48話 命散らす禁忌
「お、お母様?」
先程まで目の前にいたはずのお母様がいない。
足を動かそうとすると、動かない。足が重かった。
下を見ると、何かが足の上に乗っていた。一緒脳がバグったかの如く、思考が停止した。
だが、それがお母様なのは嫌でも理解した。
「お母様!?」
長い時が流れたかのようだった。
脳が正常に戻り、体が動くようになった。そして、お母様の体を揺さぶった。
返答はなかった。慌ててうつ伏せになっていた体を仰向けにした。
「……!?」
顔を見ると、お母様のようでお母様ではないように感じた。
明らかに老けている。あまりの変化に一瞬、ゾンビかと思ってしまった。
だが、そんなことを考えている余裕はなかった。
お母様は息をしていない。急いで心臓マッサージを――そう思って始めようとした瞬間、悟ってしまった。
「――あ」
そんな声が漏れた。生命力というか、魂というのか。直感的に、そういったものが無くなっているように感じた。
つまり、もう助からない。頭の中でそう理解した。
「……誰か! 誰かいないか!? 医者を!」
分かっているはずなのに。我を忘れ、自分が子どもであることも忘れ、そう叫んだ。
そして、扉が開いた。
「……助からないのは、お嬢様ももうご存知でしょう」
現れたのはルーシーだった。
「奥様は禁忌を犯し、その命を捧げられました」
「……は?」
いつか、聞いた言葉だった。確か、団長がお母様に言っていた。
これが、“禁忌”? 団長が言っていたのは、これのこと?
「このことは内密に。禁忌ですので。結界を張り、人払いもしておりますので、私達しか気付いておりません」
「……っ、どうしてそこまで冷静でいられるの!?」
「冷静なわけがないでしょう!?」
怒りをぶつけるように叫んだ私よりも、大きな声でルーシーは叫んだ。
その目は涙でいっぱいだった。
私は何も言えなかった。
「……申し訳ございません。無礼をお許しください」
「……私も悪かったわ」
ルーシーから目を逸らした。彼女の顔を見ることができなかった。
そして、動かなくなったお母様に触れる。
まだ暖かい。だけど、もう息を吹き返すことがないことは頭が理解していた。
「医者は既に別の者に呼ばせてあります。間もなく到着するかと」
ルーシーはいつも通りの声色に戻った。
その医者が何を意味するのか、分かっていた。
お母様の死を伝えるだけの医者だ。
「……いずれこうなるとは分かっていたけど」
変えようのない運命。だが、本来よりの運命より伸びた命。
心のどこかで、お母様はこの先もずっと生きている。そう思っていたのかもしれない。
お母様は会話の中で自分がこれから死ぬことを仄かしていたのに。いざこうなると、自分はここまで動揺してしまった。
「……葬儀の準場を。多分、屋敷に戻るでしょう?」
このままこの別荘で葬儀をするとは思えない。恐らく、運び出すだろう。
「それと、警備の増強を。アーロンの襲撃が予想されるわ。気付かれないように、内密に」
どちらも私が言うことではない。お父様が指示するべき内容だ。
だが、そうでもしないと虚勢を保てなかった。
「……承知しました」
察した様な声だった。そして、部屋の扉が閉まる音が聞こえた。
「……っ」
私は声を押し殺して泣いた。
誰にもバレないように。




