23話 過去の暴走事故の話
「暴走事故の件はルーシーから聞いたかしら?」
「……あ、はい」
これまでの話の脈略からして、ルーシーというのは、あのメイドの名前のことだろうか。初めて聞いたため、すぐには反応できなかった。
1年間一緒に過ごしてきたのに、知らなかった。そういえば、こっちの世界に来てからは意外と人の名前を聞く機会がない。
「ルーシーの娘もね、3歳で暴走を起こしているのよ」
「……」
彼女のあの表情はそういうことだったのか。
……そうなると、何故彼女は私に魔法を教えてくれたのだろうか。以前、彼女から理由は聞いた。だが、お母様の言葉を聞いて、勘だと言った彼女の言葉に疑念を抱いた。
これではまるで、「暴走させることで私に間接的に危害を加えるつもりだった」という風にも取れてしまう。しかし、私には彼女がそんな人間には見えない。
「その子はルーシーの魔法を見て、貴方にみたいに魔法を知りたがってた。でも、あの頃には既に暴走事故も頻発してて、問題になり始めてた頃だった。それを知っていたルーシーは当然、教えることはなかった。——でもね」
お母様は少しだけ思い詰めたように息を吐いた。そして言葉を続けた。
「その子は貴方みたいな天才で、隠れて魔法を独学で勉強してしまった。だけど、人から習うことのなかった魔法は基礎がちゃんとできていなかった。そのせいでその子の魔法は不安定で、正しい制御の仕方も知らないまま、より難易度の高い——恐らく、上級魔法をやろうとしてしまった。その上、彼女の魔力量は成人の魔法使いとほぼ同等だった。この暴走事故はかなりの被害になったわ。……でも、ここまで暴走しなかったのは不思議なくらいよ」
——ああ、そういうことだったか。私に魔法を教えた理由は。
娘と同じことを繰り返さないためだ。もし、私が同じように隠れて魔法を練習して、暴走事故を起こしていたら?
いや、“起こしていたら”ではない。起こしていただろう。彼女から教えてもらうことがなかったら、魔法書なしの独学であろうと何としてでも魔法を学ぼうとしただろう。私が起こしたあの暴走とはまた違う暴走。制御不可能になって、家族を巻き込んでいた可能性は十分にある。
「貴方が少し制御を失敗したことがあったそうね。その時、やはり教えるべきではなかったしれない。教えるには早すぎた、と後悔したそうよ。そして、貴方から決して目を離してはいけないと。そう誓ったらしいわ。1度決めたことを変えるなんて、私からすればその方が良くないことだと思うけど」
制御に失敗した、というのはコップから水を溢れさせた時のことだろうか。確かにあの後から私に魔法を教えてくれなくなった。私にはそんな感覚はなかったが、客観的に考えるとそうだったかもしれない。
そして、私の側にもずっといた。隠れて勉強しようにも、できなかった。
「まあでも、結果的には彼女が貴方に魔法を教えていたおかげで私達は助かった。だけど、問題はこれからね……」
お母様は腕を組み、ため息をついた。その表情はどことなく思い詰めていた。
だが、その問題が何なのかは私には見当もつかなかった。
「……これから、私が貴方に魔法を教えます。お父様には内緒よ?」
「わきゃりました……へっ!?」
あまりの唐突な展開に、開いた口が塞がらなかった。今、なんて?
お母様が私に魔法を? 家庭教師をつけるとかではなく、お母様自ら?
「厳しくいくわよ」
そう言うお母様の笑顔に、私は恐怖を感じた。




