34話 時は迫る
「よし。初級魔法はもう大丈夫ね」
「つーかーれーたー」
特に進展もなく、時は過ぎていった。
気付けば、数ヶ月で初級魔法をほとんどマスターしてしまった。更に、一部の中級魔法にも手を出していた。
「……お母様、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ」
そう言っているが、最近顔色が悪い。まだ1年ほどは猶予はあると思うが、この頃から調子を崩してしまっていたのだろうか。
「……ん?」
「どうしたの?」
1年、という単語に引っかかりを覚えた。1年……1年でしょ?
「お母様、早急に病院に行きましょう」
「えっ」
私がそう言うと、お母様は少し驚いたような表情をした。これは勘違いさせてしまったようだ。
「あ、貴族って主治医を呼ぶのが普通か……とにかく、大丈夫ですから。主治医を呼びましょう」
「……そうね。出かける支度をしましょう」
そうね、と言いつつ出かける支度を始めるお母様。あれ、主治医は?
そんな私の疑問に答えることはなく、私も出かける支度をさせられていた。
「奥様、本日はどちらへ?」
外に出ると既に馬車が用意されていた。相変わらず豪華で、元庶民の私にはやはり気が引けてしまう。
「主治医の元へ向かうわ」
なんだ、そうだったのか。そう安心したが、わざわざ行く必要があるのだろうか?
別に、お母様はお父様に自分の病気を知られたくないわけではないはずだ。むしろ、結婚前から知っていたのではなかろうか?
そんな話を番外編か何かで見た覚えがある。
「到着致しました」
「おお……?」
そこには病院には見えない、大きくはないが綺麗な民家があった。これが病院なのだろうか?
だが、時代設定は中世ヨーロッパ。そう考えると、こんなものなのだろうか。
「奥様! わざわざお越しいただかなくても、お呼びになってくだされば参りますのに……」
主治医らしき人物が、玄関から慌てて飛び出して来た。服は乱れ、相当焦ったようだった。
「ちょっと用事がありまして、そのついでですから気にしないでください。ちょっと検査をしてほしくてですね」
「調子が悪いですか?」
「大したことはないんですが、全身を検査していただきたくて」
違う、とお母様の服を引っ張りながら全力で首を振った。全身の検査をしていたら、時間がかかりすぎてしまう。
「おなか!」
私はそう叫んだ。医者は私が叫んだ直後は良く理解していなかったようだったが、すぐに察したようだった。
「ああ、なるほど。とりあえず、中にお入りください」
中も病院というよりは診療所と言った方が近いようで、こじんまりとしていた。
「お腹を触らせていただきます。……うん。お嬢様の言う通りですね。妊娠してますよ。1ヶ月ですね」
恐らく魔法で診断したのだろう。だが、あまりの診断の早さに驚いてしまった。
「えっ」
お母様は想定外だったようだ。動揺した様子で自分のお腹と私を交互に見ていた。
「小さい子どもはたまにそういったことに敏感な子がいますからね。お嬢様もそうでしょう」
そう医者は言うが、当然実際はそうではない。
サラには弟が2人いる。サラが学園で3年生だったとき、弟はそれぞれ2年と1年。1つ下の弟、ダグラスは生まれた。そして、もう1人も妊娠していておかしくない時期だ。
その上、お母様の最近の体調不良。病気の影響というより、原因は悪阻だろう。
「ですが、危険です。お二人は大丈夫でしたが、時期的にも……出産に耐えられない可能性が……」
「いいえ。大丈夫ですわ。産みます」
お母様はきっぱりと断言した。それを聞いた医者は何か言おうとして、やめた。
「奥様は言い出したら聞きませんからね。分かりました。私も全力を尽くします」
そう言うと、医者は何か紙に文字を書き始めた。
「ですが、奥様だからこそ予め言っておきます。流産や早産の可能性は高いと思ってください」
先程何かを書いていた紙を渡された。そこには、これからの生活の注意点と処方箋らしき内容だった。
「安静に、お願いしますよ?」
「……分かっていますわ」
医者のその強い言い方に、お母様のことをよく知ってるんだなと思った。




