第9節:装殻者の真実(後編)
ハジメは、再びスクリーンを手で示した。
「我々が〝大いなる世界論理と呼ぶのは、霊子流自身の正常化機能の事に他ならない。この時空は、今膨れすぎている。こんな風に、だ」
画面中央の流れの一本が、加速したかと思ったらさらに膨れ上がり。
膨れ上がった部分が、横を流れていた流れに触れて軌道を変えた。
「これが君たちがこの世界に飛ばされた理屈だ。こちらの時流がそちらに触れ、君たちは取り込まれた」
霊子とは、無限の円環を成し続けるもの。
ハジメの言葉は、理解の範疇ではあるが納得できるか、と言われればまた別の話だ。
「仮に、君たちの語る話が本当だとして」
ミチナリは表情こそ変わっていないが、懐疑的に問い掛ける。
「今見た事が起こったことならば、我々が戻る方法はないように思えるが?」
話の流れから、接触して離れたのなら再びの接触が必要になる。
「世界に存在するものは、全て円環の内にある。食物連鎖も輪廻する魂も同じ。世界すらも、時空間すらも例外ではない。異常であるこの時空の円環が再び定まれば、デウスは是正を行う。在るべきものは、在るべき場所へ還るだろう」
「何故そう言い切れる?」
「デウスがそれを望んでいると、俺たちが知ってるからだよ」
ゴウキが、当たり前のようにそう言った。
「霊子の流れは、俺にとっては目に見えるものだ。それこそ、時間にもある程度干渉出来るくらいにはな。時空改変……限界機動でもいいが」
ゴウキは自分の体を指差した。
「あの技はそもそもが、時空に干渉して自身を形作る霊子を周囲から限定的に切り離して加速する行為だ。限界機動は、人体を形成する霊子に再度加速力を与える効果もある。装殻者の不老現象の一因だ」
ゴウキは皮肉に微笑んだ。
「デウスは、誰でも加速可能なこの状況の是正も望んでいる。元々お前らの魂は、この世界では異物だ。お前らが戻りたいと願う限り、世界はそれを否定しない。デウスの法は全てに対して平等だよ。良くも悪くもな」
ハジメは、ゴウキの横顔を見た。
その視線の意味を理解したゴウキは、顎をしゃくる。
許可を得て、ハジメは物事の核心に触れた。
「……本来の装殻者は、霊子の流れを増大、加速させて円環を維持する役目を持つ者の事を言う。そして、そのストッパーに当たるのが襲来体という存在だ」
「ストッパー? 何に対するストッパーだ?」
「時空が肥大しすぎるのを防ぐ事……つまり、装殻者を殺すのが、襲来体の本来の役割だ」
彼らは、対なのだ。
霊子を取り込んで加速し、一つの宇宙が大きくなる手助けを行い、正常な円環を維持する事が装殻者に与えられた使命なら。
定められただけの役目を終えたら襲来体が襲ってくるのも、また決められた事。
「それぞれに持たされた役割故に、装殻者と襲来体は対消滅する運命にある」
と、ハジメが続けると。
装殻者と襲来体の真実に、他の面々は言葉もないようだった。
死ぬことが定めだと、そう口にされたにも関わらず、ゴウキの表情は変わらない。
「なら……零号は死ぬために戦っていたの? ……ニヒルも?」
「俺は定めに乗っ取って死んでやったんだがな。魂まで消滅しなかった。それはつまり、コアが残ったって事だ。コアが消えなきゃ、穴も消えねぇ。宇宙は、今も霊子を取り込んで肥大し続けてる」
呆然と、ルナが言うのに、平然と言い返すゴウキ。
ハジメは話を戻した。
「今の世界が歪なのは、この対消滅が正常に成されずコアが残ってしまった事と……俺が、人工的に零号コアを複製した事にある」
「零号コアの、複製だと?」
エータが呻いた。
ハジメはうなずき、自分の心臓に手を当てる。
「俺の作ったグラビティ・コアは、零号コアの複製だ。人工零号、というのは、強力な力を持つ存在という意味ではなく……俺が真実、零号のコピーだという意味だ」
一つの世界に、三つの零号コア。
未だかつて、他の時空ですら起こった事はそうそうないだろう。
「俺がコアを複製した事が、君たちが取り込まれた原因なのは間違ってはいない。そしてそちらの母体すらも、この世界は取り込んでしまった。だからデウスは、増えたこの世界の霊子量を正常に戻す新たな、強力な母体を生んだ」
増大した流れを、三つのコアを圧する程の力を持つ、襲来体。
それが《星喰使》だ。
「デウスに、本質的な意味での意思はねぇ。俺や零式と同じ、ただのシステム的な役割として、それを
為した」
「それって……なら、ハジメさんも?」
ケイカの震える声に、ハジメは目を向けて微笑んだ。
「そうだ。俺自身が、新たな襲来体に対する零号。俺もまた、死ぬ運命にある」
「……本条」
青ざめているケイカの横で、花立が何かを言いたそうな顔で睨むが、ハジメは目線でそれを制した。
話はまだ終わっていない。
二人のやり取りの間に、ゴウキが説明を続ける。
「人にしか装殻出来ないのも、霊子を他の事に利用出来ないのも当たり前なんだよ。装殻適合率が高いってのは、要はどんだけ装殻者たる俺に〝魂〟が似てるかって事だ。せめてデウスを騙せる程度に似てなけりゃ、そもそも霊子をまともに操れねーのさ。ハジメちゃんは、俺の使徒に出来るくらい適合率が高かった。だから、皮と核が作れりゃ零号足り得た。その皮が不完全で、まともに霊子の形を変える力すら持ってなくても、な」
人工的に作られた外殻は、零号と違って、あくまでも機械的なもの。
装殻者の似姿を、人に象らせる機械であり。
いくらそれを改造したところで、元の魂が相似でなければ、大きく適合率を上げる事が出来ない。
「アヤが、意図せずして開発したEX.gは、魂の在り方を歪める薬物だ。無理矢理形を歪めた魂はやがて崩壊し……霊子を取り込んで力に変えるだけの知性なき化け物を作り出す」
それが、《寄生殻》。
「俺がこの場にいる事も、本来あっちゃならねぇ形だ。今の零号……〝霊号〟はコウとアイリだからな。魂の在り方を歪めるって意味じゃ、俺とマサトも変わらねぇ。俺らが出続けたら、コウとアイリの魂はいずれ崩壊する。それでも流れは是正されるが」
意地の悪そうな顔で、ゴウキは言う。
「それだとお前らは元の世界に戻れず、襲来体は人類を殺し尽くす。今の石コロどもは、自分の役割よりも恨みに凝り固まってやがるからな」
「……いずれ消滅するなら」
黙っていたケイタが、皆が黙ったのを期に口を開いた。
「コウたちの魂が崩壊する前に、お前とニヒルが戦っても同じじゃないのか?」
「法に逆らえば、反動がある。きっちり落とし前付けるにゃ、お前ら自身で決着をつけなきゃ、また同じことを繰り返す羽目になるのさ。平等だが、何かに付けて融通が利かねぇのも、デウスだからな」
ちっ、とケイタが舌打ちした。
「クソみてぇなルールブックだな」
「気が合うな。俺もそう思ってるよ」
面白いと言いたげなゴウキは、ケイタに好感を持ったようだ。
溜め息を吐きたい気持ちを押さえて、ハジメは現実的な案件を口にする。
「一刻も早くマサトを見つけ出し、アイリに体を返させなければならない」
「アイリは消えかけだからな。大人しくしてた俺と違って、ニヒルは記憶をなくしてマサトとして暮らしていたせいで、出ずっぱりだ」
ジンが、真剣な顔で。
花立が苦い顔で、それぞれに呟く。
「なら、アイリの不調の原因は―――」
「実験のせいではなく……マサトの存在そのもの、か」
「そうだ。放っといたら、史上最悪の寄生殻が生まれる可能性があるな。装殻者の寄生殻……なかなか見物だな」
「面白がる事じゃないですよ。人類の危機です」
ハジメは、顎を撫でながら笑うゴウキを嗜めた。
「敵は強力な母体三体。ゴウキさんの対だった母体、ニヒルの対だった母体、俺の対になる母体だ。こっちも三人揃っていなければ、対抗するのは難しい」
「こんな面白そうなバトルに参加出来ねぇ我が身を嘆くぜ。石コロ相手にマジもんの全力が出せそうなのによ」
「……いい加減にしないと殴りますよ」
「ハジメちゃん如きにそんな事出来る訳ねーだろ。どうせ俺にゃ観戦する事しか出来ねーんだから、精々楽しむさ」
ケイタは、こそこそとジンに話し掛けた。
「……なぁ。ニヒルを知ってる身としちゃ、この野生児みてーな奴が零号ってのが、イマイチ信じがたいんだが」
「……俺だってハジメさんから聞いてた伝説の装殻者がこれだって信じたくねーよ」
「……だ、そうですよ」
聞こえよがしにハジメが言うと。
「なんだよ、どいつもこいつも! いーじゃねーか、それっくらいしか楽しみなかったんだよこっちは! 最初から死ぬって決まってる上にママさん殺されててドタマに来てんだよ! 自分の手で石コロどもぶっ殺したいと思ってて悪いのか!? あ!?」
威圧するように全員を見回して地団駄踏むゴウキに。
ハジメは、遂に溜め息を吐いた。




