012
セフベーネは落花生を割りながらわたしの帰りを待っていた。全ては道理のようだ、誰かの書いたストーリー。わたしは脚本をおぼろげにしか知らない。
「――何をするんですか」
「奪還だ、平たく言えばぶんどる、だな」
「わたしの役割は」
「盗人だろうかな、まあその辺りはまだ、詰めてないんだ。うまくいく気はしていなかったし」
「怪盗の方が響きはいいですね」
「呼び方は特に決めてない、やることだけが決まっている、が、まだ決まってもないかな」
「……先生」
咎める様に呼ぶとセフベーネは眉尻をペンで掻く。
「――巻き込むつもりはなかったと言えば信じるか」
「はい」
「そうか……まだ彼女は知らない」
「それって……」
「また連絡する。………デート楽しかったか?」
「――それなりには」
わたしは笑みを浮かべて見せた。セフベーネは口端を僅かに上げた、相変わらず歪んで失敗したような所作でわたしはそれを可愛いと思った。セフベーネと別れてわたしは自室に戻った。着替えも疎かにベッドに倒れ込み、一切を気にせず深く眠った。
*
「めーちゃん!」
「うん?」
「お呼びみたいだよ~」
あれから十日間は過ぎた。
わたしは読んでいた本から顔を上げる。
「――ロルフ?」
「レディ・リュアナ」
ルーは悪戯めいて笑った、「どうして?」
「恋の戦争かにゃー」
「何それ」
「あたし、耳と目がいいから」
ピーンと来た。わたしは笑った。
「多分その話題じゃないよ」
「そうなの?」
「そうかも」
「教えてくれる?」
「盗み聞きしないならね」
ルーは明るく笑って、首を竦めてから首を左右に振って見せた。答えはノーと言うことだ。好きにしてください、とわたしも彼女の動作を真似した。じゃれ合うように笑いあってから、はっとしたルーが早く、とわたしの背を押す。わたしは押されるがまま歩き出し、あの彼女の待つ裏庭へと向かった。表の庭ほど気合の入っていない裏庭は、落ち葉が散りはじめて、大蛇が寝ころがっている。警報装置の役割を持つこの大蛇は生徒だという認識をすれば害をなさない、年に数人飲みこまれるという噂だが実態は不明だ。太い尾を跨いで、あの彼女が果たし状を出した不良みたいに待っている、息をつめて背筋を伸ばして、彼女は足も美しい。編み上げたブーツから僅かに覗く皮膚の色と曲線。
「――来ましたね」
「……お呼びだそうで」
「ええ、ええ、呼びましたわ。呼んで、それで――私はどうしたらいいの」
「――……えっと」
話しながら混乱をきたす彼女にわたしは笑った。
「大丈夫です、わたしは聞きますから」
「――どんな話でも、ですか……」
「あと、彼女もね」
わたしの言葉にリュアナは不思議そうに瞬き、わたしはルーを呼ぶ。ルーはひょこんと近くの木の上から顔を覗かせてそのまま軽やかに地面に降りてきた。
「てへへ」
「ということです」
「……………………」
リュアナの沈黙は長かった。
軍師として本当にこの彼女はやっていけるのだろうか。ルーはおどろけるように一礼して見せて、
「ごめんなさい、あたしは承知しています、――何もかも」
「因みにわたしは理解かってません」
「―――――私は」
私は、とリュアナはもう一度繰り返した。私、が何処にあるかのように。何処に居て、私、が何をすべきなのか、確かめるように。そして、私、が何をしたいのかを。彼女はウェルトと違って不遜になれない、得ているのは虚勢だけだ。しかし同じく賢明な彼女は、薄らと絶望を纏わせた。
わたしとルーが愚かであることを悟ったのだ。ルーが笑う。わたしは笑う。
何もかも分からなくても、分かる。
リュアナ・シーザーは優しい人だ。
――彼の彼女が声無く泣いてしまったので、わたしたちは慰めなければならなかった。あるいは、彼女が泣きやむまでただ、待たねばならなかった。もしくはそっと手を握らなければいけなかった。わたし達はセフベーネの資料室へ移動して、これまた優しい男は人数分の温かなお茶を淹れてくれた。苦くはなかった、ほのかに甘い優しい味のお茶だった。
「――それで、彼の奪還計画なのですけれど」
ようやく落ち着いたリュアナが、話を切りだした。
「斬月の15日、ゼンが生まれ変わるのはご存知ですよね。ゼンの転生期にはあらゆるものも同じくして鈍くなりますが、15日だけは灯し続けた赤い蝋も溶け切ってしまいます。その交換する間――一時――その瞬間だけは彼は――レクターはこちらに還ってくる、私たちの好機はそこしかありません。ですがそれは先方も承知の上。オールソン家の傭兵たちが警備していることも無論ですが、用意周到な不知火がおこぼれを待っている」
しかしそれは――とリュアナをわたしを見た。
「貴方が居る。貴方なれば侵入り込める。対人――対物理は私たちがなんとかします。お願い出来ますか」
わたしは頷く。
リュアナはほうと溜息を吐く。
「決して良いことをするわけではありません、否、寧ろ――」
「大丈夫だ、勝算はある」
セフベーネが言う。
「本当ですか」
「博打だが」
「ギャンブルは好みませんわ」
「でも、しょうがないよねえ。大丈夫、大丈夫」
「……成り行きとはいえ、どうして貴方も」
ルーは真摯な顔をしたリュアナに笑いかける。
「あたし、レクター紳士には助けられたから」
「助けられた?」
「っていうか、稼がせて貰ったから。そういうのはプラマイゼロにしておかないと」
業になっちゃう、とルーは掌をグーパーさせてみせる。
「すっきりしないもん、あたしは成り上がりだから――余計にそういうの意味わからないし」
ルーにはルーなりの理屈があるということだ。単純にどでかい借りを作りたいから、というのもある気はするが、口に出すのは野暮なのでわたしは黙っている。ルーはそんなわたしに気付いて、目配せで茶目っ気を見せる。その後、夕食ぎりぎりの時間まで話し合った。
シーザー家とレクター家は付き合いが長く、そもそも成り立ちにおいて同一性がある、共に力を得てきた歴史もあるのだろう。そういう意味でリュアナがことを企て、情報を収集するのにさほど支障はなかったようだ。レクターの退学と同時に彼女が自宅通学に切り替えたのは、レクターが花婿であるのと変わらず、彼女も花嫁だからである。わたしは情報や知識を頭に叩き込みながら、彼女の涼しげな横顔を見詰めていた。そうして彼女の頬の産毛や薄らとした黒子に気付くのだった。




