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ヒロインインザロード  作者: 生糸
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002

薄暗い図書館の一角にわたしとウェルトは向かい合って席を取る。

他にも勉学、読書中の生徒がいる。

「この本が課題に役立つって」

「レポートだからな……」

ウェルトは少し辟易したようだ。

わたしも勉強は得意ではない、というよりもこの世界の知識がゼロになってしまったようなものだ。辛うじてメロウが得た知識が作用するようで課題の意図もなんとなく掴まえる。略式魔術に対する発動条件の短縮演算法、というまったくもってさっぱりだが、わたしの身体――わたしの脳は理解できるようだ。これは一種のヒロインが持つ世界へのアドバンテージ……所謂主人公補正というものなのかもしれない。

わたしはこのゲームは途中までだが、攻略サイトを一通り見ている。ネタバレが平気で、寧ろどうやってルートを進めるのか分かっている方が楽しい。発売したばかりのゲームなどは買わなかった。ある程度攻略情報が出そろってからゲームを始める方だから、ゲーム好きからは不評なプレイヤーだろう。ウェルトのある程度の情報は知っているが細部は分からないし、そもそも忘れた。記憶力は良くない。あの彼女(ひと)の顛末もぼんやりとしている。分からない、ということは不安だ。主人公補正があるなら越したことはない。が。

「―――上の空だな」

「そうかな」

「ああ」

ウェルトは顔もあげず、いかにもレポートに取りかかってます、というようなポーズを取りながら切りだす。わたしは反して、手を止めてウェルトを見る。

「中庭で何があった?」

「―――分かんない」

「覚えてないのか」

「そういうんじゃなくて」

「俺に話せない内容か」

む、と拗ねた気配がある。ウェルトとメロウは良い仲――というか、この感じは友達のような感覚を受ける。平民出のメロウとウェルト――ウェルトは確か筋金入りの軍人一家だったはずだ。ウェルトも軍人になる道が決まっているというより望んでいる。わたしはひと悶着あったことを言うか、迷った。

「――今は言えないかも」

「かもって何だ」

「可能性の話」

「やっぱり、俺に話せないんじゃないか」

「いやだから……」

「静かにしてくれないか」

冷徹な声が小さく、だが厳しく飛んできた。

二人揃って目を向ける。

「痴話喧嘩ならここを出てやってくれないか。迷惑だ」

知的なグリーンの瞳、センター分けの薄い髪色。細いフレームの眼鏡をかけている。覚えがあった。パッケージに載っていた顔だ。驚くほど美形なのはそういう訳だろう。

名前は……ロベルト・バトラーだったか。

「痴話喧嘩じゃないぞ」

一切照れた様子のないウェルトが返す。

「問題はそこではないよ」

「ごめんなさい、静かにしてますから」

「――……」

バトラーは分かりやすく息を吐いた。ウェルトは眉を顰める、わたしに目を向け訴えてくるがわたしは肩を竦める。課題を指し示すとウェルトも肩を竦めた。それからは二人で黙って課題に向き合った。


「座学は苦手だな」

図書館を出て、ウェルトが大きく伸びをした。鍛えられた四肢が伸びるのは妙に微笑ましい。

「俺は少し残った、自室でやる」

「わたしは終わり。本、貸そうか」

「いい、レクターに聞く」

「レクターって……」

「忘れたか、女の尻を追いかけまわしている変態だから忘れてもいいが」

「――親友でしょ」

思い出した。ウェルトの親友というか相棒のエレク・レクターだ。肩までの髪の長さの甘い雰囲気のタラシキャラだったように思う。

「親友なものか。腐れ縁なだけだ、と」

ウェルトがふと周囲を警戒した。

「何?」

「噂をすれば出てくるもんだからな」

「そういうもの?」

「そういうもんだ、けど、今回はセーフだな」

「良かったね」

などと話していると、前方を見たウェルトが嫌そうな声を上げる。

「レクター!姉上に何をしている」

姉上。

わたしはウェルトの視線の先を追う。

少し遠い場所でレクターとあの彼女(ひと)が何やら話している。呼びかけに気付いたようにレクターは顔を上げて、軽く手を振った。あの彼女(ひと)も気付いてウェルト、続いてわたしを見た。ウェルトが大きい歩幅で近寄り、わたしは動かない。三人は互いに昔馴染みだから気安い雰囲気で話し出した。わたしはそっと見ている、あの彼女(ひと)を。


「メロウちゃん、元気?」

「え?」

「――ふふ。僕のこと、気付いてなかったでしょ」

レクターが気づけば目の前にふさがっている。

柔らかい、楽しむような笑顔。

「そんなことは……」

「いいんだよ、どうせメロウちゃんはウェルトしか見てないんだから」

「くだらん」

自分をからかう言葉だと分かっているウェルトが即座に否定する。

あの彼女(ひと)はほんの僅か嬉しそうにした。

「レクター。貴方の軽口で困らせては可哀想だわ」

「そうですね、お姉さま。こんな朴念仁は捨て置いて、共にディナーでも」

「一人で帰れ。どうせ他の女が待ってるんだろう」

「そんなことはァ――あるけどねえ。メロウちゃんは今夜どう?」

わたしは困ったように笑って見せる。

「メロウ。こんな奴、気にせず先に帰れよ」

「自分は誘えないからって僻むなよ」

ウェルトは大きく息を吐いた。

あんな露骨にあしらって課題はどうするんだろう。

「――ウェルト」

「あ?」

「課題、頼むんでしょ」

「お、何何?お願い?お願いしちゃう?僕に?」

余計なことを、とウェルトがしかめっ面をする。

「ウェルト、どうしたの?課題とは……」

「姉上には関係のないことです」

今、恨みを買った。

そんな気がする。

「あの、部屋に戻ります。それではみなさん、ご機嫌よう」

わたしは彼女の視線に耐えかねて、背を向ける。

彼女の力はとても弱くて、わたしの頬に痕跡すら残さない。あるいは加減してくれたのかもしれない。どうかな、どうだろう。わたしは自分の頬を摩る。


すぐに夜が訪れる。

わたしが生まれた、一日目の夜だった。

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