38話 至らない推測
「我々の知り得ない何かが起こっている。魔王の復活にしては早い。だが、闇属性の魔力石が出てきたとなるとそれを疑わざるを得ない」
団長とお母様は、あの騎士団の執務室で以前のように密談していた。
「魔王の復活はあり得ません。過去に作られた石を用いているのでは?」
「あの石が原因と思われる患者が多すぎる。過去の物なら数は有限だ。今日のことならまだしも、今までのことに乱用できるか?」
私も知らない何かが起こっているのは間違いなかった。
過去のエピソードについては、本編のように詳しく語られない。ざっくりとしたものや伝説等しか知らない。まさか、こんな大問題が起きていたとは。
「それに、魔王の復活ではないと断言できる根拠はあるのか?」
断言しているのは、私の影響だ。以前、お母様に自分が転生したことを話した際に魔王の話もしている。
魔王の復活はゲームの本編中。まだ早すぎる。
「――勘ですわ。復活したにしては、魔物の様子もいつも通りです」
「……それもそうだな。だが、魔王でないとなると一体何だ?」
しばらく沈黙が流れた後、お母様が口を開いた。
「上位魔族は――闇属性持ちなら、できますか?」
上位魔族は、限りなく人に近い魔族のことを指す。人間同等の知性を持ち、見た目も人間に近い。魔人と呼ぶこともある。
ちなみに中位と下位は魔物と呼ばれる。ただし、中位の方が知性があり、ダンジョンのボスがそれに当たることが多い。
……なお、魔王の復活により上位魔族が増える。そのため、将来的に上位魔族の中でも上位魔人、中位魔人、下位魔人と区別されるようになる。ちょっと面倒臭いと思ったが、特にストーリーの進行上は気にしなくても問題はなかった。
「分からん。だが、そこまで技術のあるやつがいるだろうか。あれは職人でないとできない。その上、上等の物になればなるほど魔力量と才能が必須と言われる」
「側近級なら可能だとは思いますが、勇者も聖女も現れていないですし、まだいないでしょう。もしいたなら、勇者もいないので大暴れしてます」
この側近級と呼ばれる魔族が後の上位魔人に当たる。こいつらが魔王だろと勘違いするほどに本当に強かった。強化不足で、何度も勇者一行を全滅させてしまった。
なお、魔王はもっと強かった。今思えば、あのゲームの難易度はかなり高かったのではないだろうか?
「魔族と言えども、魔王以外で闇属性持ちの数は少ない。我々人間に比べれば、闇属性への適正はあるが……」
「結局、ここまで出来る奴がいるか、という話に戻ってしまいますね」
「……いると仮定して、だ。そんな奴を今の我々が倒せるか?」
「……」
お母様のそれは、無言の肯定だった。
お母様は全盛期から劣り、今は頼れる強い騎士も魔法使いも、誰もいない。
仮に今、魔王が復活していたら、復活直後の弱い状態でも、この国は一瞬で滅びてしまうだろう。
「……まあ、ないだろうな。前の推測と同じだ。そこまでの実力なら、もっと大暴れしているはずだ」
ため息をつくと、団長は言葉を続けた。
「奴がここまでするとは思っていなかったが……命まで狙われた今、お前は子供たちと逃げろ」
「ですが、そうなると夫が――」
「今のままではお前の子供まで巻き込むぞ。公爵はそれを望んでいるのか? 調べたところ、奴は戸籍上では死んだことになっていたぞ」
「なっ」
死んでいるはずがない。それなら、死体はどこに? この闇魔法関連の事件、私達を襲撃したのは誰?
生きているなら――いや、生きているはずだ。お母様と私達がいなくなれば、次はお父様が標的。妥当だ。
お父様は公爵という立場上、逃げるという選択肢は取れない。逃げた場合、いくら事情があるとはいえ、他の貴族や領民、王族からの不信に繋がる。
「……分かりました」
渋々といった様子だったが、お母様は団長の言うことに従うようだった。




