1話 想定通りの婚約破棄
「サラ・スペンサー! 貴様との婚約を破棄する!」
学園での卒業パーティの最中、彼は私を見下ろし、そう怒号を上げた。
やはりそうなるか。予想はしていたが、いざ現実になると馬鹿馬鹿しくてつい笑ってしまいそうになる。
サラ・スペンサーというのは私のこと。私はスペンサー公爵の長女。つまり、公爵令嬢だ。
その私に婚約破棄を告げてきたバカな私の婚約者がレオンハルト・オルティス殿下。このクラート王国の第一王子。将来は王になる人物だ。
——ただし、現時点では。
「貴様のこれまでのエリカへの数々の非道! 絶対に許されぬ!」
そう言ってエリカという女の肩を抱いた。一目見ただけで分かる。あの女は特待生だ。
ここはクラート王国の王立学園。将来、王国の未来を背負う令息や令嬢のために作られた王国一の学園。
しかし、とても優秀な人物は平民であったとしても特待生として入ることができる。それがエリカだ。
この世界には魔法があり、エリカは聖女だけが持つ特殊な魔力を持っている。だから特待生としてここにいる。
「いくらお前が公爵家の令嬢であったとしても、聖女であるエリカへの非道は言語道断! 決して許されることではない!」
「レオンハルト様……!」
さて、何故私が先程これが馬鹿馬鹿しいと言ったのか。それはエリカへの非道など全く身に覚えがないからだ。そもそも、直接関わった記憶がほとんどないし、関わりたくもなかった。
「あ、そうですか」
この2人が大衆の面前でいちゃついていたせいだろうか。思わず、吐き捨てるようにそう言ってしまった。
「——!? き、貴様っ!」
「言い換えましょう。彼女への非道など、全く身に覚えがありません」
私のあの発言は予想外の出来事だったのか、殿下は明らかに動揺した。
「とぼけるな! この期に及んでまだ罪を認めぬというのか! こいつを捕らえろ!」
すると1人の男が私に近付き、私の腕をかなり強い力で掴む。
この男は騎士団長のご子息。残念なことに、彼もエリカの味方だ。
「痛いので放してください。私は逃げも隠れもしませんわ」
彼は無口で表情もあまり表には出ない。だが、私のことを女性として見ていないことだけはよく分かる。明らかに蔑んだ目でこちらを見てくるからだ。
そんな目をしつつも、放してはくれた。だが、掴まれたところがまだかなり痛い。
もし普通に投獄されて裁かれれば、私は死刑の可能性が高い。このままだと私は死ぬだろう。
ただし、“普通に”の場合だけど。
「どうか私の話を聞いてください、殿下」
「お前の話など聞く価値も無いわ!」
一蹴されてしまった。価値もない、ねえ……そう言って、昔から私の言い分など聞こうとしませんでしたね。
「お待ちください、レオンハルト様。お話を聞いてあげませんか?」
聖女らしく優しさを見せたつもりなのだろうか。だが、私からすれば上から目線の発言にしか聞こえない。何が「聞いてあげませんか?」だって? 自分が勝者だと思っているのかしら?
だけど、こちらにとっては好都合だ。
「私が何をしたのですか?」
思わず笑ってしまいそうなのを堪えながら、淡々と告げた。本当に分からない、と言いたげに首を傾げて。
「こいつ……っ!」
「レオンハルト様、落ち着いてください。……分かりました。話します」
私に今すぐにでも飛びかかろうとする殿下を聖女が抱き締めて制止した。
あまりの光景に「お前は悲劇のヒロインか」とツッコミたくなるのを堪える。だが実際、周りからは悲劇のヒロインのように見えるのだろう。
……やはり、悪役令嬢という運命には抗えないか。