11話 22歳の誕生日
前世で22歳になった、あの日。朝早くから目覚まし時計の音が鳴り響いた。
「……ん、そっか。今日約束してたっけ」
いつもより早い起床に、寝ぼけた頭は一瞬混乱する。だが、すぐに今日が何の日かを思い出し、支度を始める。
今日は友人と遊ぶ約束をしている。私の誕生日だから、盛大に祝いたいらしい。だからって、朝早くから起きなければならないのかと思うと少し憂鬱だ。
……まあ、早いと言っても起きたのは6時過ぎなんだけど。
「電話か」
相手は察している。今日、この時間に電話をかけてくるのは1人しかいない。
「紗羅! 起きた!?」
「起きてるよ」
電話の相手はやはり、今日一緒に遊ぶ友人だ。彼女は私が遅刻しないようにするためか、こうやって電話をかけてくる。
紗羅というのは私、平松 紗羅のことだ。
「集合場所、大丈夫だよね?」
「大丈夫だよ。いつもの駅前でしょ?」
朝食の準備をしながら彼女と電話をする。今日はたくさん食事をすると聞いているので、パンだけだ。だから電話をしながらでも食事の準備はできる。
「じゃ、待ってるからね!」
「はーい」
そう言うと、電話は切れた。ちょうどパンも焼き終わり、それを食べる。
食べ終わると、外出用の服に着替える。いつもより少しはおしゃれにしたつもりだ。化粧もして、準備はできた。
「鍵よし、っと」
玄関のドアの鍵もきちんとかけて、駅に向かう。時間帯が早いからか、いつもより人通りは少ない。
「……またか。もしもし」
今日はやけにまめに電話をしてくる。電話に出ると、友人の声が聞こえる。
「家出た?」
「出たよ。後15分くらいで着く」
「私、もう着いたんだけど」
「いや、早くね? 集合時間まだでしょ?」
腕時計で時間を確認すると、集合時間までには30分はある。流石に早すぎる。
一体何時に起きたんだ。彼女の住んでいる所と駅との距離は私が住んでいる所よりも遠い。……恐らく、5時起きか? 嘘でしょ?
「……今から走って行ったら10分もしないで着くけど」
「そこまでしなくていいよ。じゃあ、場所変更しようか。デパートの前で合流しようよ。あそこならちょうどいい感じに合流できるんじゃない?」
確かに、あのデパートはここから駅との中間地点くらいにあるだろうか。それなら、2人ともほぼ同じタイミングに着く。
「私は別にいいけど」
「よし、じゃあそうしよう! 待ってるね」
そして、電話は切れた。スマホをバッグの中に入れて、デパートに向かう。
いつもこんな感じで彼女に振り回されているが、それも悪くないと思っている。彼女と過ごす時間は楽しいし。
そうして、歩くこと数分。デパートが見えてきた。
「おーい!」
どうやら先に着いていたらしい。道の向こうには友人が手を振って待っていた。だが、赤信号のためこちらには来られない。大人しく信号が変わるのを待っている。
「誕生日おめでとう!」
信号が変わり、横断歩道を渡ってくる友人。だが、私は動けなかった。
「——! 来るな!」
「えっ」
そう叫んだ。友人からは死角になっていて見えていないのだろう。だが、私の目には信号を無視したトラックが突っ込んで来ているのが見えている。
こういう時、人はやけに冷静になるらしい。周りの光景が全て遅く見える。その影響で運転手の様子が一瞬にして分かった。居眠り運転だ。早朝だからだろうか。
「……っ!」
まだトラックに気付いていない友人。私の言葉を聞いて、横断歩道の真ん中で足を止めてしまった。もっと早く言っていたら良かったか。
その位置では確実に轢かれる。言葉で言っても彼女がトラックに気付くまでの時間を考えたら、もう遅い。そう思うと、さっきまで動かなかった体が動いた。
「……!」
友人の体を突き飛ばす。そこでやっと気付いたようだ。遅いよ、本当。
既にトラックが迫っていた。友人は大丈夫だ。幸いにも、トラックが向かっている方向は私側。友人がいる反対側は大丈夫だろう。
……多分、私があのまま動いていなかったら2人とも死んでいた。死者が1人か2人かの違いだ。私の選択は間違っていなかった。
「……はは」
——ああ、さっきまでやけに冷静で時間の流れが遅かったのは、既に私が死ぬ運命だったからかな。
「さらあぁぁぁっ!」
——最期に、友人が私の名前を絶叫する声が聞こえた。