36話 帰宅のはずが――
「完成致しました」
「流石、仕事が早いわね。はい、サラ」
特注品の品物は私達があちこち回っている間にできたようだった。
お母様の手から私に手渡されると、不思議と私の手に馴染んだ。注文の際に質問や検査らしきことをされたが、そのおかげなのだろうか。
「……ついでに、もう1つ注文しておきたいのだけれど」
そう言って、お母様は何かを書いた紙を取り出した。それを見た職人は目を見開き、口をパクパクとさせていた。
「奥様、流石にこれは……」
職人は無理だ、と言わんばかりの表情をしていた。
「お金のことは気にしないで。前金として、こちらを払っておくわ。足りなかったらいくらでも請求して。半年ほどでお願いしたいわ」
半年、という言葉に更に職人は驚愕した。
「半年……ですか?」
「多少なら伸びても構わないわ。貴方の情報網なら、入手できることを信じているわ」
「……分かりました」
渋々と言った様子だったが、職人はお母様の要求を承諾した。
お母様の性格と職人の様子からして、相当無茶な注文だったのだろう。
「では、帰りましょうか」
やっとか。私は安心して、息をついた。
空を見ると、既に日没だった。私はもうクタクタだ。馬車の中に入ると、すぐに横になった。貴族としてはみっともないかもしれないが、それほどまでに疲れていた。
病人かつ妊婦のお母様が平気そうなのが信じられないくらいだ。
「その杖、合わなくなってきたらあの店に行きなさい。調整してくれるわ」
そんな仕組みもゲームであった。
低級の物だと買い換えた方がマシだが、これは一生ものと言ってもいいものだろう。ステータスは見えないが、手に取っただけで私には分かる。
「きゃーっ!」
「っ!?」
突然、馬車が悲鳴と共に止まった。その反動で、私は危うく椅子から落ちそうになった。そして、シートベルトの有り難みを知った。
「何事!?」
「奥様、お逃げを!」
外を覗くと、護衛と敵が戦っていた。
まさか、あのアーロンかその手先の襲撃か――そう思った。
だが、敵は単独。あいつの手下にしては、お母様相手に1人で襲撃は変だし、あいつ自身が来たにしては背丈も違うように思える。その上、剣の音がする。あの男が剣を使っていた覚えはない。
「あいつ……護衛だけでは手に余るわね。戦えない者は逃げなさい! ここは私が――ってサラ?」
「お母様。ダメです。安静にと言われましたよね?」
お母様の服を引っ張り、静止した。こんな時でも自分の身を顧みず戦おうとするのは、お母様の優しさなのだろう。
だが、それはあまりに危険すぎる。
「お母様、ちょっと失礼します」
「ちょっ、サラ! ダメよ!」
お母様の静止も聞かず、新しく手に入れた杖を手に外へと降りた。
杖の先に魔力を込め、それを水へと変換する。詠唱は不要。とにかく、魔法の発動速度を重視する。
「はっ!」
その水を敵に目掛けて投げつける――までは良かった。
「――あっ」
その水に当たった敵は見事に吹っ飛んだ。
それは狙い通りだったが、杖の影響だろうか。威力が大きすぎた。吹っ飛んだ勢いのまま、敵は木に頭を派手にぶつけてしまった。そして、そのまま動かない。
その上、敵諸共自分の護衛まで吹き飛ばしてしまった。茂みの方に飛んだため、大した怪我はない……と思いたかったが、こちらも全く動かない。
「流石、王族や王宮の魔法使いも注文する店の杖ね。申し分ないわ」
私の杖を見て、お母様はそう言った。
……これは、想像以上の物だ。多少慣れが必要だ。そう思った。
「さっきので意識は失ってるわね。さて、どこのどいつか――あら?」
「……ん?」
どことなく見覚えのある顔に、私達は首を傾げた。




