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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

drinkの短編集

人形

作者: drink



「お母さんの言うことをしっかり聞くのよ」


 あの時、お母さんは僕の頭を撫でながらそう言った。その理由はよく分からない。しかしお母さんの言うことを聞いていたら、褒めて貰える。ただそれが嬉しくて、幼少期の僕はいつもお母さんの後ろを追っていた。


 お勉強、ピアノ、スポーツ、全てお母さんが車を走らせて、その場所まで連れてってくれた。先生も面白いけど、やっぱり近くでお母さんが見てくれて、帰りの車で褒めて貰えるのが何より嬉しかった。


 お母さんの言うことを聞くと、他の親も褒めてくれる。「奥さんの所の息子さんは聞き分けがよくていいですね。うちの子なんか……」ってみんなが羨ましそうにお母さんに言っていたのを今でも覚えている。お母さんは誇らしげだった。だから僕も誇らしかった。





「小中高エスカレーター式の私立の小学校に行って、それから、日本で一番の大学に行かせましょう。それが一流企業に入る一番の近道よ」


 ある日、お母さんがお父さんにそう言った。お父さんはあまり良い顔をしていなかったような気がする。でも、お母さんの言うことは間違っていない。今までだって、そうだった。だから、今回だってそうなのだ。僕はお父さんに「いい小学校に行きたい」と小さいながら、そんなことを言った。






「すげぇ、あいつまた一位だ。小学校からずっと校内順位一位だぜ」


「頭の構造が違うよな。全国模試も何回か一位だったはず」


「それだけじゃなくて、ピアノのコンクールとか、テニスとか全国大会に出場してるらしいよ」


「まじか、天才かよ」


「そこまで来たら、将来何になるかすら決められんわな」


「はは、違いない」




 かつて、遠巻きに何人かの男子生徒がそう言っていた。何気ない会話でノイズとして耳に入っていたものが、今思うと妙に印象的だった。当時は何も気にすることなく、問題集の答えをノートに書き連ねていく。


 「勉強をすれば将来成功する」お母さんが僕と話をする時、いつも決まり文句のように言う。将来のことなんてよく分からなかったけど、とにかく勉強をすればお母さんは笑ってくれる。いい成績だともっと褒めてくれる。だからその日も無心で鉛筆を走らせた。






 それから中学、高校、大学、特に何事もなく、勉強の毎日が過ぎ去って行った。その日々に感情などない。僕の感情はお母さんに従属していたのかもしれない。



 そしてついに、お母さんの言っていた日本一の大学を出て、いわゆる一流企業というところに入社した。






「おい、報告・連絡・相談は基本中の基本だろ。なんでこんな簡単なことができないんだ。これだから常識のない高学歴は嫌なんだ」



 だが、一向にお母さんの言う「成功」という漠然としたゴールはやって来ない。


 それどころか会社では叱られる毎日だ。報告・連絡・相談は基本らしい。そんなものはどのテキストにも載っていなかった。勉強で培った知識も、音楽で身につけた絶対音感も、スポーツで育まれた運動神経も、「何かに使う」「将来役に立つ」そう言っていたのにその日はやって来ない。いや、何に使うのか、何の役に立つのか分からないだけかもしれない。


 そんな僕に失望したのか、入社以降からお母さんは僕のことをぞんざいに扱っていくようになった。褒めることは愚か、僕という存在そのものがなかったことにされている。


 何故だ。


 僕はお母さんのために、お母さんの望むように、お母さんに褒められたくて、興味もなく、楽しいと思ったことも無く、望んでいないことをこなしてきた。なのにお母さんは僕を見捨てた。


 どうしてだろう。


 振り返ってみれば、この二十数年を振り返ってみて、多くのことを見落としてきた。後ろを見た途端、僕は誰とも関わることのない人生を過ごしていた。


 僕は一体どこで間違えたのだろう。


 そんな空に成り果てた人形の疑問を答えるものなどいない。僕はもう必要無くなったのだ。誰にも使われなくなった人形は廃棄される。


 僕は天井から吊るした縄を腕と足に巻き付け、最期に縄を首に巻きつけた。




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