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第五節:生きとし生ける命の散りゆく 2

 彼にとっての殺しは、喜びだ。

 隣で見ているうちに、その感覚がおぼろげに理解できた。

 命とは尊いものだ。彼はそう信じている。

 だから、その死もまた尊く、有意味でなければならない。命を奪うとは、それほどに尊く、意義深く、価値の高い、喜ばしい行いだ。

 だから彼は笑う。

 奪った命に敬意を表して。奪うことで保たれた己の命脈に感謝して。

 彼が笑いをやめるときが来るとしたら、それはその命が尽きるときだけに違いない。

 だから私は、彼の笑顔が愛おしい。

 こんな私を殺すときにも、彼は笑ってくれるだろう。私の命に、価値を認めてくれるだろう。

 それが私の生きる望みだ。


 床が揺れて、重心を乱す。

 侯爵は館を巨大な亀の背に乗せて軍に同道させていた。大扉から視線を外し、傍らの窓を振り返る。国の荘園が腐蝕され始めていた。

 その水際で、勇者と彼が戦っている。軍の雲霞が磨り減った。

 彼の意に沿えなかった後悔が、じくりと虚ろな胸を刺す。


「……侯爵。同盟として打診に参りました」


 扉を開ける。

 途端に、感触すら錯覚するほどの瘴気が顔をなぶった。

 部屋のなかは広く、天蓋つきのベッドと執務机が放り置かれている。壁には彫像や壁画があり、香炉が灰をこぼして転がっていた。

 他人のことを一顧だにしない奔放な作りは、主の気性をよく現している。


「やァ、我らが盟友」


 針金のように細い男が、少年のような声を上げた。青白い顔に薄く笑みを浮かべている。肘掛に寄りかかるようにして、玉座のような椅子に座っていた。


「何の用かな」


 友好的な笑顔に、嫌悪感がちりちりと胸を焼く。彼のような笑顔ではない。不快な笑顔。


「申し訳ありません。我が主の意に沿わなかったため、撤退を申し入れに参りました」

「ええっ、なんだって!?」


 侯爵は大袈裟に驚いてみせる。知っているはずだ。陛下がじきじきにこの男の軍を蹴散らしているのだから。いちいち気に障った。


「困るなぁ、急にそういうことを言われても」

「ただでとは申しません。代わりに人間の国を攻める策と経路を用意いたします」


 独断だ。しかし、こちらから申し入れた同盟相手に、撤退を命じるわけにはいかない。

 侯爵は興味を惹かれたように目を開く。腐った目は目じりが黄色く濁り、瞳孔が開いていた。


「ふうん? キミは、代わりの条件を提示すれば自分の意見が通ると思っているんだ?」

「……なんですって?」


 顔を上げる。侯爵は笑みを浮かべていた。


「誰が自動人形と対等な同盟を結ぶかよ。馬鹿なんじゃないの? 僕は、鬱陶しいクソ勇者とクソ豚人間どもと、いけ好かないクソ自称魔王をぶち殺すために来たんだよ」


 ざわり、とこめかみに熱が走った。

 怒りが暴走しかけて、歯を食いしばってこらえる。


「……こちらも、『対等な同盟』相手として要求をしているわけではありません。従うのであれば相応の礼は尽くします。ですが、陛下の御意志に背くのであれば」

「あれば? あればどうするっていうの? このクソコスプレ勘違い自動人形が僕を殺すって言いたいわけ? アハ! アハアハハハハハ! ちょっと、やめてよ! ほんとに笑い殺されちゃいそうだよアハハハハハハハハ!」


 男は腹を抱えてばたばたと暴れながら大笑いしている。

 従う気配はない。

 ならば、生かしておく意味もない。

 ドレスの裾から短剣を落とし、掴みざまに投擲。一挙動で放たれた短剣が大笑いする男の口内を貫いて後頭部を玉座に縫い付けた。

 途端に凄まじい頭痛が貫いた。

 違う。内感覚の頭痛ではない。外感覚の、つまり実体的な頭部への衝撃。何らかの魔術だ。


「いや、キミの陛下への盲従は予想以上だ。まさか僕に攻撃できるなんて」

「……貴様、なにを仕掛けた」


 手甲剣(パタ)を構える。その切っ先を侯爵に向けようとすると、頭痛が襲ってきた。

 口から剣を引き抜いた侯爵は、ニコリと笑顔をお見せになる。


「自動人形の論理構造にちょっと書き加えただけだよ。僕に対して忠誠心を抱くように、ね。本来の論理構造に対して外付けの命題だから、矛盾が起こりやすいのかもしれないな。あまり無理はしないほうがいいよ? キミの擬似頭脳は論理矛盾が積み重なると崩壊するでしょ」


 めき、と頭蓋が軋む音がした。頭が熱い。

 この男に対して怒りを抱くことができない。剣を向けることができない。

 ぞっとした。

 このままでは、彼の助けに、なれない。

 男は笑う。


「苦しいだろう? こっちにおいで。僕の卓抜した魔術の腕なら、キミの擬似頭脳が持つ論理構造くらい簡単に書き換えてあげられる。その痛みを取ってあげるよ」


 命令だ。従うべきだ。一歩ごとに凄まじい痛みが襲う。頭が割れそうだ。

 気がつけば、彼の前にひざまずいて(こうべ)を垂れていた。

 痛い。


「うん、いい子だ。それじゃあ、すぐに済ませてしまうね」


 痛い。

 痛い。

 彼の指が髪を掻き分けてうなじを探る。


「クソ偽魔王への忠誠心なんて感情命題、綺麗に消してあげるよ。凍結されてたキミ本来の任務を思い出させてあげる。そうして、一緒にあのクソ人形フェチ変態野郎を出迎えてあげよう」


 痛い。痛い。

 痛い。


「そうすればさ、キミとあのクソ野郎は……あ、あった。これだね、忠誠心。はい消した」


 とても痛い。


「これでキミとあのクソ野郎は、殺しあうよね。キミはそのために存在するんだから」


 彼の姿が擬似頭脳の記憶領域から思考処理領域にイメージングされる。

 あの笑顔が。

 なんだっけ。


「ああ、楽しみだなあ。とても愉快なショーになりそうだよ」


 胸が、とても痛い。

 なにも入ってないはずなのに。

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