13話 最初の敵
この体になって数日。色々と分かったことがある。
まずはここが乙女ゲームの中の世界だということ。タイトルは「プリンセス・レボリューション」だ。世界観は中世ヨーロッパで、主人公である平民の少女が聖女となって学園に入り、王子や貴族などの攻略対象のキャラと愛を育み、魔王を倒すという物語だ。小説にもなった、有名なゲームだ。これは最初に確信した。
それで、問題なのがこの私だ。この物語での登場人物である“サラ・スペンサー”というのは悪役令嬢。そして、私のことだ。
第一王子のレオンハルトの婚約者で、どのルートであっても主人公に嫌がらせをしてくる。そして、追放される。また、ルートによっては死ぬこともある。
このような世界への転生は最近のラノベでもよくある展開だ。特別な力でも働かない限り、私は悪役令嬢になるつもりはない。自分が死ぬかもしれないと分かっていて、誰がそのような行動をするだろうか。
だが、聖女も私と同様に元の世界から転生した人物だった場合が厄介だ。その場合、聖女が悪者——とまではいかないかもしれないが、自己中心的な人物である可能性がある。そうであるならば、私も手を打つ必要がある。
最悪の場合、私は死ぬ。何とかしないとバッドエンドへと突き進んでしまう。
「この子はかなり大人しいわね。泣かないわ」
「お、おぎゃー」
ついつい考え込んでしまい、泣くことを忘れていた。適度に泣いておかないと、このように母親に心配されてしまうのだ。だが、どうしても前世の感覚に引っ張られてしまうので、よく「変わった赤ちゃん」と言われてしまう。その辺はもう、諦めるしかないか。
「あなたと私、どちらに似ているかしら?」
「見た目は間違いなくお前だな。大人しいから、性格は俺かもな」
嘘はいけませんね、お父様。貴方の裏設定は「子どもの頃はやんちゃだった」というのを知っているんですよ。外面は大人しい少年だったから、お母様は知らないようだけどね。
「旦那様——」
メイドが何かを言いかけた直後、扉が開いた。扉の向こうからは宝石に身を包み、腕を組んだ男が現れた。
どうやら誰かが入室を許可した訳ではないようだ。メイド達は困惑していた。
「やあ、公爵様。女児が誕生したと聞き、お伺いしました」
上から目線で男はそう言った。言い方からして、身分は間違いなく公爵より下だろう。
貴族の常識に詳しくない私でも分かる。こいつ、非常識すぎる。ただ、私が言いたいのは公爵相手に偉そうな態度が問題だということだけではない。
「……何の用だ」
「お祝いに来たんですよ。それ以外、何があるんですか?」
ニヤニヤと舐め回すように私を見る。それが私にとっては何よりも不快だった。得体の知れない恐怖を感じる。
だが、こんな奴は登場人物にいた覚えはない。モブか?
「祝う気のないやつは帰れ」
「どうして私が祝う気がないなどど——」
「その格好のどこが祝う気があるんだ」
そう、私が非常識と言ったのはこれだ。
宝石だらけで、自分の財産の凄さを見せつけてくるような格好。明らかに公爵よりも派手な格好だし、祝いの場での格好ではない。
「私は祝っているんですよ? いやあ、それにしても残念ですねえ。女児ですか」
「性別は関係ない。私の——私達の大事な子供だ」
「周りはそうではないでしょうけどね。さて、跡取りはできるんですかねえ?」
そう言って男はクスクスと笑った。男の言うことにも一理ある。たとえ両親がそう言っても、望まれるのは跡取りである男児なのだ。女児である私は「残念」と言われるだろう。まあ、それも1年間だけだ。
だが、どうしてお父様はこの不届き者を強制的に追い出さないのだろうか。ここまで卑劣なやつに対して、この対応は何も問題はないはずだ。
「ですが——ふむ」
男が私の顔を覗き込んだ。そしてニヤリと笑った。瞬間、本能的に恐怖を感じた。ま、まさか…!
「娘に触るな」
「触りはしませんよ。では、用事は済んだので私はこれで。またな、お兄様方」
そして、その言葉で私は全てを察した。
——生後数日にして、難敵が現れてしまった。