4話 反撃の狼煙は既に上げられている
「はい、姉さん」
私の呼びかけに応えた彼は私のもう1人の弟、エドワードだ。エディは愛称だ。大量の書類や袋を両手に抱えている。
スペンサー家の次男だが、長男のダグラスよりも聡明で、私は以前から彼に家を継いでもらいたいと思っている。兄であるダグラスを反面教師にしたのかもしれない。彼は私の味方で仲もいい。しかし、ダグラスとは私と同じような理由で仲が悪い。
「エドワード……この愚弟が……」
「愚弟なのはどちらですか」
自分の方が劣っていると気付かず、偉そうな態度ばかり。今だってそうだ。人を見下したような目でこちら見ている。あんなやつを当主にしてはダメだ。子どもでも分かりそうだ。
「ありがとう、エディ。皆様、人のことより自分の心配をされては? 人の振り見て我が振り直せ、ですよ。まあ、私は全く身に覚えがないのですが」
全員、エリカに夢中だった。それはもう熱狂的に。おかげで、こいつらを破滅に導くまでの道のりが簡単になった。こればかりはエリカに礼を言わせてもらおうか。
「これは何だと思いますか?」
エディが持ってきた書類を、上から適当に取ってそれを突き出す。全員が何のことか理解できていないようだ。それなら、全員の目の前で公表するだけのことだ。
「先程の伯爵のご子息の方。ご自身でお店を経営されているとか。お客様の数から売り上げを推測しますと、報告している売上金が異様に少ないですね。その上、宝石やドレスなどに多額の出費をしています。エリカ殿に貢ぎましたか? 典型的な脱税ですね」
魔法で風を起こし、それを本人に投げつける。書類を目にすると、動揺を隠しきれないようだった。
この程度で脱税がバレないと思えるのも不思議だが、バレないでできてしまうのがこの世界の現実だ。その辺の整備とかも何とかしないと。
「騎士団長のご子息の方。我が家に盗賊を仕向けたのは貴方ですね? 我が家だけでなく、エリカ殿に嫌がらせをした、あるいはしようとした人にもです。その上、手を結んだ相手が悪かったですね。やり取りの書類や帳簿も発見しています。律儀な盗賊ですね。貴方の弱みでも握っておきたかったんでしょうか? エリカ殿を守るという心がけだけは立派ですが、騎士として恥ずかしい行為ですね」
“だけ”を強調して言ってやった。近くにいたので、直接証拠を突きつけてやると驚いている様子だった。それもそうだ。まさか、物的証拠が残っているとは思っていなかったのだろう。私も残っているとは思っていなかった。
だが、証拠の書類を丸めて、床に投げ捨ててしまった。かっこつけて、自分は無実だと周りに見せつけているつもりなのだろうか。
盗賊が証拠となるものを残していたのは彼の弱みを握り、自分達に有利に何かしらの事を進めるためか、捕らえられても見逃してもらうためか……推測でしかないが、大方そんな感じだろう。残念ながら、自分達の首を絞めただけになったけど。
「宰相のご子息の方。これは国庫から横領しましたね? 上手いこと誤魔化したつもりのようですが、処理に不自然な点があります。随分と手の込んだ偽装の出費ですね。横領したお金で買ったものは宝石やドレス、ブランド物……似たようなものですね。貴方もエリカ殿にでも貢いでいましたか? それに、私への嫌がらせや脅迫紛いの手紙も貴方ですね。筆跡も誤魔化そうとしたようですが、字の癖で分かりますわ」
同じように魔法を使って証拠を投げつける。彼も自分は無実だとでも言いたいのだろうか。無言で破って投げ捨てて鼻で笑ったが、手が震えている。
「そして我が愚弟、ダグラス。我が家の資金を横領するとはどういうつもり? 金貨1000枚は流石に許せません。後、私に毒を盛ったのも貴方ね。毒が入っているとすぐに分かったから、口にしなかったわ。未遂で済んでよかったわね。多少は罪が軽くなるわ。隠してあった毒も発見したし、購入した時の帳簿も見つけたから、罪は逃れられないわ」
「なっ……!?」
このバカな弟、ダグラスは先程の宰相のご子息とは違って偽装工作などはまるでしていなかった。だから、宰相のご子息は少々苦労したが、こいつに関してはあっさりと分かった。自分はバレないとでも思っていたのだろう。
金貨1枚は元の世界のおよそ10万円になるから、横領額は約1億円になる。公爵家であっても、大きな痛手だ。
それに、この愚弟は何のために貴族が銀の食器を使うのか理解していないようだ。銀はヒ素などの毒に触れると、化学反応を起こして黒くなる。実際、愚弟に毒殺をされそうになった時にも黒くなった。
散々、両親にも言われた上にこの学園でも学んでいるはずなのに、何のために勉強しているのか分からない。エリカの為に邪魔な私を殺そうとしたのだろうけど、考えが甘い。
「他の人の罪とその証拠までいちいち話していたら、日が暮れてしまいます。ですので、省略させていただきます。皆さん、エリカ殿を溺愛しているようですね。彼女からの愛を手に入れるなら犯罪までするほどに。調べるのに苦労しましたよ」
そう言って、手に持っていた書類を全て放り捨てた。
奴らは散らばった書類から自分の犯罪の証拠を回収しようと血眼になって探しているが、それはただのコピーだ。そんなことは常識のはずなのに、どうしてこうも躍起になるのだろうか。
……さて、この2人を忘れてはいけないわね。




