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夢の先にはいつも・・・(仮)  作者: きら あおい
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夢の先にはいつも… 1

 深夜一時の公園、日が昇っている時とは、別世界に迷い込んだ様に静寂に包まれている。

 日が昇っている時には子どもの声や、主婦達が話す世間話の声、鳥のなく声が聞えるが、日が沈んだ公園には人なんていない。それにこの寒さも助けてか、耳鳴りが聞えるぐらいに静まり返っている。

 ブランコを囲う安全柵も氷の様に冷えきっていて、酔っている自分には心地よく感じられた。

 先ほどまで高校からの友達と、酔いつぶれる直前まで飲んでいたが、この場所に来ると酔いもスッと引いて行く。

 あいつと最後に話したのは、随分前の、夏の終わり頃だった。話した言葉は今でも覚えている、最後に見せた言い表せない複雑なあの表情は、写真を見るかの様に、今でも頭の中に焼き付いて忘れられない。

 あの時あいつはこの場所に座っていた、俺はブランコを支える柱に肩を預けて、あいつの背を見ていた。今俺はあいつと同じ景色を見ている、じっと前を見つめていたあいつは、一体何を見ていたんだろうか。

 俺はポケットから煙草を出し、箱から一本取り出し口にくわえライターで火をつけた。煙草の煙の向こうに滑り台が見えた、あいつが見ていた景色だが、煙草の煙で白くぼんやりとしかみえなかった。

 空を見上げると煙草の煙が夜空に消えて行くのが解る、あいつへの気持ちも、この煙の様にどんどん薄れて行っている。けれどどれだけ薄れても、あいつを思い出さない日は無い。

 中学入学と共に東京から大阪に来た俺に、はじめて出来た友達があいつだった、はじめて恋愛として好きになったのもあいつで、キスをしたのも、恋人になったのも、セックスをしたのも、失恋したのも、全てあいつがはじめて。愛されたのも、愛したのもあいつだけ。

 けどあいつはもうここにはいない、この場所で別れを告げ、俺がいない場所、遠くへと行ってしまった。

 何があってもあいつとはずっと一緒だと思っていた、あいつもそう言っていたんだ、嫌われても傍に居ると、俺なしでは生きて行けないと。

 なのにあいつは俺の前からいなくなった、この場所に一人俺を置いて、遠くへと行ってしまった。

 もしあの時、俺が…。

 静寂の中に砂の上を歩く音が聞えた、足音がする方を見ると、人影が公園に入ってきていた。こんな時間に、不審者か?と思ったが、不審者にしては良い身なりをしていた。

「ユウ…?」

 心臓の脈が大きく波打った、この感覚はいつ振りだろう。それに久しぶりに聞く『ユウ』と言う呼び名。

 俺の名前は祐と書いて『タスク』と読む、みんな俺の事を名字の『スドウ』か、名前の『タスク』と呼ぶ。けれど俺の事を『ユウ』と呼ぶ人間が、この世で一人だけ居る。

 初めて話しかけられた時からずっと『ユウ』だった、『タスク』と読む事を知らずに『ユウ』と間違えて、俺はそれを訂正はしなかった、あいつが俺の本当の名前を知ったのは、初めて話した日から一週間ほど経ってから、だからあいつの中で俺は、もう『タスク』ではなく『ユウ』になっていたのだ。それからはずっと『タスク』や『スドウ』ではなく、あいつにだけは『ユウ』と呼ばれている。

 男の影は電灯の光に照らされ、はっきりと顔が見えた。昔よく見た顔、けれど大人びて、落ち着いた雰囲気、俺の知らない弦志だった。

 本当に会えるとは思わなかった、今日弦志がこっちに戻って来る事は弦志の妹の伊織ちゃんから聞いていた。弦志が戻って来る時はいつも知らせてくれる、けど別れを告げられてから六年、こうやって会う事は無かった。

「久しぶりやな…」

 そうだな、と心の中で呟いた。最後に会ってから何年経ったのか、確か中学の頃に仲が良かったメンバーが、大学を卒業前に集まろうと言いだして、年明けに集まって飲んだ時だ。けど俺だけは六年生大学だったから一人違う空気で、皆にはまだ学生やっていられて羨ましい、など皮肉を言われ、その場に居るのが嫌で早めに帰った。

 その時弦志とは席が離れていたから、一度も言葉を交わさなかった、それどころかこいつは、一度もこちらを見る事も無かった、人数も多かったから、俺がいた事も知らなかっただろう。

「こんな時間に何やってるん?」

「さっきまで飲んでた帰りに、ちょっと酔い覚まし」

「この寒さやからな、酔いも覚めるな」

 寒さ…ではない、ここに来ると別れを告げられた言葉を思い出すんだ、それを思い出すとどんな酔いでも覚める。けど弦志の口ぶりは、そんな事を気にしていない様で、胸が少し痛んだ。

「お前は」

「昼にこっちについて、そのまま寝ちゃって、さっき起きた」

「時差ボケ、か」

 時差ボケとか、俺の理由と違いかっこいいじゃないか。

「ユウ…煙草吸うんや」

 また、心の中であぁ…と呟いていた。こいつの前では吸った事がなかったかな?いつから吸い始めたのかも覚えていない、けど弦志と会わなくなった後からだから…六年の間のいつかなんだろう。

 もう六年、こいつと出会ったのが中学一年の時だから、一緒に居た年月をもう直ぐ越す。これからその年月がもっと過ぎて、今みたいにいないのが当たり前になり、何とも思わなくなる日が来るのかもな。 

 急に息が詰まった、それをごまかす様に、持っていた煙草を一口吸い、携帯灰皿で火を消し、立ち上がった。

「酔いも覚めたし、帰るは…」 

 コートのポケットに、携帯灰皿と一緒に手を突っ込むと、指に当たる物を感じた、家の鍵に付いているキーホルダーだ。フランスの有名な塔のミニチュアキーホルダー、弦志が研修でフランスに行ったお土産に買って来たものだ、別れを告げられた日に、弦志から貰った最後の誕生日プレゼント。

「ユウ、今東京に住んでるんやって」

 俺が東京に住んでるって知ってたんだ。

 二年前に大学を卒業した後、東京で一年研修をして、そのまま東京の親戚の歯科医院に就職した。今こっちに居るのは年末年始を実家で過ごすために帰って来た、それも今日で終わり、明日の朝には東京に戻るのだ。

「伊織ちゃんから聞いた?」

「いや、おばさん」

 母さんか…。昔から弦志は母さんと仲が良かった、ケーキを始めたのも母さんが教えたから、その母さんと弦志が今もまだ会っていたのか。

 俺が弦志の話しをしなくなって、母さんも気を利かしていたのか、弦志の話しを殆どしなくなった。だから母さんと弦志がまだ繋がっている事を、この時初めて知った。

「いつ東京に戻るん」

「週明けに仕事が始まるから、明日の朝には戻るよ。じゃぁな…」

 立ち去ろうと、弦志の横を通り過ぎようとした時。

「ユウ、会えて良かった」

 俺は足を止め、弦志を見た。弦志の表情は、六年前に見た最後の表情ではなく、俺が大好きだった、笑ってる顔だった。

「こんな時間に目が覚めてへんかったら、会えてなかった」

 俺はまた俯いて足を進めた。

「…ユウ、今幸せ?」

 その弦志の言葉に、また足を止めてしまった。

 当時は何も思わなかった、けど今なら分かる、弦志と居るとただただ楽しかった、誰と居るよりも弦志といたかった、それが幸せってことだろう。だから、俺は振り返り、微笑んで「不幸ではないよ…」と答えた。

 上手く微笑みを浮かべられたかは分からない、多分ぎこちが無かったと思う、けど最後に見せる顔は笑った顔で居たかった。

 六年前の顔は、微笑みの欠片も無かったと思う、だから今回はちゃんと微笑んで別れたかった、多分弦志とはもう二度と会わない。こっちに戻って来ても、もうこの公園に足を運ぶ事も無い。

 俺達の関係は終わった、いや…もう終わっていたんだ。六年前、弦志に別れを告げられたあの日に、それを俺が受け入れられないままでいただけ。

 後悔をして、あの時をもう一度やり直せたらと願い、いつかまた弦志は俺の所に戻って来ると信じていた。けど、そんな奇跡は起こるはずが無かったんだ、だって俺達の関係を終わらせたのは、俺だから。

 ポケットの中で、弦志から貰ったキーホルダーを握りしめていた。その手は酷く居たかった、それでも俺はずっと、キーホルダーを握りしめていた、掌以上に痛いものを隠すために、ずっと握りしめていた。


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