8話 絶望と苦痛を
「派手にやりましたね」
「エルヴィス殿下」
現れたのは第二王子のエルヴィス殿下だった。彼まで来ていたとは。レオンハルト殿下……いや、レオンハルト元王子とは大違いで、聡明で素晴らしい方だ。
「エ、エルヴィス様……!」
エリカはガルシア伯爵からの猛攻撃ですっかり顔が青くなり、冷や汗だらけだった。
エルヴィス殿下を見るなり、ガルシア伯爵から逃れてこちらに飛んできた。エルヴィス殿下の腕に泣いてしがみついた。
「どうかお助けを……!」
「どうやら勘違いさせたようだね。あれはただの社交辞令だ。愚兄のレオンハルトとは違って、決して君などには惚れていない。魔法でしか心を手に入れられない奴には。どうせ、魅力の魔法を使っていたんだろう?」
エルヴィス殿下もそのことには気付いていたか。
そして、やはり親子だ。父親である陛下と同じように、汚物でも見るような目でエリカを見た。エリカの方は図星だったのと、そのような目で見られたことにショックだったのだろう。絶望の表情で膝から崩れ落ちた。
「どうして……私はエルヴィス様のことが……」
「好き、とでもいいたいのか? 兄は私に近付くための捨て駒とでも? 悪いが、そんな女には更に興味が無い。私がふしだらな女を好きになるとでも?」
思ったよりもストレートに言った。何となくだが、腹黒やドSっぽさを感じたのは気のせいでありたいと信じたい。腹黒とかドSとかにはあまり詳しくないので、本当に何となくだが。
「どうしてなのよ……私は主人公なのよ……乙女ゲームの主人公なのよ……! なんであのバカな女にこんなことができるのよ……!」
そうエリカが呟いたのを私は聞き逃さなかった。やはり、彼女も転生者だったか。そうではないかとは感じていた。彼女の常識と行動が前世のものに近いと感じていたからだ。いくら平民でもあの程度の常識なら知っているはずだ。
それに、乙女ゲームの中での私はバカだ。そんな先入観があったせいか、全く気付いていなかったようだ。
「あら、ご存知なくて?」
私はエリカの目線に合わせて座り、耳元で言ってやった。
「最近のラノベは悪役令嬢が主人公ですのよ? もしや、ラノベはご覧になられていない?」
今の発言に戸惑いを隠せないようだった。私が転生者だと気付いたのかは分からない。だからはっきりと言って、追い討ちをかけてやる。
「私、法学部の大学生で弁護士を目指していたんです。私のことをバカだと言っていましたが、この学園で成績は学年……いや、学園全体でも1位ですの。その私に喧嘩を売ろうなんて、甘いですわ」
エリカはようやく理解したようで、呆気にとられたままこちらを見つめていた。そう。私は弁護士を目指していたのだ。
前世の母から、やるときは徹底的にやれと教わった。今回もその母の教えだ。
弁護士になる夢半ばで死んだし、まだまだ半人前だった。だけど、こいつらと叩きのめすために必死になって、専門外のことまでも調べたのだ。
「もしや、この女の身に付けているものは……」
「はい。陛下たちから頂いたものです。盗られてしまいました。申し訳ありません」
「気にするな。……何という女だ。王妃やお前の父や弟がプレゼントしたものまで……その上、お前の母の形見まで……なんと下賎なやつだ。こやつを不敬罪で捕らえよ!」
様々な罪を重ねた上に不敬罪だ。いくら聖女とはいえ、奴隷のような生活になるだろう。最悪の場合は死刑か。できることなら前者を望もう。あのような女、死んで逃げて済むものか。死ぬまで地獄を味わえばいい。
「レオンハルト様ぁぁぁぁ!」
「エリカぁぁぁぁ!」
2人の互いを呼び合う叫び声が聞こえるが、それを無視して兵士がエリカを連れ去っていった。当然、レオンハルト元王子も連れて行こうとする。だが、それを振り払った。
「俺は王子だ……俺は……王になる人間だ……エリカも……お前のせいで!」
「姉さん!」
エディの静止を振り払い、レオンハルト元王子は私に向かって剣を握り、突進してくる。魔法まで使っている。何もかもを失ったからこそ、もう失うものはないらしい。本気で私を殺そうとしているようだ。
「言ったでしょう。貴方もですよ、殿下……いえ、元王子。私の母の形見の指輪、盗んだのは貴方でしょう? 指輪がとても美しいから。この世に1つしかありませんからね。それをエリカに渡すなんて……」
「く、くそっ……!」
レオンハルト元王子の魔法の攻撃を全て交わすか、自分の魔法でいなした。体勢が崩れたが、立て直して再度私に向かってくる。
どうやら、これが最後の一撃のようだ。魔力を全開にして、突進してくる。……流石にあれをまともに食らうと危ない。食らえば、の話だが。
「絶対に許しません。さようなら」
「ぐあああああああああああ!」
その最後の一撃をあっさりと躱す。威力はどんなに凄くても、動きが遅すぎる。
そして、自らの勢いで体勢を崩したレオンハルト元王子に蹴りを入れた。股間に。今までの恨みをこめて。
元王子は蹴られた直後は悲鳴を上げていたが、あまりの痛みにもう声も出ないようだ。
動きやすいドレスを着たのは正解だった。何の心配もせず、動けた。
「う、うわあ……」
それを見た男性陣のほとんどが恐怖している。
実はこれも母の教えだ。しかも、前世と今世の両方ともから。「男性に襲われたら、股間を蹴りなさい。急所だから」と言われてきた。今まで使うことは全くなかったが、今使うことになるとは。今での復讐にもなった。
「……ちょっとやりすぎましたかね? 私の罪と差し引きして、多少は軽くしてあげてください」
「いや、君が受けた仕打ちからすれば、これを受けて当然だ。息子だろうと、慈悲はない」
「いい気味だ。よくやったね」
……やはり、エルヴィス殿下は腹黒かドSというやつではないだろうか。兄が苦しんでいる様子を見て、笑っているではないか。私にはその笑みが怖い。




