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第七節:愛し、愛され、愛ゆえに 1

 俺を殺すために従っている。魔王は彼女をそう言った。

 それがありえないことを知っている。いや。それだけではありえない、かもしれない。

 あの人形は、やはり、彼の存在を求めていたのだろうと思う。

 幾度となく辛酸を舐めさせられた。魔王を追う戦いよりも、あの人形が仕掛けた策謀を超える戦いのほうが多かった。でなければ、今日まで魔王と再戦できなかったはずはない。

 彼は「手段を選ばず俺を殺せ」と言ったのだ。ならば勇者とぶつけて殺させる、という帰結にならないはずがない。そうしなかったのは、論理を遅滞させて魔王に従うことを選んだから。


 きっと、『彼女』は魔王を愛していたのだろう。

 胸が締め付けられるように痛む。

 愛する者と殺しあうなど、彼女が望むはずはない。もっと長くずっと深く、近づきたいと、寄り添っていたいと願うはずだ。これほど愛しているのだから。


「戦うのは少し待ってさ、勇者も一緒に観ようよ。魔王だよ? キミの怨敵が仲間同士で殺しあってるんだ。キミにとっても最高のショーなんじゃないのかな」


 侯爵は玉座にもたれかかっている。妄言を無視して尋ねる。


「あの娘がおかしくなったのは、お前の魔術のせいか?」

「んー、違うとは言い切れないね。ボクが魔術で論理構造に命題を付加してるから」


 悠々と答えてから、侯爵は眉をひそめて目を細めた。


「なんでそんなことを聞くの? おいおいお前勇者だろ? 魔王の肩持ってどうすんだよ。あれは魔王を殺すために存在するんだろ。魔王に使わせちゃマズイって思うのが普通だろうがよ」

「そうかな。私は、お前にいいように使われるほうがずっと哀れに思うぞ」


 抜剣。

 魔王と戦ったせいで、剣はところどころ刃毀れしている。これ以上研ぐのは難しい。使い続けてきたこの剣とも、別れのときが近づいてきていた。

 それは即ち、守備隊の少年との別れだ。

 そういえば、いつの間にか彼との年の差が反転している。場違いにも笑ってしまう。


「っに笑ってんだコラァ!」


 腐れ侯爵が勘違いして逆上した。放たれた魔術を跳んでかわす。魔術の矢だ。

 地面に食い込んでいた魔術の矢が、ずるりと黒い触手を何本も伸ばす。邪魔だ。切り払う。


「ハハッ! 隙だらけなんだよッ!」


 侯爵が玉座を蹴って飛び掛ってきた。首をつかもうと手を伸ばしてくる。

 隙だらけか。そうかもしれない。隙を隠す必要がないからな。

 宙で侯爵の腕を蹴る。顎を踏みつけ、足場にしてひと跳び。離れ際に剣を振って右腕を切り捨てた。


「アガァッ!?」


 腐れ男は空中で右肩を抱くように身体を丸め、首から醜く地面に落ちる。情けなく墜落した男は憎々しげに奇声を上げて魔術を放った。魂を引きずり出す、見えざる手。並の人間が食らえば即死は免れない。

 切り捨てもせず受けてやった。歓喜の表情が、恐怖に引きつる。

 そんな魔術が勇者に通用するはずがない。

 偉大たる在り様ゆえに、勇者の魂は大きい。その手で持ちきれないほどに。腐れ男は己の手の大きさすら見誤るほど愚かだった。哀れだった。

 弱い。

 あまりにも弱い。

 笑えてくるほど弱すぎる。


「お前にあの娘の恋を邪魔する資格はない」

「くっ!」


 剣を構えて、惨めに尻餅をつく男に歩み寄る。また一歩、足を進めた。


「くく、ハハハハハ! かかったな馬鹿が!」


 男が仕掛けていた魔術が、床から腐れた蔓を召喚する。


「邪魔だ」


 蹴った。

 魔術で構成された蔓は弾け飛んで消えていく。腐れ男は「何が起こったのか分からない」という顔で馬鹿面を浮かべている。

 剣を突きつけて、ようやく顔に恐怖を浮かべた。


「ヒィッ! た、助け――」


 この剣で突き刺せば、すべて終わる。

 そう思った瞬間、なぜか恐怖を感じた。腕が鈍って剣尖が止まる。

 左。

 跳び退って転がる。後れ毛を裂いて仕込み矢が飛び去った。壁に突き立った矢は、前にも一度撃ち込まれたことがある。スカートに隠した鉄矢の暗器。

 スカートを翻した人形が、顔のない頭で駆けてくる。手甲剣(パタ)のない右の袖から短剣を落とすように握り、一挙動で投擲。剣で弾く。

 娘はナイフを追うように、水切りのごとく低く跳んだ。身体を翻して後ろ回し蹴り。

 影が覆う。娘の痩身が真横に吹き飛んだ。魔王だ。蹴りを入れていた。彼は剣を掲げている。


「お前……、何を! 彼女はお前の!」


 鈍い音。

 魔王の大剣が、ワイヤーのついたナイフを弾いている。そのワイヤーは娘の袖に伸びていた。

 背筋が冷えた。

 あのナイフは、弾かれたあとの後ろ回し蹴りに隠してワイヤーを踏んで、背後から浴びせるものだった。暗器使い、ということの意味を図りかねていた。

 油断していた。おそらくは、ドレスで着飾った少女という姿を取る、彼女の目論見どおりに。


「油断できる相手じゃねえ」


 魔王は険しい声を出す。


「は、ハハッ! ハハハハ! いいぞ! なんだ、使えるじゃないか! 僕を守れクソ人形!」


 ただ一人、何も分かっていない男が喚いて、這うように逃げ出していく。

 追おうとして、自動人形の短剣が背後で大剣に弾かれる。魔王の大きな背中が背後に立った。


「自動人形は俺がやる。言っただろ」


 その声と同時に、三度刃を交わす音。どんな動きをしたら一瞬で三度も斬りつけられるのか。魔王が自ら鍛えたと号するだけのことはある。

 それに比してこっちはどうだ。


「ふぐ、くそっ! どうしてこの僕がこんな目に……覚えてろ……必ず、必ず殺してやる! 八つ裂きだ! バラバラにしてゾンビとして永遠に蠢かせてやる! ハハ! なんて醜い!」


 酔っ払いのように、右腕を失った腐れ男は喚きながらふらふらと廊下を逃げている。


「醜いのはどっちだ」

「あ……アヒィ!?」


 一声で腐れ男の威勢は腰砕けに崩れ落ちた。


「な、なんでクソ人形! なんて使えないクソゴミカス人形なんだ! 守れって言ったのに!」


 挙句の果てに、魔王と死闘を演じている彼女を罵倒する。

 もはや声も出ない。

 剣を収める。

 怪訝そうな表情をした腐れ男は、ハッと明るい顔になって背中を見せた。


「お前には剣を使うのも惜しい。もう傷んできているからな、無駄遣いはしたくない」


 その襟首をつかむ。引き倒す。壁に叩き付けた。


「これは情けだ」


 今さら抵抗しようする。こちらも容赦する気は毛頭ない。一撃で頭を砕いて終わらせた。

 腐った魔力が解けていく。腐れ男の身体は瞬く間に崩れてなくなった。服だけが残される。

 窓を見ると、軍勢が一斉に崩れていた。黒い塵が、解放された魂のように舞い上がっていく。

 なぜだか。

 ひどく、大きなため息が出た。

 背後の壁が砕けた。

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