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2話 誇張された罪

「……まず、私はサラ様にお声かけをしましたのに無視をされました」


 そして聖女は語り始めた。私が犯したという罪を。

 確かに、これは事実だ。だが、思わず笑いそうになる。彼女はこの世界の常識も知らないようだ。


「この国には下位の者から上位の者に話しかけてはなりません。ご存知ないのですか?」


 この国では罪になったり罰則があるというほどではないが、そのような決まりがある。マナーに近い一般常識のようなものだ。大事な用やそういったことを許されている場でもない限り、白い目で見られるのだ。


「で、でも、サラ様はレオンハルト様にはいつも頭を下げて挨拶を——」


「会釈はしても、声はかけていません。会釈程度ならマナーとして常識ですよね?」


 大声をあげて周りの大衆にそう訊くと、多くの人が頷いてくれた。

 エリカは動揺している。これでは自分の無知を自ら曝け出しているだけだ。


「あ、後、暴言を吐かれました……」


 暴言? 何のことか。これはでっち上げ?

 ……ああ、強いて言うならあの時か。


「いつのことでしょうか? 貴女は日頃から先程の挨拶のことを含め、無礼なことをしているので、少しきつく注意した覚えはありますが……それで暴言ですか? 聖女とはいえ、貴女はまだ平民です。その自覚が足りないと注意した覚えならありますが。それに、身分が高い者が低い者に暴言を吐いた程度では罪に問われません」


 聖女だからと言って、偉いわけではない。ここで勉学を学び、後に聖女としての学習や聖女のための魔法を学んで、初めて聖女としての位を授かるのだ。それまではただの平民でしかない。


 後、身分が高い者から低い者への暴言は罪に問われないというのは半分正解で半分嘘である。余程のことがない限り、平民が訴えてもお金の力や権力で揉み消しにされるからだ。法律ではそのようなことは書かれていないが、それが実態なのだ。


 ……これにツッコむことができないというのも、無知だな。“本当の聖女”なら、言い返しただろう。


「エリカは私の結婚相手だ! 指輪もある!」


 そう言ってエリカの左手を掲げ、全員に見せる。確かに薬指に()()()()()()()()()()()がつけられていた。

 ……もう既にプロポーズをした、か。


「指輪があったとしても、婚約もしていないのに何をおっしゃいますか。正式な聖女の位を得れば話は別でしょう。ですが、平民と結婚はできません。正式な聖女でも婚約者でもない、今はただの平民です。この場の誰よりも身分は低いです」


 私は事実を述べたまで。反論できずに殿下はわなわなと震えていた。今にも怒りで飛びかかってきそうだけど、この卒業パーティの場でそう簡単にはそんなことはできないだろう。殿下にも立場がある。


「レオンハルト様、私は大丈夫ですので。……それに、私はサラ様に暴力を振るわれました」


 流石にこれには身に覚えがない。怪我に繋がるようなほんの些細なことも……例えば、ぶつかったこととか。それすらもない。


「……証拠はどちらに?」


「誰もいないところでされたので、人は……医者なら……」


「そうではなく、怪我を見せろと言っているのです。証拠として残していないのなら、話は別ですが。医者など、信用できません。お金を積んで、嘘の証言をさせることもできますから」


 たったこれだけを聞いて動揺している。聖女なのに、こんなにもバカなのか?


「み、見えないところにされたので……」


「見せなければでっち上げの罪と捉えますよ?」


「こんな大衆の面前で見せられるわけがないだろう! お前はエリカの思い出したくもない過去を掘り返すのか!」


 この王子もバカだ。証拠を見せてすらいないのに、よく信じられるものだ。

 それに、彼女は自分から過去を掘り返しているのに、何故私にそう言えるのか。前からバカだとは思っていたけど、ここまでバカだったとは。


「……では、後で私と無関係の第三者に見せてもらいましょうか。それなら文句はないでしょう?」


「……! あ、足を蹴られた時の傷跡が……!」


 私のその言葉に焦ったようだ。慌てて、思い出したのようにそう言う。

 そしてドレスの裾を持ち上げて、足にできた痣を見せる。彼女の言う通り、確かに痣はできている。


「酷い……よくもこんな所業が……!」


「それは物に当たってできたとかの痣ですよね? 小さすぎます」


 一目見ただけで分かる。蹴ってできた痣にしては痣が小さすぎる。もし蹴ってできた痣なら、もっと広範囲にできる。誰にでもできる程度の痣だ。


「そ、それは治りかけで……」


「仮にそうであったとしても、それは証拠にはなりません。何かに当たっただけでもその程度ならできます」


「黙れ! 貴様はエリカが嘘をついていると言うのか!?」


 そう言って、殿下は激昂した。

 誰がどう見てもそうだと思うのだが、この世界は前世よりも遅れているせいだろうか。どちらが事実か分かっていないし、むしろ聖女を味方してしている人間の方が多いようだ。私からすれば、不思議でしかない。


「感情論で話さないでください。他に証拠は?」


 一方で、私はただ冷静に事を進めていく。

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