003
朝はいつでも単調に訪れる。何事もなかったように寝入ってしまった身体はやはり若さに溢れている気がする。目覚めもよく、わたしは自分の髪を櫛で丁寧に梳いた。ストレートの細くやわらかい髪は桃色でわたしの瞳は薄い紫だ。ぱっちりとした顔立ちの、愛らしいと評してもいい顔。ゲームではさほど見ることがない。自分自身となればそうだろう。頬は腫れてはいない。頭より身体が覚えていて、身支度は自ずと整えられる。メニュー画面で見た自室、一人の割には広くて清潔、家具はレトロティスト。謎のインテリアも多々ある。メロウはどこに行ったのだろう。わたし、がここに居るのなら。
鏡と向き合っていると扉が勢いよく開いた。
「メロウ!おっはよー!」
「ルー……」
「そだよ~……って、誰?」
あっちこっちに跳ねたオレンジ髪のそばかすの女の子、丸い大きめの眼鏡をかけ、くりくりとした丸い瞳で小動物みたいにわたしを見る。彼女はわたしに不思議そうに首を傾げる。
「メロウ、だよ」
「ほんとに?目が死んでるよ」
「目が」
「目が」
ルーは頷く。
「そうかな」
「うんうん、メロウのことだから誰かに貸しちゃったかな~」
「よくあるの?」
「ううん、初めて」
「そ、そう……」
その割にはあっけらかんとしている。
「あなたは誰?」
「――よりこ」
「うん、よりこね。初めまして、あたし、ルーって言うの!これから宜しくね!」
「え、ちょっと待って、――いいの?」
「何が?」
「友達の身体を借りてる怪しげなわたしに挨拶しても」
「だって、メロウのことだから考えがあると思うから」
ルーは歯を見せて笑った。
「ね、そうでしょう、メロウ」
わたしのどこかが熱くなって、わたしは知らず頷く。
「うん、そうだよ、ルー」
「ふふふ、メロウの友達はあたしの友達!」
ルーは大きく拳を振り上げた。
「そんなわけで、よりこ、ご飯いこ!」
おなかぺこぺこ、と笑う。
わたしも笑った。
「でも、よりこじゃなくて、メロウでもいいかな」
「えーメロウはメロウだし。うーんじゃ、めーちゃんだね」
「めーちゃん……」
「オッケー?」
「……オッケー」
「じゃ、本当に早く行かなきゃ遅刻しちゃうよ」
「わかってる。有難う」
食堂に急いで向かい、朝食を食べる。ぴょんぴょこ賑やかなルーとわたしの組み合わせは聊か名物じみて遠慮のない視線が向けられる。好奇と疎んじる眼差し。それはいつも光景らしく、ウェルトとレクターがわたしたちを見つけて、挨拶をしてくれた。後は数人、知人らしき人々。あの彼女の姿はない。
「平民のくせに堂々と」
「平民と成り上がり、相変わらず下品な組み合わせ」
「食べ方だって汚い」
「礼儀作法も身についてないのよ」
これがいつものことだと、わたし、は理解する。
ルーに聞こえてないわけはないのだ。中傷が聞こえてくる度、僅かに彼女の視線が動く。彼女は爵位を金で買った商家の出で、そんな彼女にとってメロウは戦友なのかもしれない。この残酷な日々の中の。わたしがメロウだろうが、メロウじゃなくても、ルーは気にしてられないのだ。一人だと、耐えがたいから。
わたしはルーの手を握る。
彼女は瞬いて、嬉しそうに笑った。
「美味しいね、めーちゃん」
「美味しいね、ルー」
残念ながらクラスは別だ。
わたしはルーと別れ、当然のように待っていたウェルトと合流する。
「レクターは?」
「女のとこだ」
「そう」
「課題提出が先に済ませるか」
わたしは頷く。
ウェルトはわたしをじっと思慮深そうに見詰める。
「お前、やっぱり、目が死んでるな」
「目が」
「目だ」
「――問題ある?」
「これからだな」
「これから?」
「良いのか悪いのか、これから判断する」
それはやはりメロウへの信頼なのかもしれない。
彼女なら間違ったことはしないと言う。
わたしは微笑む。わたしの中の私とわたしが。
「頑張るよ」
「ああ」
ウェルトは少し笑った。
薄情で懐が深い。
わたしはやっと気付く。
これはメロウを探す日々でもあることを。