43話 未来への伏線
「し、死ぬっ……体力も魔力もほとんどすっからかん……」
別荘の庭にて、私は死んだように倒れ込んでいた。
喉も渇き、貪るように水を飲んでいた。
「やりすぎたかしら?」
「体はまだ2歳児ですよっ!? 加減というものをですね……」
案の定、地獄を見た。魔法特訓の比ではない。
魔法の時も、集中力や魔法を扱うことによる体力の消耗はあった。だが、今度は違う。魔法だけでなく、体を動かす必要がある。消耗の速度は圧倒的に早かった。
「でも、今のうちから私の指導よ? この国で1番……
いや、世界一になれるわ」
「興味ないで……」
言いかけて、やめた。世界一の強さを手に入れたら、誰も私を殺せなくなる。決まった運命に導かれ、悪役令嬢と言われようとも、強さでどうにかなるのでは?
「……ムキムキは、ちょっと嫌です」
「まったくもう、強さや名声よりそんなところを気にするの?」
そう言うと、お母様と私はつい笑いが込み上げた。
強くなるのも、案外悪くないかもしれない。そう思えた。
「でも、世界一の力を手にしてもその力は隠さないといけないから、それは残念ね」
特に今のうちからあまりにも強すぎることがバレると命に関わる。成長してからバレても、色々と厄介なのは目に見えている。
余程のことがない限り、自分からバラすことはないだろう。バレてしまう可能性もあるけど。
「いつかの時のために言っておくわ」
そう言うと、お母様は悪い顔をして笑っていた。
怖い。これは何か悪いことを言おうとしているか、何か企んでいる時の顔だ。
「お、お母様……いつか、とは?」
「貴方が命を狙われて、襲われた時よ。要するに、護身術ね」
そのお母様の返答のみを考えると、話の内容は至って真面目……なはずなのだ。
だが、顔がそうではない。決して護身術とか、そんな普通の内容ではない。
「刺客でも何でも、襲ってくるのは大抵男よ。男性に襲われたら、股間を蹴りなさい。急所だから」
「……」
悪い顔をして、お母様はそう言った。
私は絶句した。さっきまで飲んでいた水を吹き出しそうになった。
「何よ、その顔。これをされたら一発で倒れるわよ? 本気で蹴ってやりなさい」
いや、それはそうなんだけど。と思ったが、私は何も言わなかった。
「それと、旦那に暴力を振るわれた時とかにやり返すのもいいわ。今まで積もりに積もった恨みを晴らす時とか――」
「まさかと思いますけど、お父様にそれやってないですよね?」
「流石にやってないわよ」
少し安心した。ただでさえ強いお母様にそんなことをされたら、お父様は……まあ、間違いなく尻に敷かれていただろう。
あまりの内容だったが、私は思わずクスクスと笑ってしまった。
「何で笑うの?」
「いや、懐かしいなと思いまして」
前世のお母さんも、同じようなことを言っていた。母親とは、こんな感じに似るものなのだろうか?
実際に使ったことはないが、これからも使わないことを願いたい。男性にとって、こんな酷いことをしたくはない。
「前世でも言われた? やっぱり、いつの時代、どこの世界でもこの手はいいのよ! 特に武器も何もない時に効果的で――」
「……使ったこと、あるんですね」
そうだろうとは思っていたが、私は思わずそう呟いた。
「サラも何かあったら使いなさい」
「使いたくないですし、使いません」
十数年後、本当に使うことになろうとは、この時の私は思ってもいなかった。




