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親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ(改稿版)  作者: 望月 幸
第一章【親愛なる人間たちへ】
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九話【叶銘の武器】

 くすんだ緑色に錆びついた銅剣だった。指で撫でてみると、ざらついた感触がその切れ味のなさを物語っている。どう見ても、ただのなまくら

 刃渡りは三十センチ強。柄まで合わせて五十センチだろうか。

 形はアルファベットの「T」が少しいびつになった感じ。もう少し付け加えるなら、西洋の剣のツヴァインヘンダーをぎゅっと圧縮したような形だろうか。柄にはまっている状態を見るのは初めてだが、確かにこうして見ると立派な剣だ。

 しかし最大の疑問が残る。果たして、この錆びついた剣であの化け物を倒せるのだろうか?


 シュウシュウという音が耳に入り、リビングと母さんの部屋とを仕切る襖に目を向けた。家の中に侵入したゼリーがすぐそこまで迫ってきている。

 先ほどまで自分を支配していた諦観を抑え込み、しっかりと二本の足で畳を踏みしめた。右手で銅剣の柄を握り、いまだ痺れの残る左手をそっと添え、疲労感に満たされた身体に喝を入れる。

 この銅剣が力をくれた。絶体絶命の状況で登場した、謎だらけだが唯一の武器。恐怖で腑抜けになった僕を、一人の戦士に昇華してくれるようだ。

 闘志が湧く。力がたぎる。恐怖を勇気に換えてくれる。

 

「来るなら来い、ゼリー野郎!」


 自分を鼓舞するように叫び、銅剣を胸の前に構えて前方を睨みつける。


「……何だ? 光?」


 突如、視界の下のほうから青白い光が浮かび上がった。

 僕の手にする銅剣、その刃に光の筋が走っていた。それもただの筋ではなく、カッカッカッカッと、彫刻刀で削り出したかのように荒い線が刀身に刻まれていく。

 驚きに目を離せない僕の前で、その光は線を書くことをやめた。そして刀身に残る光の線は一つの単語を描いていた。

「ゼリーヤロウ」少々読みにくいが、確かにそう書かれている。

 敵を目の前にした状態で頭を回転させた。なぜ急にこんなことが起こったのか? これはまさか、この武器に隠された秘密の能力なのではないか?


「……そうか。僕が『ゼリー野郎』って言ったから、それにこの剣が反応したんじゃないか?」


 この光の文字が発生したのは確かにそのタイミングだ。

 おそらくこの剣は『僕が発した物の名前』を聞いている。他にもいろいろな単語が含まれていたが、その中で『ゼリーヤロウ』を選択したのは、その単語を最も力強く発声したからかもしれない。

 しかし、まだ分からないことがある。単語を刻んで、だからどうなるっていうんだ?


 べちゃり


 その音に我に返る。襖を溶かして穴を開けたゼリーは丸い体を部屋に滑り込ませた。そして「もう鬼ごっこは終わりだ」と言わんばかりに、間髪入れず僕の体めがけて飛び跳ねた。

 考えている暇はない! 胸の前に剣を突き出し、光り輝く刃を化け物に向ける。

 来い、ゼリー野郎! 僕の体を溶かす前に、この剣の餌食になってしまえ!

 跳びかかるゼリーが体の中に刃を迎え入れた瞬間、力なくその場に崩れ落ちる――。

 そんな光景を期待して、しかしそうはならなかった。剣はゼリーを突き刺すというより、ただ飲み込まれただけ。勢いの衰えないゼリーの体は、そのまま僕の両腕、次いで胴体を完全に覆い尽くした。


「――――――――ッ!!」


 痛みに悶える獣のように、声にもならない悲鳴を上げていた。

 それでも踏みとどまった。頭の中でバチバチと火花を飛ばしながらも、全身にまとわりつくゼリーを弾き飛ばす。壁に、畳に、タンスに、机に体を打ちつけて粘着質な液体を振りほどいた。

 ゼリーはぶちまけた水のように散らばった。が、その破片たちはプルプル震えながら、自分の近くにいる破片たちと手当たり次第に合体していく。このまま放っておけば、また巨大な塊に元通りだ。

 しかしこちらは元通りといかない。全身は火であぶられたように爛れ、服はほとんど溶けて裸同然の格好だ。

 それでも握りしめた銅剣だけは手放さない。この剣は、今や僕の勇気の具現だ。

 しかしいつの間にか、銅剣からは光が消えていた。

 

「何も起きなかった……?」


 やはり使い方を間違えていたのか? ゼリーにダメージを与えた様子はない。ゼリーは今や、それぞれ拳大にまで合体を終えている。


「『火』とか『雷』とか言えば、それが出てくるのか? いや、それならさっきはゼリーが出てこないと話が合わないか……」そんなの出てきてもらっても困るのだが。


 いくら考えても正解なんて分からない。僕の体力ももう限界だ。次の攻撃を受ければ二度と立ち上がれないだろう。

 崩れ落ちそうになる膝を押さえ、すがるように強く剣を握った。


 ちゃんちゃかちゃんちゃ、ちゃんちゃんちゃん♪

 ちゃんちゃかちゃんちゃ、ちゃんちゃんちゃん♪


 覚悟を決めた僕の耳に気の抜けるBGMが届いた。

 この大事な時に! 憤慨しながらも、震える左手で包み込むようにポケットの中のスマホを取り出した。ゼリーの酸らしき攻撃を受けてもしっかり稼働するスマホに感心しつつ、突然の電話に出た。


『あ、神木先輩! さっそく電話してみちゃいました』


 電話の相手は、今夜のコンパで出会ったばかりの美津姫だった。着信音以上に、彼女のハイテンションボイスに力が抜ける。美津姫は一回生、僕は二回生なので「先輩」が付け加えられている。


「悪いけど美津姫さん、僕は今たいへ――」

『実はですね実はですね。わたし、あの後酔っ払いさんのSNSにメッセージを送って、お話を伺ってみたんです!』

「ああ、あの『巨大ナメクジを見た』っていう人か」


 その巨大ナメクジは今、僕の目の前で合体を繰り返しているのだが。それにしても、オカルト的なものになると行動力を発揮する女の子だ。

 

『ですです! もっと詳しく話を聞いているうちに、わたし、その正体がわかっちゃったんですよ! きゃー!』


 いや、悲鳴を上げたいのは僕の方なんだが……。


「で、その正体って何だった?」

『ふふっ、なんだと思います? そ・れ・は…………なんと、あのスライムちゃんだったのです! モンスター界のマスコット、スライムちゃん!』

「はあ、スライム……」


 それなら僕だって知っている。今まで遊んだテレビゲームの中にも、スライムの名を冠するモンスターは何種類も出てきた。

 なるほど。あれが実体化すると、こんなでっかいゼリーみたいな面白みのない奴になるのか。国民的RPGのスライムは、もっと愛嬌のある顔をしているのだが。

「スライム」まさか、それが正解か? 根拠のない自信に胸が熱くなる。


『でも、わたしの想像していたスライムちゃんと、ちょっと違うみたいなんですよねぇ。可愛くないし、それに――』

「わかったありがとう! それじゃあまた!」

『あ、ちょっ――』


 呼び止めようする美津姫には悪いが、無視して電話を切る。

 ゼリー改めスライムを見据えた。口元に剣を近づけ「スライム」と呟く。やはり先ほどと同じように、光の筋が刀身に「スライム」と鋭く刻まれていく。

 使い方は分かった。問題は、これが正解かどうかだ。

 目の前のスライムは一つの塊になり、身構えるように小刻みに震える。月の光を反射し、てらてらと妖しい光沢を放っている。再び胸の前で輝く剣を構えて腰を落とす。


「さあ、答え合わせだ」


 ドッドッドッドッドッドッ――エンジンのように心臓が鳴り始める。血液のガソリンが体の隅々まで循環する。「戦え!」と神経に命令が下される。

 僕とスライムは同時に跳んだ。スライムは丸い体を投網とあみのように広げ、僕の頭から足先まで覆わんとする。それに対して、ただまっすぐに剣を突きだした。


 届け! 届け! 届け! 届けぇッ!


 視界がスライムの落とす影に覆われる中、剣先がチョンと相手を突いた。

 浅い……!?

 もう終わりだと観念したときには、スライムは弾け飛んでいた。爆弾で吹き飛ばされたように霧散し、影も形もなくなってしまった。ぽっかり空いた空間には、浮遊するホコリが月明かりを受けて力なく漂っているだけだ。

 

「ははっ、すごいや……」


 腕を伸ばしたままの姿勢で、その場に倒れ込んだ。ぼんやり霞んでいく視界の先で剣の光が消えていく。戦いの終わりを実感しながら、畳の上で気を失った。

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