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5話 悪女はどちらか?

「さて、エリカ殿と殿下。貴方たちも随分とやってくれましたね」


「何のことだ」


 自分達のやったことはバレていないとも思っているつもりなのだろうか。2人とも余裕を見せている。私のことをバカだとでも言うように、冷ややかな目で見ている。バカなのはどちらなのか。


「とぼけるおつもりで? 殿下はこの国では禁止されている奴隷売買に関与し、利益を得ていますね? 殿下と奴隷商人がやり取りした書類も出てきています」


 これは単純にお金を手に入れる目的だろう。奴隷売買が上手くいっているのなら、簡単に多くのお金を稼げているはずだ。

 ……一体どれだけの利益を得たのやら。重臣に誘われ、都合よく利用されているとも気付かずに。今頃、そいつらもこんな状況かしら。


「知らん。関係があるとしたら、部下がやったことだろ」


「あら。部下のやったことは上司の責任だ、などと言って私に暴力を振るったのはどこの誰ですか?」


 その瞬間、静かだった会場がざわつき始めた。いくら王子とはいえ、この国に尽くしている公爵家の令嬢に暴力を振るうなど言語道断。公爵家と王家の間に確執を生みかねないのだから。


「証拠は、とおっしゃいたいようなので見せますね。エリカ殿、これを証拠と言うのです」


 私の足を見た人々が更にざわつく。足だけでも、大きな痣が数ヶ所に出来ているのを見て、息を呑む人も大勢いる。この日のために回復魔法は重傷の怪我は治したが、他は痛みを取るのみに留めて、放置していた。

 ようやく目が覚めた女性もいれば、信じていない女性もいる。大半は後者だけど。


「私のメイドが紅茶の入ったティーカップを落としました。殿下に紅茶はかかりませんでしたが、殿下に叱られてもおかしくないでしょう。ですが、殿下は彼女ではなく私を叱り、私に暴力を振るったのです」


「嘘をつくな、この悪女め」


 流石は殿下、といったところだろうか。動揺を見せない。エリカが聖女なら、私は悪女か。ますます悪役令嬢らしいわね。望むところよ。


「更に、殿下はメイドに今回のことを黙っていろと脅したようですね。それを見たエリカ殿は勘違いしたようで『殿下に色目を使いやがって』などと述べ、暴行をした後に階段から突き落とし、骨折や脳震盪などの大怪我を負わせています」


「知らないわよ、そんなこと! 証拠を見せなさいよ!」


 まだそんな意地を張っていられることに笑えてしまう。この世界にはボイスレコーダーなどは無いため、明確な証拠を取りにくい。明確な証拠がないと思っているからこの2人は余裕を見せているのだろうか。


 私を舐められてもらっては困るわね。


「入ってください」


 そう私が言うと、複数の女性が入ってくる。一見すると普通の女性もいるが、そのほとんどが顔や腕に包帯を巻いたり、腫れや傷があったりと悲惨なものだった。

 それに、この会場にいる人なら彼女達のの名前は知らなくても何度か見かけたことがある人がほとんどだろう。


「まず、彼女は先程述べた者です。自ら転倒してこうなった可能性も否定できないませんが……それにしては、随分と酷い怪我ですね」


「打ち所が悪かったんでしょ!」


 たったそれだけの言葉で勝ち誇ったような顔をしている。……呆れて物も言えないわ。


 指紋採取ができれば良いのだが、この世界の技術では不可能だ。私の前世の知識を使ってできないこともないが、布では不可能だ。あれは科学がもっと発達していないと無理だ。この世界は中世のヨーロッパに近い世界のため、そんな技術があるわけがないのだ。


「質問です。殿下は私に暴力を振るいましたか? また、貴方は殿下やエリカ殿に脅されるか暴力を振るわれましたか?」


「はい。間違いありません。嘘だとおっしゃるのなら、命を賭けてもかまいません」


 流石にここまで言ってくれるとは思っていなかった。だが、彼女は私のメイド。これだけでは誰も信じない。その上、殿下達の影響が大きすぎる。


「では、次の方です。エリカ殿、まさかご自身の使用人にまで手を出すとは」


 彼女の顔は包帯で巻かれていた。それでも、顔が腫れているのがよく分かる。被害者たちの現在の見た目の酷さで言えば一番だろう。


「知らないわよ。そいつも転倒したんじゃない?」


「では、ガルシア伯爵のご令嬢が嘘をついているとおっしゃるのですね?」


 その言葉を聞いて、エリカを除いた全員がハッとする。今はこんな見た目になってしまっているが、彼女はその美貌と優秀さで殿下の婚約相手にも検討されていた人物だ。貴族であればその存在と名前、評判は誰もが知っているだろう。


「何があったのか嘘偽りなく述べてください」


「はい。貴族や令嬢のマナーや常識をエリカ様に指導していたのですが、『煩い、黙れ』などとおっしゃり、暴力を振るわれました。更に『私には殿下がいる。もしもこのことを言ったら、どうなるか分かってるわよね?』などと私におっしゃいました」


 エリカは相手が伯爵令嬢だとやっと理解しただろう。平静を装ってはいるが、少し顔が青ざめて動揺している。相手が誰か調べもせずにこういうことをするとは。


「な、何故伯爵令嬢が私の使用人に……!?」


「聖女としての学習のためです。これから聖女になるのであれば、貴族のマナーや常識などを身につけていただかなければなりません。そのために同じ女性で貴族の優秀な方に貴方の指導のために使用人になっていただいていたのです。聖女の使用人となることは名誉でもありますから」


 そう言ったのは枢機卿だった。この国にも教会があり、枢機卿は教皇の次に位が高い人物である。聖女関連のことは教会の役目だ。教皇はトップであるが故に忙しいので、枢機卿が担当している。

 教会もまともな人間は多くはない。私が知る中で、この枢機卿は一番信頼できると感じた。だから協力をお願いしたのだ。


「それを事前に説明していたのですが……人の話を聞いていないということになりますね」


「そんなこと聞いてないわよ! なんで伯爵令嬢なんかを!」


 今度は顔を真っ赤にして怒りに震えている。それを見た殿下がエリカを宥め、同情するように私たちを怒りの目で睨んでくる。


「無実なら怒る必要のない話ですけど。伯爵令嬢が相手で何か不都合でも? 普通はないですよね? むしろ、本来は光栄なことかと」


 気付くのが遅すぎだ。エリカの真っ赤だった顔はまた青ざめている。表情がコロコロと変わるエリカに、もう笑ってしまいそうになる。


 私の反撃はこれだけでは終わらない。

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