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親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ(改稿版)  作者: 望月 幸
第一章【親愛なる人間たちへ】
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一話【僕たちの新年度】

 僕には父親がいない。僕が九歳の頃、事故で亡くなったらしい。

 初老にも達しない年齢で亡くなった父さんは、仏壇の中で微笑んでいた。脂がのってダンディなその笑顔は、俳優だと言われても信じてしまいそうになるほどだ。とっくに死んでいるくせに、僕より生気に満ちている。

 母さんの話では「昔からお調子者だった」らしい。小さい頃はよく遊んでもらっていた気がする。そんな記憶も、今ではすっかり色あせてしまった。


「兄ちゃん、まだ大学行かなくていいのー?」


 隣の部屋から顔を出した妹の彩音あやねが声をかけてくる。

 高校はまだ春休み中ということで、起きたばかりの彩音はパジャマを着ている。よそ行きのときは綺麗な黒髪が、今はあっちこっちへ散らばって幽霊のようになっている。そんな僕の視線に気が付き、手櫛でガシガシと髪を梳かしている。

 

「彩音、一年生の時は成績悪かっただろ? ギターの練習もいいけど、ちょっとは復習とかしておけよ」


 ギターは最近彩音が始めた趣味だ。うちで練習するのは恥ずかしいからと、よく友達の家で練習しているらしい。そんな事情もあって、いまだに僕は彩音のギターを聴いたことがない。


「ふーんだ。頭のいい兄ちゃんには、私の気持ちなんてわからないんですよー!」

「自分の気持ちを伝えるために、そのギターがあるんじゃないのか? なんならここで弾いてみせてくれよ」

「……まだ練習中だから」


 シュンと小さくなる彩音を見て、ちょっと言い過ぎたかと反省する。だが、兄の威厳が素直に謝らせてくれない。

 時計を見ると、もう九時前だ。僕は母さんの部屋にある仏壇のりんをチーンチーンと鳴らし、手を合わせる。

 それじゃ、行ってきます。

 そばに置いていた鞄を引っ掴み、二年目になる大学生活へと走り出した。




 大学の駐輪場に自転車を停める。少し離れた構内が賑わっているのが、ここからでもよく分かる。局地的なお祭り騒ぎだ。

 四月一日。今日は僕の通う愛智あいち大学の入学式だ。


「この騒ぎからして……体育館から出てきた新入生の歓迎をしているな」


 入学式は体育館で行われ、その後新入生たちは正門の方へ移動する。

 その新入生たちを狙って、トンネルのように在校生たちが覆い尽くす。部活やサークルのビラを配るためだ。配ると言えば聞こえは悪くないが、隙あらば新入生の服や体の隙間にねじ込むという強引なやり方だ。一年前の自分を思い返すと、今でも目がクラクラしそうになる。あんな思いは二度とごめんだ。

 

 結局僕は部活にもサークルにも入らず、その分学部の勉強に力を入れることにした。おかげで、一回生のときは最大限の単位を取得することに成功した。この調子なら、その後の就活や卒業研究も余裕をもって取り組めそうだ。

 

「なーにクールぶってんだあ?」


 声の主は突然膝カックンを仕掛け、何の備えもできていなかった僕は情けなく転びそうになる。僕よりも身長が低いので、「わりぃわりぃ」と頭上から声をかけられることが新鮮に感じる。


「新学期早々勘弁してくれよ、アキト」

「悪かったって! でもさ、お前はいつもぼんやりしてるんだから、いつだって膝カックンに対処できるようにしないと!」

「大丈夫だよ。そんなことする変人、僕の知る限り一人しかいない」

「ふぅん。その変人君はさぞかしイケメンだったりするんだろうなぁ」

「だったらいいね」


 気を取り直して、アキトの服装を見てみる。おそらく去年の入学式以降着てないであろうスーツ姿だ。一年の浪人経験があるアキトは既に二十歳だが、ちょっと童顔気味であり、ショートヘアと低身長が相まって高校生ぐらいに見える。

 ちなみに僕もスーツ姿だ。お互い新入生でもないのにこんな格好をしているのには理由がある。僕たち学生にとって、とてもとても重要な。


「お前だって新歓コンパ狙いなんだろ? 真面目な顔して、悪いことやるよなぁ」

「アキトほどじゃないよ。お前、去年は二十回ぐらいコンパに行ってたんだろ? 当時は正真正銘の新入生だったとはいえ、よくもそこまで食べ歩いたもんだよ」

「俺のスケジューリング能力と胃腸の強さを評価してほしいね」

「……まあ、先輩方に顔を覚えられていないことを祈るんだね。とっくにブラックリスト入りしてるかもしれないけれど」


 僕たち学生はあまりお金がない。受ける講義によっては教科書を買わないといけないが、その値段の程は昨年度だけで身に染みてよく分かった。

 元からサークルに入る気のない僕だったが、新歓コンパだけは足しげく通った。多少心が痛みもするが、一回約三千円相当のタダ飯の誘惑の前では良心が霞んで消えた。

 そして図々しく、今年もちゃっかり参加してしまおうという算段なのだ。まあ、こんなことは他の学生もやっていることだし、サークル側も黙認していることだが。

 

「ほら行くぞ、叶銘かなめ。早くしねぇと本物の新入生たちに紛れ込めねーじゃん!」

「ああ、ごめんごめん」


 大学生活二年目は、親友とのタダ飯の相談から始まってしまった。

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