解りますが、何も感じ無いです。写真から見ても判りますが、古ぼけていますが手入れされている様ですよ。定期的に管理人なりが来ているのでは?」

資料を整えて机の上に置く。

「なるほど。管理者ね。その丘そのものが私有地だが、登記されている人物に行き当たらないのだよ。現地調査するには管理者に連絡を付けないといけない。許可があれば堂々と行けるが。あとまあ、土地が荒れる荒されるのが嫌で地元の人間が手入れしているのかもしれないし。まあ、地元人間は経営していた頃から病院の事を嫌ってたらしいから、な。ネット上での最新心霊スポット、アイツの編集部でも特集組みたいと言っているぞ。ゼミ生の研究心も試したいし。レポートの書き方も学んでもらわなくては。交通費とかも出すから助手としての同行してもらうぞ」

選択肢は無いじゃないか。―嫌な予感しかしない。

「解りました『行く』だけなら、行きます」

私は諦めて答えた。暫くは実家の神事とかの手伝いは無い。学会向けの論文は終わっている。ただ『裏』の論文はテーマすら決まってない。そもそも『裏』は遭遇しないと書けないが。

荷物をまとめ部屋を出る。もう一つの仕事、オカルト雑誌の編集部へと向かう。

教授の助手はあくまでも手伝い扱い。編集部は正社員扱いなのだけど、ネタと原稿を求められる。おそらく例の心霊スポットの事だろう。

大学の廊下を歩きながら考える。

『本物』の心霊スポットなら、過去に起こった事まで視える事があるし、視ようとすれば視える。それが、まったく感じられないのが例の心霊スポット。病院・老人ホームなら死者が出ている。浄化されていない霊がいるとしたら、それが視える。ソレすらも視えないし痕跡すらも感じない。珍しい事なのか、ただの空っぽな場所なのか。考えても仕方が無い。

空虚? 妙な違和感があるのは何故か?

廊下を歩きながら考える。周囲でザワザワしている気配達は何時も何もしてこない。ただそこに居るだけの存在。


 動画サイトなどでは、新しい心霊スポットを探し出す事が流行っているらしい。廃墟マニアと似ている。発見した廃墟が人気心霊スポットになれば、有名になれる。そのような事で、有名になりたいのか? 理解不能まではいかないが、その様な人間の心理には嫌な予感しかない。

その様な『嫌な予感』は当たる。―あまり深く考えない方がいいか。

色々な事を考えながら、大学から自宅マンションへ。学生の一人暮らし用のマンションではなく家族向けの部屋。それなりの家賃。駅近、大型ショッピングモールに総合病院が揃っている立地。同じメーカーのマンションが周辺に三棟。人気の物件で満室。だけど私の住んでいる棟は半分程しか入居していない。

まだ新しいマンション。だけどここは、瑕疵物件。事故物件というもの。

ある部屋で数年前に事件がありそこから様々な怪現象が起こり人が住まなくなった。件の部屋を中心に前後左右にまで。そこは全て空室。一時、かなり有名な心霊物件になっていた。

編集部繋がりで、ちょうど広い部屋を探していた時、そこを安く借りる事が出来た。

編集部で心霊物件の特集を組んだ時に、そのまま住む事になった。

誰もその物件を祓う事は出来なかった。理由は死霊では無いから。

人間が住むには合わない場所というモノがある。それが、このマンションの一部。霊道ではなく、神域に近い。区画整備以前は鎮守の森があったらしい。古地図によれば、古いモノを祀った神社があった。そのモノがマンションの十階かた九階にかけて通る道があるのだ。だから一室を『社』代わりにして、そのモノを祀っている。週に一回の割合で神事を行い鎮めている。それは管理会社も知っているし寧ろそうしないと、他にサワリが及ぶ。本来なら管理会社がやるべき事なのだろうが無理だろう。何時までも私がここに住んでいるワケじゃあないかもしれないのに。後の事を考えても私には、と言いたい。

昔から、その様な宿命。慣れてしまった。慣れるしかなかった。

最上階の西端部屋に『社』を置いている。始めは激しかったけど、最近は収まって来ている。モノはカミとして祀る事でサワリを押さえている。

ここに住んでいる間は、私が祀るしかない。土地はどうすることもできないから、せめて祀るしかないのだ。一通り神事を済ませると、教授の言っていた廃病院について調べる事にした。

PCでから心霊系サイトやSNSをサーフィンする。そういう系は目立ちたい人が多いのか似たり寄ったり、信用出来るものはほぼ無い。有名な心霊スポットを扱っているサイトは幾つかあるが、本物を扱っているのは知っている限り二、三件しかない。こちらが資料として使えるのもそこくらいだ。

廃病人に関する詳しい資料、情報は拾えないまま時間が過ぎていく。現地の詳しい地図だけでもプリントしておこうと、地図サービスサイトへ。

「フィールドワークの基本は、地図」

学会で知り合った民俗学界での一人者が、教えてくれたこと。地図を見れは、その土地の歴史が判るというのが先生のモットーだった。それ以来、地図を基本に現地調査をする事にしている。印刷した地図を見ていると、廃病院のある丘を囲むように水路がある。農地があるから分かる気がするが引っ掛かるモノがあった。現地に行って調べればいいか。地図にメモを書き入れた。



 大学が夏休みに入った翌日、秋葉教授はゼミ生達を連れて件の廃病院に向かった。民俗学専門の学部、全国でも数少ない大学。一般的な民俗学と別に、条件はあるが神職や僧侶などの資格をとれるゼミがある。民俗学と言っても広域だ。日本や世界に色々伝わるものがあり、それを学問として扱う。その民俗学の中でも、秋葉教授のゼミは特殊で有名。秋葉教授は異端的な研究している。学問的に異端。だけど歴史を記すには不可欠な存在。知っている人は知っている。だから『本物』に会いたい学びたいで入ってくる学生がいるが、続かないのだ。障りが降りかかる、いざ本物に出会うと怖くなり逃げてしまうのだ。それでも耐性があり気にしない人間のみが、ゼミ生となっている。それが尾鰭背鰭とついた噂となって他の学生を恐れさせていた。だから教授の気まぐれには慣れてしまっている。

 連れられてきた学生は、論文のテーマにするとか、新しい心霊スポットに興味があるのかで来ている。中には他のゼミで単位の足りない学生もいた。秋葉教授の手伝いをすれば単位が貰えるというからだ。まあ荷物持ち。

大学内で『秋葉教授の助手は本物』という話。だから、単位の足りない学生は噂の真相の人物を見たさに来る。始めは嫌悪だったが、そのうち慣れた。野次馬的な学生は、その辺りの浮遊霊と変わらないと思う事にした。野次馬は学生だけではなく、教授の助手としてオカルト番組に出たりしていたから、いろんなところで知る人ぞ知る有名人になってしまっていた。

そんな感じで廃病院のある丘がある処まで来た。地図や情報サイトであったより、その場所は厳重なゲートで丘へと続く道は封鎖されていた。よくある『私有地につき立入禁止』とある。

道はヒビ割れていて雑草が生えているがゲートは新しく厳重な材質。

「教授、入って大丈夫なのですか?」

ゼミ生の一人が言う。

「心霊実況者は、入り込んでいたけど。他の場所から入れるとか?」

と別のゼミ生。

―動画、あったのか。個人的に、私有地に勝手に入っていいものかと思うが情報欲しい時には、在り難い。

「無理だな。所有者に連絡つかなかったし、出入り口はこのゲートだけだ。茂みの中を抜けて行くにしても、それなりの服装なりをしてないと虫刺されや擦傷だらけになるぞ」

珍しく残念そうに言う。余程、行きたかったんだ。だから念入りに調べたが所有者に連絡付かずか。ゼミ生や単位足りない学生達は、ゲートの隙間や茂みの中の獣道を探していたが、溜息を吐く。見た感じ無理。ここ以外に他に道は無さそうだった。手入れされている土地と物件。地元の人間が手入れしているのでもなさそうだった。見た感じただの平地の様だけど、完全な平地ではないようだった。まあ農地にしているからそう見えるのかな。

「仕方が無い。この廃病院について地元の人の話を集めて来る事」

そっちの方法に出たか。まあ、フィールドワークには必要不可欠だけど。

学生の頃を思い出す。始めての頃は、恐る恐るだった。

「えー」

不満げな声が上がる。

「何を言っている、心霊スポットの調査だと言っただろう。地元の人の話を集めるのも調査だし、研究の一つだ。噂なんかは人から聞かないと意味がない。噂の検証にも数が必要。この廃病院について地元の人の話を集める。これは課題だ」

こういうことを言うときの教授は不敵な笑みを浮べる。学生達は不満をこぼしながら散っていく。

「斎月は如何するんだ?」

と問われる。何人かがこちらを振り向いて私の答えを待つ。

「私は周辺を調べます。神社とかありますし、挨拶してきます。そこは何時もと同じですよ」

と答えて私は、その場を後にする。教授は何か言いたそうな顔をしていたが、それをスルーした。毎度のこと。

私が現地調査する時に大切にしているコトは、その土地の神様やモノに挨拶すること。そうすることで、その土地の歴史や住人との関係が解る。何かあったら、助けを縋るような事もあるかもしれないから。予め地図にメモしていた神社を回ってみたが、手入れは念入りにされているが神様の気配は感じられない。

もしくは気配があっても無関心。応じてくれない。関わりたく無いのかな。

挨拶しただけで神社を去り、用水路を辿ることにした。道を歩いていて気付いたのだが、道祖神でも賽の神でもない石があちらこちらに置かれている。辻ではない。風化していて何なのかは判らないが、かなりの数だった。農地用の水路にしては妙な感じ。地質のせいなのか。気になる場所を一通り巡り、町の図書館に行く。そこで郷土史を調べると、江戸末期くらいから戦中にかけて、この辺り一帯が鉱山だった事を判明する。坑道は埋められず今も地中に残っているという。採れたものは少量の鉄や銅、石灰岩や蝋石など。たいした埋蔵量はなく農業以外の収入源といったものだった。

―鉱山か。

嫌な想い出が蘇る。まだ学生だった頃。触れたくもない『裏』の民俗学。

その思考を祓うため言霊を繰り返した。

心霊スポットというわりに現地に来ても、何も視えないし聴こえない感じない。ネットを見て外から野次馬がちらほら来ているのか、地元の人は嫌な顔をした。

それが、野次馬だからなのか廃病院に対してなのかは判らないが。教授も何も目欲しいモノが出なければ諦めるだろう。そうしたら次は何を振られるか、だ。

現地解散となり、そのまま帰る事にした。帰りの電車でも振り払っても思いだしてしまう。繋がりがあるのか?

 大学は夏休みだが、廃病院について議論するためゼミ生と単位足りない学生達の前で、心霊スポットの定義について説明する。

「昔からの曰く。事件があった。神社仏閣の跡、あるいは墓地の跡。それらが根底にある場所。そこで不可解な事を体験した。そう言う事が続いた。噂が噂を呼ぶ事で、その場所は心霊スポットになる」

簡単に説明。これは子供だましの解答か。

「本物と呼んでいるのは、数パーセントも存在しない。殆どが、その条件にたまたま適合した土地で、噂が伝播して心霊スポットになっている。幽霊が出ると多くの人が信じれば、そこは心霊スポットになってしまう。そういう心理もあると言われている」

人に説明するのは難しい。私は教育者に向いていないな。教授になるつもりはないが。その説明に

「心霊スポットって、造ったりするモノなのですか?」

ゼミ生の一人が問う。私が返答に迷っていたら

「ああ、今回の廃病院が、そうかもしれないな。始めは些細な噂から、今はネットが定番だから拡散が早い。昔よりずっと心霊スポットは造りやすいんだ。ネット上で有名になりたいって奴が、色々な場所を心霊スポットとして配信しているからどれかが当たれば、有名なれるだろう。そんな心理が廃墟マニアサイトから廃墟を探しそれらしい廃墟を心霊スポットとして紹介すれば、それらしく感じる。興味を持った視聴者が現地に行く。そこで不可解な体験をしたと錯覚する。そうして心霊スポットとなる」

もっともらしく教授が説明する。学生達は不満そうな顔と納得顔に別れる。

心霊スポットなんて私にとっては、どうでもいい事。そう思いながら教授と学生達のやり取りを見ていた。

「とこで斎月、ずっと黙っているようだが、お前はこの件どう考えている?」

私が興味無いというのを知ってて振った

「平地の中に山まではいかないけれど、丘。あの丘は昔、鉱山だったようです。たいした鉱物が採れていたわけではないですが。それでもそれなりに需要はあったようで、あの辺りの地下には坑道が残っているそうです。それと、水路が多いのが気になって辿ってみたのですが、意味の解らない石が所々に置かれていました。それらが廃病院と関係があるのかは不明。でも、あの廃病院はただの廃墟で幽霊なんていませんよ」

調べた事を話す。本物があちらこちらにあってたまるか。と思う。

『本物』を扱う秋葉ゼミからすれば、この件はハズレ。

「まあ。誰かが意図的に心霊スポットに仕上げたいという実験かって、考えも無い事も無いがな。暫く様子見か」

教授は何か意図があるのか、ただの興味本意なのか。

学生達はお互いに顔を見合わせていた。

果たして教授は何を考えているのだろうか? 学生達には別の課題が出されるだろう。そこは私の関する事では無いし、夏休みそもものが終われば消えてなくなる、その様なモノだ。そう言う事で終わる。

そう思っても気にはなる、引っかかるモノがある、ソレを調べなければ。



  エピソード2


 いわゆるバブル期。そこは、リゾートホテルをイメージした病院としてメディアに取り上げられていた。静かな田舎、自然が整えられたリゾート地の様な場所で療養や治療、人間ドッグなどが売りだった。他のバブル産業がそうであったように、この病院も廃業した。その後しばらくは、需要の高まりもあってか老人ホームとして営業していたが経営者死亡とかで廃業。その後は廃墟。二十年以上放置されているらしいが手入れはされているらしい。そんな場所を廃墟マニアが発見して、ネットで話題となった。私有地な上ゲートも設置されているのに、廃墟マニアは何処からか嗅ぎ付けて忍び込んで写真に撮りネットに上げる。それでマニアの中で話題となる。そこから心霊スポットになるのには、理由が必要。その理由が見つからない。色々と調べた結果、定期的に手入れをしている業者なり管理者なりがいる。ゲートは荒されるのを防ぐためだろう。

ゲートの先は一本道で廃病院に繋がっている。ゲート以外から入ろうとするには、茂みの中を強引に行くしかない。まあ廃墟マニアは道なき道を進み、草木に覆われた廃墟を見つけるくらいだから、あえて茂みを進んで見つけたのだろう。ただ、あの丘全体が私有地。大学にしろ編集部にしても、許可無では調査は出来ない。だけど、持ち主の所在が不明だという。そちらは教授と編集長に任せておけばいい。

あと判った事は、一般の保険診療をしていたにも関わらず地元の人達からは嫌煙されていたこと。近くに総合病院は例の病院しかないにも関わらず、余程の事が無い限り、その病院に罹る事はなかったらしい。価値観の違いからなのか、別の理由があるのか、地元の人からは廃病院の話は聞けなかった。

廃病院が心霊スポット化した理由、それさえも聞けない。嫌悪を示された。

心霊スポット化した理由。もう少し調べなければ。

頭の隅にソレが引っ掛かっていて、スッキリしない中、大学と編集部を行き来していた。教授は飽きたのか別件を抱えているのか、廃病院の話はしていない。

一方で、ネット上SNSでは盛り上がりを見せていた。

 大学での雑用を済ませて編集部へと来た。正真正銘のオカルトしか扱わない雑誌の編集部。あとは宗教的な出版物を扱っている。マイナーだけどマニアックな出版社。そのオカルト雑誌の編集部。教授の知人の年齢不詳の女性が編集長。他は、まあその道の専門家という編集者達。自分のデスクについてPCを立ち上げるなり、編集長が

「千早ちゃん。あの廃病院はガセだったの?」

と問い掛けて来た。

「はい。根拠は無かったですよ。ネット上では盛り上がっていますが、何も視えない聴こえないです。現地行きましたが、やはり何も感じませんでした」

「それじゃあ、うちで特集は無理かな?」

「そうですね。スポーツ紙とかゴッシップ系の雑誌ならネタ的にはオイシイのでは。でもここは『本物』しか扱わないのでしょう?」

「シビアだね。まあプロ意識は必要だけど。大学の方は忙しいの?」

不敵な笑みを浮べるのは教授と似ている。

「暇ですね。夏休みですし。ゼミ生が来る日は大学に行きますけど。雇われ神事も無いですし」

答えると微妙な沈黙が続く。

「ねぇ、千早ちゃん。あの廃病院、最近になって妙な話があるのよ。この情報は彼もまだ知らないし、極一部のネット民を除いて知っている人はまだいないはず。私の知人に法医学者がいるの。かなり優秀な上見識が広く好奇心もある、そんな人から手に入れたモノよ」

ニヤリと笑って編集長は言った。

「如何して心霊スポットと法医学者が繋がるのです?」

「興味ある?」

教授と似ているんだよなこの人。意味深げな笑みを浮べる。頷くと編集長は話始めた。

―一週間程前、二十歳前後の暴走族風グループの男数人が、ネットで話題となっている廃病院に向かった。以前から目を付けていたらしいが、ゲートが閉じていて入れ無かった。が、その日たまたま行ったらゲートが開いていた。自分達のグループ以外いない。これは動画をアップしたらバズると思い、警戒することなく進んだ。生配信していたらしく、さほど荒れていない道が映っていた。道の両脇は草木が生い茂っているが道には手入れされた形跡。映像は粗いし途中で配信は切れた。廃病院前に来て別のスマホで配信を開始したのか、そこには廃病院が映されていた。画像が粗くてハッキリとは映っていなかったが、古びているが手入れされている感があった。夜中なのに廃病院の出入り口が開いていた。管理者が来ているのかと言いながら中へ入る。ノイズが酷くなり画像がさらに粗くなった。中の様子も映されていた、ロビーの様な場所。そこまで映しまた映像は途切れた。その後、彼らはそのまま、廃病院の中を探索して帰ったらしい―

「ここまでが、肝試しに行った話。問題はこの続き、似非心霊スポットで起きた、崇り呪いってモノ。聡い人は嗅ぎ付けていて一部のネットで噂になっているの。そこは変死系のSNSだから心霊とは関係ないんだけど」

お茶を飲むと編集長は続けた。

それから、二、三日して彼ら、六人で行ったらしいんだけど、そのうちの二人が体調を崩した。夜遊びと夏バテのせいだと思っていたんだけど、皆が同じ様だった。そのうち二人が重かった。周りの人は元気だけが取り柄のグループがそんな感じになったから、心霊スポットに行ったせいだとなった。

二人のうち一人に、全身に水疱ができ高熱を出した。重症化した水疱瘡みたいなものと診断された。水疱瘡は治る感染症。だけど悪化の一方で死亡してしまった。始めはドラッグでもやっていたのでは? と思われたがそうではなかった。変に思った担当医は、その手に詳しい法医学者の彼に話をした。彼が病理解剖をした結果、ウイルスが脳を侵蝕していたのが死因だという。一般的なヘルペス・水疱瘡で脳を侵されるのは珍しいらしい。至ってフツウのヘルペスウイルス。死亡原因は日頃の不規則な生活からの免疫低下だと結論つけた。そうするしか無かったとか。感染経路は不明。仲間は水疱瘡なんか罹っていなかった。寝込んで入院したもう一人は、デング熱。数年前、都内でも問題になった感染症ね。出血熱タイプだったらしいが、幸い一命は取り留めたが、こちらも感染経路不明。で、今、療養中。他の人達は念のため隔離されている。

「―という情報。それが、あの廃病院行ったせいだと思って、崇り呪いと、そのグループは騒いでいて、一部ネットに流れている。それについて、どう思う? 千早ちゃん」

「でも、それはオカルトでは無いと思いますけど。手入れされていても、周りは生い茂る木々や草に覆われている。そこに毒虫、マダニや蚊がいて刺されて感染症になったというのが原因では。虫刺されって感染症の温床だというし。もし保菌毒虫に刺されたら、免疫下がってたら発症するのでは」

南米での遺跡発掘の時を思いだす。

「そう答えると思った。でも、似非心霊スポットで起こった事に意味があるのでは? かなり気を使っていても情報は洩れる。すでにネットで噂化し始めている。多分、死んだ暴走族の仲間がSNSに書いたのね。この噂が広まると廃病院が心霊スポットとして有名になるのか? そのこに何かを感じない?」

こういう問い掛けは教授と似ている。

「―ソレはそれで別の意味で怖いですね。まあ、考え過ぎだといいですが」

「まあ、こまめにチェックしながら様子を見るわ。私の長年の勘が、あの廃病院にはナニかあると告げているから」

と編集長は笑う。

「つまり、オカルトではなくても、ネタになれば良いって事ですか?」

その問いに、編集長は頷いた。

―オカルトではなく、別のモノ?

ふと、不快な気配を感じた。偶然ではない?

それじゃあ、なんだろうと。


そもそも、心霊スポットには条件がある。

その場所で昔、事故や事件などがあった。

昔から『良くないモノ・コト』がある。

廃れた信仰の場所。廃神社・廃寺、あるいは遺跡。

恨み怒りなどの負の感情がある場所や、その様な伝承のある場所。

災害とかで大勢の人が亡くなっている場所。

それらが大まかな条件。そこにが『本物』かどうかは別として、その様な事が起った場所なら何か起きても不思議ではないという人間の心理。

曰く付きの場所が心霊スポットになるのは、今も昔も同じ事だと思う。

だけど、ネットSNSが中心となった世の中では、違った方向になっている感じがする。有名な心霊スポットだけでなく、マイナーな心霊スポットまで広く知れ渡り、売名行為や目立ちたい欲求で、似非心霊スポットまでネットに上げる。バズれば有名になれる。それが未開拓の心霊スポットならなおさら。

そして、ソレが本物の場所とは知らず、後で大変な目にあってしまう。とんでもない事を引き起こしてしまう。ソレの尻拭いをするのは、私になる事が多い。

あの廃病院も、そのひとつなのか? ソレとは違う何かが引っ掛かる。

廃病院の事を考えると、大きな溜息が出た。

そこまで考えて、ある事に気が付いた。

あの廃病院が心霊スポットとしてネット上に出たのは、何時頃だったのかということ。

 関連があると思われるブログやサイト、SNSの書き込みを探ってみる。

確か一番始めは『キレイな廃墟』として廃墟マニアが紹介した事だ。

いわゆるバブル期の廃墟をまとめた個人ブログ。そこから、徐々に広まっていて、ある大型掲示板に辿り着く。

―あの廃病院、管理者が手入れしているけど、取り壊されないのは悪いモノを封じているかららしい。それって、心霊スポットじゃね。

その書き込みには、食いつくように書き込みが続いていた。そこから拡散されて、心霊スポットって話になったのか。

アップされているなかには、ゲート横の茂みを抜けて行ってるものもあった。その映像は冬のも。草木も夏ほどではないが。そちらはまだ、廃墟探し系だ。

心霊スポットとして話題になり始めたのは、五月半ばの様だ。

―例の廃病院、結構出るらしい。行きたい人は管理者が来ている日に当たれば、ゲートも廃病院入口も開いているって話―

その書き込みに対し、意図的なモノを感じるのは何故か。



  2


 曽祖父は、バブルの流れに上手く乗り、リゾート系の病院を建てた。一流の外科医をヘッドハンティングしたり、海外の腕利きドクターをスカウトしたりし、日本だけでなくアジアを視野にした高度な医療を売りにしていた。当時としてはまだ珍しかった移植医療を行っていて、政財界を始めとした金持ち連中に施していた。表裏のスレスレな事まで。代々、医者や科学者の家系と政財界にも太いパイプを持っている優秀な一族。バブル時は全てが上手くいっていたが、崩壊後は恥しか残らなかった。しばらくは、老人ホームとして続けていたが、曽祖父の死後、経営を終えた。祖父も早くに死んだ。父親は面倒を嫌って現場を放置したまま、都心の大型病院の理事長に就いている。家系の事なんて知ったことではない。ここは僕の場所だ。ここで何をしようと僕の勝手で自由。

―心霊スポット。うまい情報だ。心霊スポットというだけで、呪いや崇りで片づけられる。SNSは、なにかと便利だな。くっくく―


  エピソード3


 世の中が夏休みになると、ネットで最も有名な心霊スポットへ行ってみようと、野次馬達が考える事は同じ。だけど、ゲートで閉ざされていて先へは進めない。茂みの中を進もうと挑戦しようとしたが、草木に遮られて諦めるというもの。夜にゲートの前や近くにたむろしていると、警察官でも警備員でもないような人が現れて、追い払うという話。噂があるが、野次馬達の興味は少なくなり別の場所に目的を移す。八月の二週目になる頃には、ネット上の話題は別の心霊スポットへと変わっていた。

そんななか、とある動画サイトに『今日はゲートが開いていた』と短い動画がアップされていた。夜中遅く、開いているゲート・廃病院までの道・廃病院の外観・廃病院の中を映していた。あの『グループ』の動画とあまり変わりの無いもの『噂』が広まっている。

『他のグループがいない時、自分達だけの時だけだと、ゲートが開いている』

というもの。その噂を突き止めようとしたグループ。噂を検証する為、人がいなくなるのをずっと待っていて、誰もいないのを確認しゲートの前にいく動画。

すると、ゲートが開く。噂の真相を配信するだけでなく、このグループは廃病院内の長い時間配信した始めての配信者らしい。

ノイズが入っているのはカメラのせいなのか。映しだされているものは、古ぼけてはいるが、バブル当時のデザインを残している。管理手入れされている感じがする。機能性よりデザイン性。それ以上は、暗すぎて映っていない。編集はされていない感じだった。その動画は、玄関・ロビー・カウンターの辺りだけで終わっていた。埃が積もっているのは見えた。しかし、心霊スポット的なモノは視えなかった。

 このところ、部屋でPCの前に座って、廃病院にかんする情報収集。心霊スポットの条件には当てはまらないし、そもそも視えない。似非なのには変わらない。意図的に心霊スポットにしようとしているのか? そうする意図が解らない。少ない情報を探るくらいなら、古文書を解読する方がマシ。そうおもいながら、心霊系SNSを見ていたら

『廃病院の生配信します。ゲートも廃病院の扉も開いていたので、今から中へ入ります』

と、あった。すぐにそちらに飛ぶ。

 そのグループは大学生位だろうか? 男性のグループのようだった。かなり頑張っている感が感じられるのが解った。この配信も、やはりノイズが入っている映像。電波の関係なのか磁場なのか、デジカメのせいなのかは判らないが。

管理人か警備員を警戒しているのか、ヒソヒソ声で話している。闇の中を二つの懐中電灯が照らし進んでいる。三人、四人はいるのか。

病院らしさより、リゾートホテルみたいな内装が、ぼんやりと映っている。バブル期のデザイン。当時のまま、あるいは老人ホームだった頃のまま残されている。暗くてどの辺りかは判らないが、階段を登っていたから二階なのか。蚊通路の中央はロビーの様なかんじ、両側に各部屋がある。それらの部屋に入ろうとドアノブ手を掛ける。

「開かない。部屋には入れ無いです」

とコメント。

「つまらないなー」

視聴者のコメントもいまいち盛り上がらない。まあ、映像が悪いからかな。

「つぎ、三階」

と言って、階段を登る。埃は舞うのが映っている。

「三階も部屋に入れないです。上の階もあるようですが、シャッターが下りていて進めません」

と実況している。

「地下がある。行けそうだぞ」

別の場所から声がした。カメラは階段を映して下へと。一階のロビーに戻ってきて、カウンターとカウンターとの間に大きなドアが半開きになっている場所を映し出した。

「地下といえば霊安室かな」

コメントが増えてくる。が、コメントを気にするより映し出される映像の方が気になる。判る限りチェックしないと。

カメラが『B1』を映し、その先の通路へと向かう。レントゲン室というプレートがぶら下がっているのが判った。他の階とは違い、殺風景な病院な空間を映しだされている。だんだんノイズも増えてくる。実況している彼らの声音声も飛ぶ。その事に関してのコメントも増えてくる。

―弱回線

―心霊現象?

―電波障害?

だいたい三パターンのコメントに割れていた。

「あ、そこに、光が見え……」

カメラが通路の奥に光を捉えていた。そちらへと進んでいたようだが、激しいノイズと共に画面が暗転した。それっきりだった。

回線の問題なのか、バッテリー切れなのかは判らない。判ったのは、あの廃病院には地下があるという。それだけだった。


 廃病院の件は、とりあえず置いておき。雑誌向けの論文を書く。専門的学会向けではない、サブカル系の民俗信仰と呪術。これが掲載される頃には、廃病院に行かなければならない気がする。管理されているものなら、その人物にコンタクトを取らなければならない。

原稿をデータで送る。しばらくして、ほぼ同時に教授と編集長からラインが届いた。内容も同じ、あるサイトを見ろというもの。

かなりマニアックなニュースのみを扱うサイト。知る人ぞ知る一般的なニュースは扱わない。表には出せないニュースのみ。

『ネットで話題の○○廃病院。その内部を撮影していたグループが、体調を崩して入院。病名不明。症状は重い。関係者の話によると、高熱と全身の爛れに吐き気。五人のうち一人は昏睡状態。他の人も同じ症状。撮影に行った記憶はあるが中での行動の記憶は曖昧。廃病院内に入り込んだグループが体調を崩す件は入った人数だけあり関連を調べる必要有。感染症と廃病院ならではの事故を考えている』

このサイトは、殆どがリークで支えられている。会員制なうえ紹介してもらわないと入れ無いサイト。だから、ここから表のニュースになるという事は余程の事でも無い限り時差がある。憶測ではなく『真実』が余にも影響を与えるということらしい。

まさか、日本で、あの様な事故が起こるとは考えにくいが。在り得るのか?


   2


  とある場所。多数のPCモニターの光が暗闇に浮かんでいる。それらのに囲まれるように、モニターを見つめる者。

「今のところは計画通り。ネットの人間共だけでなく、一部のマスコミも騒ぎだしたか」

画面を見つめ何かを見て、考え込む。

「なら、他の場所にも行けるようにしてみるか。ふふ、その先で」

込み上げる笑いを噛み殺す。

「ここは、僕の実験場。心霊スポットという餌で、野次馬という実験材料が集まる。思ったより上手くいっている。僕の存在と実験に気付く人間はいるのか?

崇りや呪いで盛り上がっているようだけど、ホント無知だな。さて、次は。ああ、あのグループにしよう」

小さな瓶を見つめる。中には半透明の液体。

「さて、どこに仕掛けるか」

鼻歌を歌いながらブツブツと、独り言の繰り返し。小瓶とライトを手に、暗い廃病院の廊下を歩いていく。


―廃病院は、人を選んで招き入れる。そして、中へと立ち入った者は、呪われ祟られて、謎の病で死ぬ。

もっぱら、SNSで盛り上がっている噂。大型掲示板でも、この話題が一番の話題だ。ここへ来る、配信者や野次馬。山中で毒虫に刺されたとしか、報道されていない。あえて隠しているのか。それとも、ただの無知か。

さてと、まあいい。僕のところに辿り着く事はない。

今日の実験体が来たか。

笑いが込み上げてくるのを、抑えるのも面倒。

「今回は五人、ライブ配信者か。なら地下二階の、その先に誘導するか」

小瓶を仕掛け、モニターの部屋に戻るとPCや何かの装置を操作する。

すると廃病院へのゲートが開く。

そこを『ラッキー』だとか話ながら道を歩いてくる。そのグループがゲートが見えなくなる位置にくると、邪魔が入らないようにゲートを閉じた。

「この様な実験するなら、地下の方が都合がいい。地下二階、あそこは色々と仕掛けているから。まさか、日本―でと。さて、ようこそ、偽りの心霊スポットへ」


  3


 廃病院へと入って来た、ライブ配信グループ五人。二十代の五人の男。身軽な夏服。キャンプ用のライト。カメラは小型だが高性能のようだ。暗視モードもある。ロビーで、カメラ機能をアピール。このグループは、心霊スポット配信で有名なグループだ。

廃病院の外観・中央玄関・ロビーに受付カウンターが映しだされていた。手入れは定期的にされている噂は、本当のようだと話している。慣れているだけあって上手い。今までの配信者の映像よりキレイだったが、相変わらずノイズが入っている。そのことは彼らも判っていたのか

「電波のせいか?」

と話している。ノイズについてコメントは色々と上がっていた。そのことを暫く視聴者と話していたが話を切り上げ、先に進む。

古ぼけた内装、バブル期のデザインそのまま。埃は積もっているが荒れてはいあない。

「日中は夜は人が多い。山の中を無理矢理入って行く人もいるらしいけど、生い茂った木々で進めなかった。匿名で、夜中の三時以降の時間に来れば誰もいないと、メールが届いた」

と、リーダーの男が言う。

「それで、こんな時間にしたのか?」

「まあな。情報は情報だし、本当だったら、ラッキーだなと」

「スゲー。無理してきて正解か」

はしゃいでいる声が入ってくる。二台のカメラで同時配信しているのか、時々画面が二分割になる。心霊スポット専門の配信者だけあって上手い。下手なバラエィー番組よりクォリティは高い。

この配信は、事前にSNSに予告があったので情報収集の為に見る事にした。

コメントは、廃病院に入れた事に関するコメントが多かった。管理人が来ているとか、呼ばれた者しか入れ無いとか。その二つが中心となる。

その間にも、廃病院の中を移動し探索していく。受付カウンターの向こうには、からっぽの棚。並べられた机。手入れすれば使えそうな感じだった。

「おかしいな。この前の配信者は、この辺りから上の階に行ける階段があったはず。でも、壁だよな?」

と、グループの一人が言う。カメラがそちらを映すが、前の配信者では階段があったが。同じ事を思ったのか、コメントは階段の事で盛り上がる。

―やはり、人を選ぶのか?

―迷い家なのか?

など

「前の奴らは、上の階に行っていたよな。あと地下にも。―地下への通路は」

言って、カメラをカウンターの方へ向けライトで照らしながら、その辺りを歩いていく。カウンターとロビー、通路を挟むようにカウンターがあり、その通路の先に半開きの扉が映しだされる。カメラをズームする。先の実況者が入って行った扉だ。

「階段。でも、地下もすぐ行き止まりだったような。画質悪かったが、ここだよな」

画面越しに盛り上がっているのが分かる。

「でも途中で切れたし。先にあるのかもよ。俺ら二台で撮影しているしバッテリーもある。ノイズは回線より電波の干渉かもよ。心霊スポットなら考えてみると、霊的干渉もあるかもな」

言いながら、扉をくぐり先へ進む。地下へ向かう階段が映し出される。話しながら階段を下りていく。

「中に入り込んだら、呪われたり祟られたりする噂、マジなのかな」

気弱そうな声が入る。

その言葉の問いに、彼らや視聴者が、どの様なコメントをするのか、まだネット上では噂。編集長の話からすると、事は事実だし報道では『体調を崩した』としか伝えられていない。でも、知り合いの法医学者の結果が本当だとしたら

と考えると、

「あれ、マダニに刺されて何とかウイルスに感染したって話だって。山の中だし虫刺されなんか普通だろ。たまたまヤバい虫に刺されたって話。だから、たっぷり虫よけスプレーしただろう」

リーダーが答えた。ある意味、正論。必須だ。

「なんだ。心霊現象関係ないじゃん」

の台詞。コメントは『www』で埋まる。

―人が死んでいるのに。編集長の話からすれば科学的な事。オカルト的な考えからすれば、ナゼその場所で起こるのか? それに繋がる原因は何か? ということ。だけど、この廃病院が心霊スポットになる要因は無い。

疑問は、廃病院に入れた者が、稀有な感染症や謎の病症で死んだという事。それ以外の場所では何も起こっていないし、感染症の流行も起こっていない。

それがネット上では『廃病院』の呪い崇りとなっている。そう、オカルト的には、それがあっている。

でも、この廃病院は違う。調べれば科学的な答えが出るはず。気になっている事が真実でなければ良いが。

考えているあいだに、彼らは地下二階へと進んでいた。

「なんだ。行き止まりでなく、防火扉が閉まっていただけじゃないか。しかも、ここ開くし。配信が切れた後に行ったのかもしれないな」

防火扉を開く姿が映し出される。

ネット配信されるのは、この先は始めてだろう。個人的に行った人はいるかもしれないが。だから、表には出せれない『感染症』や『謎の病』、法医学者の話が表に出せれないモノなら、このまま放置してはおけない件なのかもしれない。でも、それは。

私有地に調査に入るには、許可をもらわないといけない。学術的調査ならなおさら。だけど、どうしても所有者とは連絡が取れない。

この廃病院の所有者を、教授と編集長がコネを使い探しているが、一か月近く経つが掴めていない。

だから、情報はネット配信から拾うしかない。


「地下二階、行きまーす」

声がスピーカから聞こえてくる。地下二階の配信は、おそらく始めてだ。前回見た配信者の映像は、地下一階のレントゲン室のプレートが映されたが。地下部分にレントゲン室などがあるとしたら、おそらく放射線治療室などがあるかもしれない。当時、最新の医療器を導入していたら。日本だし管理されるべきものだから。

映像を見ながらメモを取る。これと言って気になるものは無い。暗視モードに切り替えたのかモノクロ映像になっている。ライトも増やしたのか光が三つになっている。ノイズは増えていた。機器の事は解らないが、どの配信映像にもノイズは入っているのは何故だろう。コメントも意見は二つに割れていた。

心霊現象派と機器などのトラブル派。

地下二階は、他の階と違い荒れていた。

「なんか、他の場所より荒れてんな。カルテにレントゲン? 他にも色々」

カメラ二台が別々の場所を映していた。

そこには、カルテ・レントゲンフィルム・何かの書類・ハサミなどの医療機器が一面に散乱していた。コメントは盛り上がっている。

おそらくは、表面地上部はキレイに整えていたが、地下の手入れまでは金をかけたくなかったのか、放置した。そして、廃棄すべきものを地下に放り込んだ。バブル期によくあった、表面上だけ整えて裏は最悪というが。

「おい、ドアがあるぞ」

足の踏み場もないくらいの現場が映し出されていて、そこを踏み越えた先、倒れた棚や段ボールが転がっている。その先の闇の中にドアが映し出されていた。彼らが、そのドアに立つ姿が映っている。

「ここまで来たのって、俺らだけじゃねぇ」

リーダーの男のテンションは、かなり上がって来ていた。

そのドアを勢いよく開く。その先は、闇の通路が映し出される。ライトが、その通路を照らす。ここも、物が散乱している。不要な物が押し込められたといった感じか。通路に入ると、ノイズが酷くなる。通路を進んでいく。足元はかなり悪いだろう。たまに落ちている物を拾ってカメラに見せる。さらに進むと、ボロボロのカウンター、その上に『ナースステーション』のプレートがぶらさがっている。カウンターの向こう側は、ゴミ屋敷みたいだった。

「こっちが、本当の廃病院では?」

ゴミが山積みされているナースステーションの横の通路を進む。よくは視えないが、鉄格子のような物が映る。

「ここって、精神病院の閉鎖病棟ってやつ?」

鉄格子の部屋を映す。部屋の中は暗すぎて見えない。部屋のドアは開かなかった。ここも、なにもいない。視えないし感じない。不気味感はあるけど。

「バッテリー交換します」

一台づつカメラが消え、また映し出される。

「おーい、こっちこっち」

と闇の奥から声がする。カメラは声の方へと向かう。

「なんだ?」

「行き止まりかと思ったんだが、ここの剥がれかけている壁紙の後に、ドアがあるんだ」

言って、カメラで映す。確かに壁紙の後にドアがあるのが判る。

「隠しドア、発見」

テンションMAXってところか。

そう言いながら、二人して壁紙を剥がすと、そこには観音扉の様なドアがあった。コメントの方も一気に増える。明け方近くなのにギャラリーが増えてくる。

カメラのノイズは酷くなるが、そこに突っ込む人はいない。もちろん地下深くに入り込んでいるから、電波や磁場が関係していのだろう。デジタルカメラにも干渉するなら、アナログカメラだとしたら……。いや、ここは日本だし。

―南米での事が頭を過る。まさか、ね、と。

映像はドアを開けるシーンを映し出す。

「御開帳!」

ハイテンションな声をあげて、観音扉を開いた。ノイズの中に埃が舞う。そして闇が映し出された。ライト係を先頭にカメラが続く。細い通路が映し出されている。そこを暫く進む。細い通路の先に下へと続く階段が映し出さる。

カメラは、その階段の下を映し出す。

―その時

「うっ」

思わず吐き気を覚える強烈な悪意を感じて、PCから離れる。

なんで? と思うほどの。PCの画面を離れた位置から見る。悪意よりも殺意。

呪いや崇りでは無い。死霊や生霊の類でも無い。

なんというか、まともな思想の人間のモノでものない。生身の人間が放つモノと似ているが。悪意とも殺意ともとれる強烈なモノ。吐き気がする。誰も気が付かないのか? なんで皆、平気なんだ。

呼吸を整えて、再びPCの前に座る。

映し出されているのは、おそらく地下三階フロア。そこも、不要な物を放り込んだような場所。物が散乱した部屋をふらつきながら移動している。足元が悪いし暗いのでカメラ片手にはバランスとりにくいのだろう。ノイズは、さらない酷くなり暗視モードのモノクロが見にくくなる。画像も乱れる。

コメントも『なんだか、ヤバくないか?』というものが増える。

「なんか、バッテリーの減りが思っていたより早い。暗視モードのせいかな」

「なんていうか、画像も乱れだしているし電波が不安定。ちょっと無理かな。バッテリー温存するため仕方ないか」

と、暗視モードから通常モードへ。闇に変わる画面。その中に、ライトの光が幽かに照らしている程度。映し出されている映像も音声も、途切れ途切れになりはじめた。それでもまだ、なんとか聞き取れるが。

暗い画面からは、相変わらず悪意と殺意が伝わってくる。不気味に響く足音。

「うわ」

叫び声がした。

「水没している。かなり深い。あーズボンまでグッショリ」

ライトが水面に反射するのが映る。

「ヤバい」

その声を最後に、全てが途切れた。しばらく待っても再開する事は無いまま配信画面は終了した。

電波関係か、バッテリー切れ、水没してアウトになったか。

盛り上がっていたコメントも、暫くは心配したコメントになっていたが数分もしないうちに閑散として無人となった。

―あれは、生きた人間の意識の一部。あそこまで強烈な悪意と殺意は、初めて感じる。何を考え何を求めているのか? サイコパスという人間、それ以上かもしれない。悪霊や怨霊、崇り神なんかより、ずっと恐ろしいモノだ。それが生身生きている人間の抱く思念だ。

今までと同じなら、彼らも。

きっと、教授も編集長も見ていたはず。そして、あの悪意と殺意にも気付いているだろう。このグループの今後が気になるが。


 それから数日間は、そのグループについての話題が、大型掲示板を中心としたSNSで溢れていた。廃病院にも、野次馬が集まっていると全国ニュースが取り上げるまでになった。しかし、私有地ということもあり中までは報道されない。ほとぼりは何時か冷める。また入り込む者がいれば、何か起こるかもしれない。編集長は、そちらからの何かの情報を掴んだのだろうか。

夏も半ばのお盆。この時季は、境界が曖昧になる。此岸と彼岸、現世と常世。

入り乱れる。もう慣れたけれど。最近は少なくなった心霊番組が放送されているが、あの廃病院は取り上げられる事はなかった。誰かが圧力を掛けているのか、それとも管理されている私有地だからなのか。

いったい、あの廃病院は、何であるのか?


 お盆も半ば。外に出るのが億劫になる暑さ。都会の中でもセミ達は五月蝿い。

あの配信から一週間。その後の彼らの情報は無い。ネットでもフォロワーが心配していたが、レスが来ないせいか今では、彼らのサイト関係は閑散としている。ネットにしろリアルにしても、そういう世の中か。そんな感じで情報を負っていたけど、なにも掴めないでいた。溜息をついてボーっとしていると、スマホが鳴った。編集長からだ。すぐに編集部に来るように言われた。

あの廃病院についての話があると。

夕方、帰宅ラッシュを逆走して編集部へ向かう。

編集部へ入ると、編集長だけでなく教授もいた。

「早かったね、千早ちゃん」

ニコニコ笑って編集長が迎えた。

「どうも。で、なんで教授が?」

と教授の方を見ると、教授は何時もの不敵な笑みではなく、珍しく深刻な顔。

「廃病院について、何か判ったのですか?」

問うと、二人は顔を見合わせる。分厚い資料を机の上に出すと、編集長は行った。

「あの地下に行ったグループに、死亡したんだ」

編集長は、言った。

「え、何人ですか? もしかして全員?」

あの悪意と殺意が過る。

「いや、三人。残りの二人は重症か重体。おそらく助からない」

淡々と答えた。

「また感染症ですか?」

「そうね。あと、他言無用で。どちらかといえば、急性放射線障害」

キツイ目線で見つめられる。

―急性放射線障害?

「ここ日本ですよ。そんな杜撰な管理はされていないかと。どこかの国であったような事故は、考えにくいですよ。それに、知識だってあるから、例え医療器が残っていても触ったりは……」

「それもそうだが、それが起っているんだ。感染症にしても、自然に感染するモノでは無い」

「感染症は、出血熱とサル痘。陰圧室に隔離されて治療中だよ。あと、急性放射線障害の二人は、廃病院の地下で放射線医療器でも見つけて触った可能性だとされている。感染症も地下が絡んでいる。地下に行った者が、重度に体調を崩しているのも見逃せない」

と編集長。

「それ、事故では?」

「まだ決まっていないが、どこぞの機関が動き出している」

溜息混じりに教授が言う。

「あの廃病院に、感染症の原因があったのか、放射線医療器が残されていて、それを配信者達が触って遊んでいたのか。そこは、彼らの記憶が曖昧だから判らない。記憶が曖昧というのも、体調を崩した人に共通している」

編集長は、資料を並べながら言う。

「まだハッキリしていない事だけど、あの廃病院の創設者の曾孫がいるらしいの。その曾孫は、科学者で医師らしいんだけど、色々と問題行動や発言、思想に偏りがあって追放されたらしい。その後は、海外の研究所に身を置いていたけど、そこでも問題的で研究所を転々としていて、今は行方不明」

珍しく大きな溜息を吐く編集長。

教授は無言で、眉間にシワを寄せて資料を見ている。

「もし、その人が絡んでいるとしたら。一連の事は事故ではなくて、意図的な仕業、テロに近い事では?」

あの強烈な悪意と殺意を思いだす。

「そうだな、結論として」

教授は見ていた資料を置き、溜息混じりに言った。

「ヤバくないですか。このまま調査を続けるのですか?」

嫌な汗が背中を伝う。

「続ける。オカルトでは無いけれど。ここまで広がった似非心霊スポットの真実を突き止める必要がある。それを伝えるのもウチの仕事」

編集長は不敵な笑みというか、挑戦的な笑みを浮べた。

ここまで来たら、引くに引けないのか。

「行くにしても、それなりの装備と道具がいるな」

と教授。

「それって、『箱神様』の時みたいな」

思いだしたくもない事件。

「ああ。そういうことだ。既に手配している。それと、そっちの専門家と機関の者も来る。乗りかけた船だ。結末を見届ける」

結局そうなるのか。―あの悪意と殺意の正体を知りたいが、大丈夫なのだろうか?

「あの、その黒幕って誰なんです? あの悪意の主」

二人に問う。教授と編集長は顔を見合わせる。

「曾孫のことか?」

「はい。その曾孫が現在の所有者になるのでしょう?」

「ああ。かなりヤバい思想の人物だという情報。才能は高かったが、人格的に問題だらけ。それで医学界を追放、生物学界からも追放されているらしい。もし、ソイツが何かヤバい研究を続けているとしたら。という辺りまでの情報は掴んでいるが」

「そういう事は、本来なら公安とかが調べる事では」

「ああ、すでに動いているといっても、まだ情報操作の方だが。廃病院は念の為、BL4と被曝対策が必要の事。だが、その前にネット上の事、マスコミやメディアを抑え込むのが先だという。まだテロと決まった訳ではないし、事故の可能性もある。―だから、心霊スポット潜入調査ということで、廃病院へ生き、配信者のフリをしろと……」

教授が苛立ちを見せた。

「は? 公安が行かないの? 私達に行けと言うの?」

教授の言葉と態度、今までの話から推測したら、それしかない。

その問いに、二人は同時に頷いた。

「……一般市民に、危険を冒せと?」

「公安の連中も侵入したが、特に何も見つけられなかった。強制的な調査に入ろうとしたとたん体調を崩した。―科学的、現実的な立場の人間でも、そういう場所が無意識に怖いんだろうな。だから、私のところへ話が来た」

と教授。どれだけ顔が広いんだ。本当に民俗学の教授なのか?

「結局、同じパターンですか?」

「原因は不明。体調を崩した配信者達とは違い、感染症でも被曝でも無い。幻聴幻覚が続いているそうよ。一人なら精神的なコトだったかもしれないけれど、少なくても三人が同じ症状。クスリをやっているワケでもないし、そっちの捜査をしていたワケでもない。だから、公安も、ちょっとって感じで。色々装備を揃えて、感染症と放射線の専門家を揃えた専門家が来るのこと。まあ、その二人も変わり者だから引き受けたのこと」

私の知らないところで、話しは進んでいたのか。

「あの、ひとつ、いいですか?」

「なんだ」

「あの廃病院がある丘は、昔は山で周辺の地下には古い坑道が広がっているらしいのです。鉱山跡だし、探ってみれば何者かとコンタクト出来るかと思って試していたのですが、神様とか眷属とかの存在がまったく、あの土地には存在していない感じ。そこが気がかりだったんですが、もしかしたら忌地なのでは?

そこに病院が建った。まあ、関係は無いと思いますけど、鉱山坑道が関係しているのではと、科学的な方で関係しているのかもと」

あのコトが、頭の隅にあった。

「ああ。伝えておこう。向こうで調べて貰った方が早いか」

「で、何時?」

「明後日の未明に。こちらから、けしかけてみたら、そのっ様なコメントが返ってきた。野次馬は公安や警察が押さえる。事の顛末を見極めに行くぞ。似非心霊スポットの正体を暴きにな」

教授が、何時もの調子で言った。

―行くしかないのか。


 お盆明けの、夜半過ぎ。

公安だか警察のNBC部隊を町はずれに待機させ、それ用の装備を持ち廃病院へと向かう。表向きは、廃病院の生配信者達。他のグループはいない。もちろん野次馬も。そして、地元民すらも。そこまで徹底しているのか。

廃病院へ入るメンバーは、秋葉教授・NBCの専門家二人・公安から一人・編集部からは撮影スタッフが二人。同じオカルト雑誌の人間だ。そして私。

それ以外の人間は出来るだけ廃病院から離れ、私達と廃病院の監視。

 向こうが、こちらの誘いに乗ったのかゲートが開いていた。私達がゲートを通り過ぎると、ギャラリーを装ったNBC部隊の一部が距離をとりながら続く予定。入れるのは一組だけという噂だが、噂通りだったらしく彼らは入れ無かった。それも想定内。装備や道具を詰め込んだ軽四で山道を登る。

緩やかな坂道は、車のライトで照らされてひび割れの間から雑草が生えているのが見えた。真っ暗な茂みの中に幽かな光が時々見える。あれは物理的な光。

数分も経たずに廃病院の前の駐車場へ着く。車の中で装備を整える。さすがに暑いが、もしもの為。

車を降り、廃病院を見上げる。定期的に手入れされている話は本当のようだ。

手直しすれば、まだ使える外観。辺りを見回していると、ふと私達以外の気配を感じる。ここには霊の類はいないはずだが?

でも、若い男の霊が数体。それほど強い存在感や気配ではない。彼らを探っていると

「どうした?」

教授が問う。

「幽かな存在感ですが、若い男の霊が数体います。おそらく、ここへ肝試しに来て死んだ例の配信者の誰かだと思います」

「似非心霊スポットが、本物の心霊スポットになっている事ですか?」

撮影スッタフが問う。

「さあ。どうだか」

私の代わりに教授が答えた。教授は、入口の開いている廃病院の中の闇を凝視している。

「線量が少し高いです。実害はありません。行きましょう」

小型の線量計が配られる。黒幕にカメラなどで監視されている事を考えながらの行動をする。だけど『身の安全』を重視しろのこと。

サイコパスな人間を止めるのは、私達の仕事では無い。私達の仕事は、似非心霊スポットの真相を明らかにすること。公安は、廃病院に肝試しに来た人が、謎の感染症に罹り死亡したり寝込む、あるいは急性放射線障害の原因を掴む為、その犯人を捕らえる為に、協力を持ちかけてき一緒に行動する事に。

殺されたといってもい霊が、ここにいる。放置していれば、犠牲者は増えるだろうし、暴走したらテロに繋がりかけない。この土地の人間が無関心な上、この廃病院を嫌っているのは、何故か? 土地柄ではなさそうだけど。

鉱山町だった痕跡すら無いのも不思議だけど。

もし黒幕と絡んでいたら。公安が動いている以上、決定的か。

入る前に『迂闊に触るな』と注意されている。そのことからすれば、配信者達は何かに触ったせいで、感染症や被曝したのではないかということか。

野次馬として来て、ここでナニかに巻きこまれ死んだ霊や配信者の霊がいる。似非心霊スポットが、真の心霊スポットになってしまう。それは避けなければ。

つくづくトラブルに巻き込まれる。カミやモノに関する事に巻きこまれるのは、幼い頃から。たまに人間の欲や悪意にも巻き込まれる。

今回は、似非心霊スポット。ネットに突如と現れた、廃病院についての検証で巻き込まれている。相手は生きている人間。恐ろしく歪んだ人間。

NBCの人達は目星をつけていたのか、目的は地下だと。しかし、公安も民間人を矢面に立てるとは。生配信者のフリをしながら、地下を目指す。専用のカメラにライト。一応カタチだけの生配信。ネットにも中継されている。

地下へ向かいながら、あの『箱神様』の事を思い出す。あの時は信仰による事件、隕鉄と放射性物質が絡んでいた。ここには神やモノの気配は無い。あるのは、嫌悪する悪意と殺意。これは騙し合い。公安の用意した台本をもとに実況のフリをしている。地下二階に来ると、線量が少し上がる。当時の院内案内図面を見ると、放射線科がある。地下三階には、放射線治療室がある。彼らの情報だと、当時の放射線医療器が残されているという。だから少し線量が高いのだと。日本で、あの様な事故が起こるとは考えにくいが、杜撰な管理は時々、大きな事故を起こしているから無いとは言い切れないか。

それに、思考がヤバい黒幕の曾孫がいるとしたら。

「お前、何か視えるか?」

台本の台詞を教授が言う。台本では―

「う、うーん。昔、ここにあった鉱山で死んだ人の霊かな」

ここに来て始めて視えたモノ。台本とは違うが。

「え?」

公安とNBCの人が、驚いて私を見る。

「昔、この辺りには小さな鉱山があって。当時の事故とかで死んじゃった人の霊が今も彷徨っている。ほとんど消えかけているような弱い霊。何もしない、ただソコにいるだけの霊」

殆ど気配が無い。自然消滅を待つだけの霊。

「お前、以前は何もいないと」

「気付かなかったというか、まあ気にならなかった。本来なら視えたし解った。何かよく判らない。調べたのですが、ここは丘ではなく山だった。採掘した結果、低くなり丘みたいになった。この丘にも廃坑道が残っている、もしかしたら、何処かに出入り口が残っているのかも。近づいて、初めて判る事もあるから」

「あの時みたいか?」

教授が問う。

「まぁ、そうですかね」

台本通りでは無いが、心霊スポット実況には見えるだろう。教授も私も、その世界では有名らしいから、視聴者は多いらしい。ネット配信の様子を見ながら言う。少しノイズが入っている。何かが干渉しているのは確かだ。

「しかし、こんな恰好で心霊スポット来るのって……」

「色々とヤバい噂があるから。それに越した事は。それに、もっと奥に行ってみたいし。それは見ている人も同じでは」

NBCの人が、ムリのあるフォローを入れる。コメント欄には「早く行け」とある。


 地下二階にある閉鎖病棟などがあるフロアの先にある扉から、地下三階へ。

先の配信者は水没していたと言っていた場所だが。いざ辿り着いてみると、水没した形跡が残っていたが、完全に水は無くなっていた。やはり仕組まれているのか。NBCと公安の人が、周囲を確認する。少し線量が上がる。だと言って『箱神様』の時の方が線量は高かった。あそこは天然、隕鉄が絡んでいた。そして、南米の遺跡発掘の現場も。

計画通りなら、時間的には別部隊が待機から行動に移っている頃だろう。

生きた人間の仕業。嫌な予感しかしない。

地下三階、水没していた先。つまりここからは未知。

「―教授。害は無いですが、霊体が増えてます。鉱山で命を落とした霊と、あと黒幕に殺されたとされる人の霊」

「今になってか?」

「坑道が関係しているのか、黒幕が強すぎるせいなのか。現れ始めた原因は判りませんが。ここは―」

「そんなに視えるのか?」

と公安の人が遮るように言った。私は頷いて、気配を探る。特にこれっといった問題となる霊の気配はない。むしろ、生々しい悪意。コメントは盛り上がっているが、そろそろ茶番は終わり。

このまま、地下三階を少し映したら配信は終わりだ。


 水没していたのが嘘のようだった。他の地階と違い、地下三階は古いがと戸っている。最近手入れしたかのようだ。その事に、NBCも公安の人も気が付いているようで特殊な回線で何か話している。

 ライトで隈なく周囲を照らす。そこには思っていた通り、放射線治療室という文字が書かれた部屋があった。NBCの二人が、その部屋へと向かう。私達は、その場で待機。鍵はかかっていないらしくドアが開く。中へ入り数分して戻ってくる。機械がそのまま残されているのこと。線量が高いのは機械のせいだろうという。水没は、その時々で、野次馬が入り込んで機械をいじったのなら、被曝は納得が出来るが。それでは感染症の説明はどうか?

空気感染なら、この装備は無意味に近い。

公安が同行し台本通りに振る舞う。名目は、教授と私で検証する心霊配信だ。

適当な解説をした後、バッテリー切れを理由に配信を終了した。

放射線治療器は、当時の最先端の物で設置数は三台。余程力を入れていたのだろう。それがそのまま放置されているのは、違法なのだけど。

 にわかに気配が騒がしくなる。待機していた部隊が入って来たのだ。

私は辺りをライトで照らしながら、地下深く、ざわめいている気配を探る。

水没していたせいなのか足元は少し、ぬかるんでいる感じがする。半開きの二重扉のその先に、階下へ向う階段を見つけたので、教授達を呼んだ。

悪意と殺意は、その先から、こちらへと向けられていた。これは生きている人間。不安そうな気配は、鉱山で死んだ霊のものか。

外から入って来た部隊のリーダーと、ここの四人とで何か話をしていた。そのまま、さらに下の階へ行く事になった。

つまり、この廃病院は地上、四・五階と地下四階。閉鎖病棟とかも考えれば、大きな病院だったのだ。そこまで、バブルの時代で出来たのか少し疑問。推測すれば悪意しか行き至らない。


 NBCの二人を先頭に階段を降りていく。降りるにつれて違和感を覚えた。

他の場所が定期的な手入れのみな感じなのに、この辺りは頻繁に手入れされというか、使われている感じだった。階段を降りたその場所は、広い空間で通路とかも手入れが行き届き使われている様だった。回廊の様な通路。その中央に部屋が一つ。図面では『機械室』と記されている。

回廊の闇の中に、部屋からの明りがもれていた。

私達以外の生きた人間の気配。始めから同行していたNBCと公安の人が顔を見合わせ、ドアの前に立つ。

そして、ドアを開いた。


 薄暗い光が広がった。暗い道を来たから、その光ですら少し眩しく感じる。ドアの向こうに部屋の様子が見える。モニターやら何かの機械が並んでいる。明らかに生きた人間がいる場所。

嫌な予感が当たった。廃病院内に幾つもの足音が響く。

ここから先は、もう私達の出番では無いし関係の無い事。もう帰りたい。

だけど、この部屋、さっきまで人にいた気配がする。辺りの気配を探っていると別の場所から気配がする。その気配を辿っていると、古い霊が私に何か言いたそうに見つめているのに気付いた。何を伝えたいのかは解らないが、そちらへと向かうと、古ぼけた分厚い扉があり、霊はその扉の向こうに消えて行った。教授を呼んでその事を話す。教授は扉を見つめ、扉を押した。鍵はかかっておらず錆びついた音を立てて動く。そのまま扉を開く。コンクリートむき出しの通路が闇の中へと続いていた。

「―これ、坑道ですよね」

教授に言う。

「ああ。気を付けた方がいい。線量がかなり上がっている。それに、アイツがいるかもしれない」

教授はNBCの二人を呼んだ。坑道の事は把握していたのか、後から入って来た本部隊と合流する。かなりの重装備と大きなケースを幾つも抱えている。

―帰りたい。でも、呼ばれている以上、見届けないと。

生きている人間のやっている事は、あの部屋を調べれば判る事。すでに、後続の公安や科捜研が入り捜索をしている。間もなく夜明けの時間だ。ここからではネットの状況は判らないけれど、感の良いメディアは動きだしているだろう。

 かつての鉱山。公安などが何処まで把握しているかは、私の知った事ではない。一連の出来事が、この廃坑道に潜んでいるということ。そして、気配を強めた霊達。コンクリートで補強された通路の先に、さらに古い扉。その横にを指差す霊がいた。そこまで行ってみると、そこには細い通路があった。その奥から強烈な悪意と殺意が噴出している。そして生きている人間の気配、そこへ向おうとしたところを公安の人に止められる。

「出てこい! もう終わりだ」

と銃口をそちらに向けて叫んだ。続いて強烈なライトが向けられる。

そこには、一人の男が眩しそうに蹲っていた。男が動きを見せる前に一気に取り押さえられた。男はケタケタ笑っている。正気では無い感じ。だけど、悪意と殺意だけは猛烈な程。

「僕はーーだ。実験成功――」

と叫んでいる。

実験とは、似非心霊スポットを餌に人を集めて、病原体に感染させたり放射線被曝させたりし、そのデータを集める事なのだろう。そして、それを自分を認めてくれる闇の世界で売るといったところか。だから、テロリストなどを追う公安の人間やNBC部隊が同行し、尻尾を上手く掴む為に私達を利用した。こちらとしては、似非心霊スポットを暴く必要があったから、少なからず利害は一致って感じ。

―後は、廃坑道の中。おそらくはそこに。存在の気付かなかった霊達が求めているモノがある。

「あとは我々で。この先は危険だ。線量が高い」

私が霊達の事を話すと

「―その事は解っている。私も視えるのでね。でも、この先に在る物は、不法投棄された核廃棄物だ。ここだけの話。そのルートを探っていたら、今回の心霊スポット騒動に行きついた。他にも不法に危険な物が投棄されている、廃坑道をいいことにね。君達はここまでだ。論文にしろ記事にしろ、場合によっては発表出来ない事もあるかもしれないが。マスコミもネットもかなり圧力がかかるかもしれないね」

そういうと公安の人は部下を連れて、先に入っていたNBC部隊に続くべく装備を整え直した。他の捜査官に促されるようにして、教授と私は廃病院の外へと連れ出される。すでに朝日は昇っており、暗い中にいたぶん明るさに慣れるまで眩しさを堪えていた。

除染用のテントや車両が幾つもある。ついでにヘリまで飛んでいた。

「嫌な事件だな」

除染テントに入る前、教授がこぼした。珍しい。

「そうですね。すべてが明らかになるとは限りませし」

私の答えに何か言いたげだったが、それぞれ別々の除染テントに入った。


 その後、念の為に検査入院となった。感染症や放射線被曝の検査をするため。

おそらく、あの鉱山跡の廃坑には、危険な違法廃棄物だけでなく、別のモノもあるだろう。今回やバブルの頃だけでなく、鉱山が稼働していた時代や、疫病が流行っていた時代の。一部の地元民が口伝的に教えてくれたことは、あの辺りが『黒不浄』つまり昔の埋葬地だった事。それと、薄々だけど知っていたのだろう、あの廃病院を嫌っていた理由に『不法投棄』が絡んでいた事を。

それに、賽の神や道祖神の様な石や用水路は、かつての境界線の名残。

生者と死者の。

 

 あの廃病院の持ち主の犯行が少しだけ変えられて報道された。

報道されたのは不法投棄の事と、放射線治療の医療器の管理責任のみ。

結局、『実験』の事は報道されず、野次馬に入った人の『被曝事故』としてのみ報道された。公表できるギリギリのラインだったのだろう。

記事にも論文にも出来ない。記事にするにしても、心霊スポット正体は『違法廃棄物のせい』としか書けない。論文は、せいぜい『生者と死者の境界線が絡んでいた心霊スポット』としか。駄文になるくらいなら書く労力が無駄になるだけだ。編集長には報告書として出す。

もし論文として書くなら

『心霊スポットを造るには?』

となるだろう。

民俗学でもゼミでも扱う事はしないと、教授は言っていた。

あの廃坑道の霊達は、公安の人が供養すると約束してくれたので、私としては関わる事は無い。

 

 私は求めているのは、神やモノ、それらの信仰であり、生身の人間が行った犯罪行為を追うことでは無い。でも何故か、生身の悪意を持った人間が引き起こす事件に巻き込まれてしまう。

今までも、これからも、その様な事に巻き込まれてしまうのかもしれない。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 [気になる点] 所々の文面から、シリーズ作品なのかなと思うのですが、『貝の中のパンドラ』と『八百万事件忌憚』がそうでしょうか。 [一言] 廃墟なので、確かに毒虫に刺され……
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