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夢の先にはいつも・・・(仮)  作者: きら あおい
2/2

夢の先にはいつも… 2

 非常階段から見える川沿いの桜、少し日が暮れる時間になると、ライトアップがされ、日がある時とは少し違った顔を見せる。昨年は社会人になって間もなかったから、ゆっくり桜を見る余裕も無かった。

 今年の年明け、ほんの少しの時間、弦志と話をしてから、以前よりも弦志の事を考える時間が多くなった。

 ここで、こんなにも綺麗な桜を目の前にしても、懐かしく思うのは、弦志と見た、みすぼらしい桜。

 高校を卒業し専門に進んだ弦志が、一人暮らしを始めたアパートのベランダから見えた桜。その桜を見ながら、俺達は初めてのお酒を飲んだ。何が面白いのか、みすぼらしい桜を見ながら、ただただ楽しくて、二人でバカみたいにずっと笑っていた。

 この街に弦志との思い出は一つもないのに、桜と言うだけで、あの日の楽しかった思い出が直に思い出される。もう、本当に忘れたいのに、そう思えば思うほどに、あの日の後悔で胸が痛くなる。

「祐先生、やっぱりここにいたんですね」

 この声は、まだ入りたての歯科助手の子のものだ。桜から目を離し、声のする方に振り返ると、非常口のドアを開けたまま、呆れた顔でこちらを見上げている、中村さんがいた。

 中村さんが笑うと、その頬にはえくぼが出来る、それがとてもか可愛い。

「患者さん?」階段を下りながら訪ねると、頬にえくぼを作りながら、元気良く返事を返してきた、この子が笑うと、俺も自然と笑顔になれる。

「ここでの仕事、少しは慣れた」

「覚える事が多くて、まだまだ慣れません」

 身長が低く、小柄な中村さんは、俺を見上げて、えくぼを作りながら笑いかけて来た。この子は多分モテる、よく笑い、よく喋り、話す相手の顔をちゃんと見る、弦志もそうだった、だから弦志もよくモテていたな。って、また弦志を思い出してしまった、本当に俺って奴は、懲りない、と言うか女々し過ぎて、反吐が出る。

「中村さん、良かったら今度、メシでも行かない」

 誰でもいい、なんておこがましいが、男と女ってだけで普通に恋愛が出来る、好きではなくても、付き合う事が出来る。

 大阪に居た頃は、それで何人かと付き合った、付き合えば好きになれるかもしれないと考えたが、いつも結果は同じ、数ヶ月で別れていた、俺が振られる形で。

 それでも、誰かと居るだけで、弦志の存在は少しづつ薄れていった。付き合ってくれた女の子には悪い事をしたのかもしれない、けど俺にとってはそれだけでも十分だった。まぁ、好きになれたなら良かったんだけどな、そう上手くは行かなかった。

「いいですよ、メシ行きましょう」

 やっぱり可愛い、この子ならもしかすると、好きになれるかもしれない、可愛いし、いい子だし、面白いし。今度はちゃんと、好きになってから付き合おうかな。

 中村さんから患者の書いた問診票を受け取り、さっと目を通し、少し驚いた。大抵ここに来る人は、口内が痛かったり、歯がぐらついたり、何らかの口内の違和感がある人が来る。けどこの患者はそうではなく、検診に来ただけ、かといってそれだけで来る人はまれに居る。驚いた所は、歯磨きにかける時間と、回数だ。

 平均では、一回磨くのに三分〜十分、それに回数は一〜三回、一番多いのは二回。けどこの患者は、一回にかける時間が二十分、回数は五回以上、これは俺と同じぐらいだ。まぁ、珍しいだけで、俺も同じだから、そこまで驚く事も無いのだが。

 患者が居る診察室の前で、足が止まった。いつも患者に会う前に、名前を確認するのだが、問診票の名前を見て、普段は感じない心臓の、脈を打つ鼓動が感じられ、息が詰まった。

 瀬野 弦志[セノ ゲンシ]、あいつと同姓同名。瀬野は居たとしても、弦志と言う名前はそう居ない名前だ。

「瀬野さん、お待たせしました」

 そう言いながら、中村さんは診察室の扉を開けた。中に目をやると、四ヶ月前に見た弦志の姿があった。ニコニコ微笑んで、診察台に腰を下ろして、こちらを見ていた。

 なぜ今、目の前にまた弦志が居るのか、考える頭が追い付かず、軽いパニックを起こしていた。

「久しぶりやな」

 そんな俺の事を考えていない様に、ニコニコ微笑みながら、弦志はまた、あの時と同じ言葉を言った。


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