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ヒロインインザロード  作者: 生糸
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004

一日の授業の大半が終わり、ウェルトは軍人学科の指定講義に出掛ける。

わたしは丁度セフベーネとはちあい、流れのままに資料室に行く。

「レポート、まあまあの出来だな」

「有難うございます」

「分かっているだろうが、上出来だと褒めたわけではないぞ」

「分かってます」

「――可愛くのない……」

セフベーネはにこりともしない顔で言うが、皮肉というわけでもなさそうだ。

「どうして略式魔術のレポートを?」

この世界にはマグノリアと呼ばれる略式術を誰でも発動できる媒体物質が存在している。主に山から発掘できるものだがモノによっては植物や海中にも存在する。セフベーネはわたしを一瞥し、

「現在マグノリアの採掘量が減少していることは、知っているな」

「はい」

多分、そんな話があったと思う。

「――俺はそれを数式で代替えできると思っている」

「…………」

「誰にでも出来るわけではない、が、少なくとも使用量の減量には役立つだろう」

「――つまり」

「私的流用だ」

今回のレポート課題は。

セフベーネは白々しい顔で顎先を撫でる。

わたしは少し笑った。

「実際数式を使うとしたらまた媒体要素が必要じゃないんですか」

「現在の魔術は数式の構造と変わらない。しかし、変換物質は必要となるな」

「言葉と数字の?」

「数字もまた言葉なのだがな」

「となると、心の持ちよう?」

「いや………歴史だな、必要なのは」

「――承認ですか」

セフベーネは肩を竦めた。

「これ以上は」

遅いが、とセフベーネは言う。

わたしはそっと耳をそばたてた。それに必要かどうかは分からずに。

「―――お前には力がある、とか」

「理事長ですか」

「噂さ」

お前には何かがある、というのは。

平民出のメロウ――ヒロインは、どうして歴史あるこの学院に入学出来たのか。

実際は先代の理事長の――娘の孫なのだ。

先代の理事長は憂いておられる、この学院の行く先を。

セフベーネはわたしを少しだけ見詰めた。

「新しい課題をだしてやろう」

「え」

「ただの円環算だ」

本を一冊差し出して、セフベーネは僅かに口端を歪める。

それが彼の、少し珍しい好意的な微笑みだったと気付いたのは、廊下に出た後だった。

わたしは渡された本を持て余す。中庭では特権階級たちのお茶会が行われており、それがこの学院の当然な光景だった。ルーは確か新聞部だ。一人だけの。新聞など下賤な読み物とされており、価値は認められていない。中傷に怯えながらルーは人の中にあえて突っ込んで行く。今もどこかで取材中だろう。わたしはお茶会の中にあの彼女(ひと)の姿を探している。ぼんやり眺めていると、同じ方向を見詰めている人物の姿を見つけた。確か、ロベルト・バトラー。美しい彫像のように佇んでいる。誰の姿を探してるのだろう。

ふっと彼が振り返った。

わたしと彼の視線は混じり、彼ははっとなって顔を背け、急ぎ足で歩きだした。

わたしはまずいことをしてしまった気分になって、わたしもまた歩き出した。

――何か、イベントがあっただろうか。攻略情報をわたしは多い出そうとしたが、この世界にはスマホと検索サーチがないので、諦め気味だ。



数日、他愛もなく過ぎた。わたしはその間にもあの彼女(ひと)の姿を探している。偶然を頼り、出会えないかと思ったが多分、ウェルトと仲良くしている方が出会う機会が多かったことを思い出す。なんかこうお邪魔虫的なかんじ――隣でパンを買い食いしているウェルトを眺める。

「……何だ、食うか」

「いりません」

「やらんが」

「やらんのかい」

「ほら、欲しいんじゃないか」

「いりませんて」

「ほら」

無造作にパンの喰いかけを差し出し、ウェルトが促すように眉を上げる。

この構図は餌付けに近い。

無言の時間が流れ、一向に引く気のないウェルトからは早くしろいう圧を感じる。

「………」

「………」

「……いただきまー……」

耐えかねて、す、とかぶりつこうとして、ウェルト、と呼ぶ声がした。

「姉上」

「今度の休日のパーティのことなんだけれど」

「ああ、はい。悪いな。――やるよ」

いらんけど。

立ち上がったウェルトはわたしにパンを押しつけて、あの彼女(ひと)の許へ行く。あの彼女(ひと)はわたしにだけ分かるように憎しみの眼差しを向けて、ウェルトに優しく微笑む。あの彼女(ひと)はウェルトが好きだ――ウェルトは全く、気付いていない。彼は鈍感だと評判だ(主にプレイヤーの間で)。

あの彼女(ひと)が着る制服は細い首に似合うように襟元は少しつまり、繊細なフリルがあしらわれている。服に皺ひとつなく、華美ではないのに不思議と華やかだ。あの彼女(ひと)も一部のプレイヤーの間では人気がある。それも分かる気がする。麗しい女神然とした中に汚れた感情が詰まっている。ウェルトの前の表情もいいが、不思議と二人の時間を邪魔したくなくて、わたしはそっとその場を離れた。

また下品だと言われると思いながらパンを食べ歩き、セフベーネからの課題をやる為に、別のベンチに移動しようとして、わたしは再び、彼を見つける。ロベルト・バトラー。彼の視線の先にあの彼女(ひと)がいる。彼はわたしに気付く。

「――誤解だよ」

「誤解?」

「あの彼女(ひと)を見ているわけじゃない」

「………じゃあ、何を?」

「――……関係ないよ」

「………」

「君は?」

「わたし?」

「何を見てたんだい」

「……関係ないでしょう?」

「――そうだね」

バトラーは嫣然と微笑んだ。

「でも、分かるよ」

「分かる?」

「彼女は蝶だからね」

「………惹かれてる?」

「適切ではないよ。その言葉は。」

意味深だ。

わたしは脳内を検索する。

答えは出て来ない。

あの彼女(ひと)とロベルト・バトラーに何か関係はあっただろうか。

そもそもわたしはこの人を攻略していない。好み――ではなかった。

彼は探るようにわたしを遠慮なく眺めた。

「――メロウ」

「……ウェルト」

「探した。――そいつ」

ウェルトがロベルト・バトラーを見て顔を顰めた。

「痴話喧嘩ならよそでやってくれないか」

「……違うって」

「行こうぜ」

「……何?」

「………何か、嫌いなんだよ、そいつ」

「奇遇だな。僕もだ」

ロベルト・バトラーは一笑した。

ウェルトは鼻を鳴らし、わたしを引き連れる。

「お姉さんは」

「行ったよ」

「どうして」

「どうしてって、話が終われば一緒にいる必要もないだろう」

「…………はぁ」

「何だよ」

「いや、別に」

「どうして嫌いなの?」

「あ?」

「さっきの……」

「知らん」

ウェルトは不愉快そうに唸った。

わたしは暫く妙な不機嫌に陥ったウェルトの相手をする破目になり、筋肉トレーニングをする様を眺めていた。彼の筋トレの様子は一部の令嬢に人気で、彼はそれを知ることはない。あの彼女(ひと)もどこかでそっと眺めているだろう。あの彼女(ひと)は蝶だ。そして、ウェルトは―――…何だろう、熊とかかな。蝶と熊。………蝶と熊……。

わたしはぼんやりと世の中ままならないなあと思った。

現在がそうなのだから、それもそうだろう。熊は吠え、すっきりしたと笑った。

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