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6話 恨みは晴らすもの

「さて、次ですが……」


「まだあるの!?」


 これでもう終わりと思うのが大間違いだ。私はやる時はとことんやる女だ。この時のために必死に耐えてきたのだ。


「ええ。とても大事なことが。エディ、貴方も来て」


「はい、姉さん」


 エディと共に殿下とエリカがいる壇上に向かう。騎士団長のご子息は私についてきて、殿下はエリカを守るように前に立つ。エリカは恐怖で怯えたような表情でこちらを見ているが、私からすればぶりっ子がするような仕草にしか見えない。


「何をする気だ!」


 殿下とこうやって面と向かうのはいつぶりだろうか。エリカ殿と出会ってからの殿下は上下関係をはっきり示すかのような行動を取るようになった。そのため、目を合わせることも許しがないとできなかった。


「いえ、ご挨拶をしようと思いまして」


 にこやかな笑顔でそう言葉を返す。流石に私の発言を信じるわけはないか。私が頭を下げると、2人から戸惑いの様子が伺えた。


「今までありがとうございました。お元気で」


 私がそう言うと、2人の僅かに笑ったような声が聞こえた。喜びがこちらにも伝わってくるようで、気味が悪い。

 ……何を勘違いしているのかしら?


「エリカ殿、とても綺麗な格好ですね」


「そ、そう?」


 にやけた顔をしながらそう答えた。先程から私に悪事を暴かれているというのに、これである。殿下がいるせいか、まだ余裕を保っていられるか。大丈夫だと思っているのか?

 私からすれば気持ち悪い表情だが、今はそんなことを気にしてはいけない。


「ようやく認めたか。お前などよりもエリカはとても美しく、中身も素晴らしいのだ」


「——そうですか」


 見た目の美しさに関してはそう大差はないと思うが、恋をするとこうなるのだろう。別に私がどう言われようと、これは個人の意見なので何とも思わない。……だけど。


「はあっ!」


 私は今までの怒りを拳に込めて、殿下の後ろにいるエリカの顔面を思いっきり殴った。


「エリカ!」


 それを見て、私の側にいた騎士団長のご子息が剣を持って、それ以外の人は素手で、飛んでくるようにこちらに向かって来たが、全員をエディが魔法で地面に押さえつける。重力魔法の一種だ。重力について教えたところ、自分でこの魔法を編み出したのだ。


 殿下はエリカの方を気にしていたが、すぐに私への怒りが込み上げてきたようだ。私に向かって殴りかかる。


「お前もだよ!」


 怒りのあまり、口が悪くなってしまった。だが、そんなことはどうでもいいくらいに抑えていた怒りが込み上げてくる。


「ぐあっ」


 下から突き上げるように殿下の顎に殴ると、クリーンヒットしたようだ。倒れたまま動かない。ボクシングなどはやったことがないので、まさかここまで気持ちよく決まるとは思わなかった。


「な、なんで……」


 エリカは口の中を切ったのか、口から少し血が出ている。自分が何故殴られたのか理解していないようだ。殴られた頬を押さえ、涙目になっていた。座り方といい、こんな時でもぶりっ子のような仕草にしか見えない。


「お前のこれまでの私に対する無礼な態度、殿下を奪ったこと、使用人が伯爵令嬢だと知っても敬語すら使わない無礼などなど。その全てを私は許してもいいと思っている」


 殴られた後にそんなことを言われたせいか、戸惑いの表情を見せる。私が一歩近付くと、エリカは小さな悲鳴を上げる。

 だが、少し安心している表情にも見える。バカか。“私は”なのに。それに——


「何故か分かるか?」


「わ、分かるわけないでしょ!」


 エリカはやけくそになったように泣きながらそう叫ぶ。これで本当に無自覚だというならば、何とも馬鹿馬鹿しい。


「それはだな……お前がお母様の形見を持っているからだよ!」


 エリカの胸ぐらを掴み、そう叫ぶ。エリカはやっと気付いたのか、涙を流しながら恐怖に震えている。


「その指輪は私のお母様の形見だ。それだけじゃない。そのネックレスはお父様から、その髪飾りはエディから、その靴は陛下から、そのドレスは王妃様から。何もかも、私の大切な人からもらったものなんだよ! それだけは何があろうと絶対に許さない!」


 再度、エリカの顔面を殴る。そして胸倉を掴み、持ち上げる。ドレスを汚されては困るので、自分のハンカチでエリカの顔についている血を乱雑に拭う。


「私に屈辱を味わわせたかったか? だから私の部屋から盗んだものばかり身につけているのか? 悪いけど、同じものを持っているという言い訳はできないわ。全てこの世に1つしかないものだから」


 青ざめた表情をしている。私はアクセサリーやドレスをいくつも持っているから、1つや2つくらいは盗んでもバレないとでも思っていたか? 残念だが、ほとんどが貰い物だ。全て記憶に残っている。


 私自身、あまり豪遊はしたくないと思っていたので、自分でそういったものは必要以上には買っていない。それに、あの程度の偽装工作でバレないと思っていたとは。


「すぐに無くなったことに気付いて、学園の人に聞いたよ。そうしたら、ほとんどの人が私が自分で持ち出したって言っていた。どういうことだろうかね? ……エディ」


 持っていた袋からエディが中身を取り出す。それを見て、エリカは悲鳴を上げて、取り返そうとしていたが、無駄だ。私はエリカを投げ捨てるようにして放し、皆のいる会場の方へと向いた。


「私の髪色、髪の長さとほとんど同じかつらです。これがエリカの部屋から出てきました。証人は騎士団長殿です。彼と共にエリカの部屋を捜索しました」


「父上が……!?」


 すると、隠れていた騎士団長が現れた。それを見て、騎士団長のご子息も青ざめた顔をしている。必死になって弁明しようとしているが舌が回っておらず、自分でも何を言おうとしているのか分からない様子だ。


「サラ様が暴行、窃盗などをしたのを見たということをそちらの方々が述べていましたが、事実無根。関係があるとすれば、全てエリカ様が変装をして行っていたことです。サラ様のアリバイは証明できています。同一人物が同時刻に異なった複数の場所にいることはできませんよね? ですが、エリカ様のアリバイはありませんでした。サラ様が関わったとされる、全ての事件においてです。盗品もエリカ様の部屋から発見されました」


 何かを喚いているが、泣いているせいで何を言っているのか全く聞き取れない。どうせ、嵌められたなどと言っているのだろうが、無駄なことだ。アリバイがない上にこの証拠だ。もう言い逃れはできない。


「父上……どうして……」


「それはこちらの台詞だ。どうしてこんなことをした? 我が息子ながら、情けない。女に現を抜かした上に盗賊を雇うとは……お前は騎士として以前に、人間として失格だ。跡継ぎはお前の弟にする。お前はうちの人間ではない」


 絶望に満ちた表情で項垂れる。廃嫡だけでなく、絶縁になってしまったか。武術は優秀だと聞いていたが、人としてダメな時点で終わりだ。


「ち、父上……」


「よくも私の顔に泥を塗ってくれたな。婚約者もいるというのに……しかも、宰相の息子であるというのに国庫に手を出すとは……よくもこんなことをしてくれたな。絶縁だ!」


 宰相も現れた。婚約者がいるにも関わらず、エリカの方に行ったのか。そしてその婚約者は発表されてはいないけど、恐らく……。


「申し訳ありません。息子が失礼なことを……」


「いえ。結婚前にあのような男だと知れてよかったですわ」


 やはりガルシア伯爵のご令嬢だったか。殿下の婚約者に検討されるほどなのだから、宰相のご子息の婚約者として選ばれていたのではと思っていたが、思った通りだった。こんな素晴らしい婚約者を振るなんて、宰相のご子息も何を考えているのやら。


 そして、こうなると——


「貴様ぁぁぁぁ!」


 ああ、やはりやって来たか。

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