15話 対抗するための力
「ふぃー……」
あの男は帰り、この場には私と私の世話を担当しているメイドだけ。そのためか気が抜けて、思わずため息のようなものが出た。
あの男が何者かというと、あいつはお父様の弟——つまり、私から見て叔父にあたる人物だ。間違いないだろう。だが、私はあいつの名前を知らない。その理由は、あの男は本編にほとんど登場していないからだ。
あの男は本編前に、私に大きな影響を与えている。私が悪役令嬢に堕ちたのも、あの男が原因だ。そして、私の手によって殺された。正確には私は一切手を汚しておらず、そのように上手く仕向けたらしい。
本編時には死亡いるためか、姿は公開されていない。サラの回想で少し登場したが、発言のみだった。特に本編の大筋に関係するようなこともないので、裏設定のような存在となっている。そのため、私も詳しくは知らない。
前世で知っていたのは先程述べたことと、あの男はお母様のことが好きだということ。お母様が結婚した後——つまり、今でも好きで、お母様と結婚したお父様を恨んでいる。
そして、その子供も例外ではない。ただし、私への感情は恨みに加えてまた違ったものがある。成長するとよりハッキリするが、私はお母様に顔が似ている。だから、あの男は自分の手元に置き、自分の思い通りにしようとした。
——そして、私は、あの男の理想以上の悪に染まってしまったのだ。そして、あの男は自身が育てすぎてしまった悪によって殺された。
「あらあら。眉間に皺が寄っていらっしゃいますわ。何か考え事でもされていらっしゃるのですか?」
そう声をかけたのは、メイドだった。だが、私はその声を聞き流して考え続ける。
あの男はある意味、最初にして最大の敵だ。本編前のため、私をどのようにして悪にしたのかも分からない。それに、この体ではまともに抵抗することもできない。
あの男が本格的に干渉してくるのは、恐らく1年後。その干渉を回避する術は——残念ながら、ないだろう。
「まひょー……」
魔法があれば、何とかなるかもしれない。だが、魔法の使い方なんて分かる訳もなく。この1年、せめて魔力だけでも感じ取ろうとはしてみた。だが、それすらもできない。1歳児には無理ゲーだった。
「魔法ですか? 凄いですね。もうそんな言葉を覚えられたのですか?」
「うん!」
魔法の説明をしてくれないだろうか。それか、魔法の使い方が書かれた魔法書とか持ってきてくれないだろうか。そう期待して、元気良く声を上げた。
「魔法は凄いものですよ。これがあるから、私達の生活は便利になったんです。例えば、こんなことができますよ」
「わー!」
空中に浮かび上がる水に、興奮した。この世界に生まれ変わって約1年。初めて魔法を見た。
両親は全く魔法を使おうとしないため、見る機会が全くなかったのだ。もしかしたら使っていたかもしれないが、私には全く分からなかった。
「魔法には魔力が必要なんです。何もないのにどことなく温かいのを感じがしたら、それが魔力ですよ」
そう言われて、目を閉じて温かさを感じようとしてみた。……何も感じない。そもそもどうやって感じるのか、さっぱり分からない。
「ふふ。お嬢様には私の言葉を理解していそうですね。何となくではなくて、完璧に」
誰もが「赤ちゃんだから」と、たまたまか気のせいだと思って気にも止めなかった。このメイドと同じようなことは言っても、冗談程度だ。
いつもそんな感じなため、精神年齢が23歳の私にはキツい。意思が伝わらず、会話もできない。今まで当たり前にできていたことができないと、ここまで辛いとは思わなかった。
「……本当に理解していたり、するのかしら?」
そう言ったのを私は聞き逃さなかった。もしかしたら、彼女なら私を理解してくれるのではないか?
そうだ、いい調子だ! 私は分かってるんだ! そう伝えるように、私は精一杯頷いた。
そして、彼女は少し考え込んだ。あと一押しだ。
「おしぇーて!」
そう精一杯、声を上げた。難しい顔をした後、ため息をついた。その表情は何かを諦めたような——そんな気がした。
「……分かりました」
そして、メイドの手が私の胴体に触れた。すると、何か温かいものが流れ込んでくるのを感じる。こ、これは……まさか——
「魔力を流してみました。これで皆、魔力がどんなものか知り、自分で感じるようになっていくんですよ」
やっぱり、これが魔力。思わずテンションが上がって、笑いが止まらない。そんな私を見て、メイドも笑った。
「これは本当は4、5歳くらいになってからやるものなんですけどね」
明らかに早すぎだが、私には時間がない。残り1年で、最低でも体を守る程度の魔法を習得しなければならない。
「……お嬢様、他の人には内緒ですよ?」
「はーい!」
私は元気良く返事をした。
これで魔力がどういうものかは分かった。まずは自力でこれを感じないと。